6:シェイド
次の日から始められた同盟締結の交渉は驚くほど簡単に進んでゆく。
まず帝国側ができる限りの援助を約束したのだ。ただしその代償として南部諸国のクラヌ教の異教徒への迫害の禁止、そしてファルナ自治区を帝国側に譲渡することなどを取り決める。
当初はダンガ帝国を倒した後の領地をめぐってはダンガを北バーミアン帝国のものとすると帝国側が主張したが、その件に関しては話が付かなかったので、ファルナと同じく自治地区にするということで同意される。
このようにして帝国側がすんなりと引いていくので会議は順調に進む。

「我々からの最後の条件を言わせてもらおうか」
もうほどんど決めることがないときになってレナードが発言する。
「どうぞ」
「我々としては同盟の発効をする前に盟友となるべき相手の実力を知っておきたい」
「私たちにあなた達と戦え・・・と」
「そういうことです」
「で、あんたを納得させることができなければ同盟は無効というわけか」
「まさか、そんなことなら最初に申し出ていますよ。ただ、今のあなた方の実力ではダンガ帝国の上層部にはるか及ばないのは事実です。ですがあなた方が死んでは解放軍は総崩れになってしまう。それを防ぐために我々があなた達を鍛える。そして私たちが納得するほど強くなった時をもってこの同盟を発効するということです」
「・・・いいだろう」
このレナードの珍妙な申し出をフォルケル達は受けることにする。
そして彼らの指導にはライヴァス、シャナ、他帝国の上層部の士官が選ばれる。これはかなり豪華なメンバーだ。
その日の午後早速実力を見るということでレナードとの練習試合が組まれることとなる。

広間にはレナードとシャルロットそしてレナードが訓練役として抜擢した士官達。
フォルケル達のほうには当然ファナが護衛として連れてきた者達も混じっている。
まずはフォルケルがレナードと戦うことになる。
レナードは木刀を構える。それを見てフォルケルも構えをとる。
「はじめっ」
シャルロットの声と共に、レナードはいきなり飛び出す。
フォルケルはその攻撃を受けようとして剣を動かすがそのときにはレナードの木刀がフォルケルの腹に触れている。
完全な完敗だった。
フォルケルに続いてファナ、ギルバート、そして護衛の人物達も一瞬でやられていく。
結局レナード一人に約二十人全員がやられてしまうこととなる。
「まだまだですね。まあ一ヶ月もかからずに同盟発効にはこぎ着けられるでしょう」
レナードはそう言って広間を去ってゆく。
その日はその後マンツーマンでの特訓が始まる。さすがにレナードほどの腕をもってはいないが、それでも現段階のフォルケル達とは互角以上の腕ももっている人物ばかりだ。

「はあー。しかしレナードに全員抜かれるとはふがいないねえ」
「まったくだ。これじゃあシャナさんに何のために船で特訓してもらったのか」
その日の予定が終わって部屋に戻りながらフォルケル達は話している。
「取りあえずもう寝ましょう。明日はまたあるんだし」
「はあ、この分じゃあ一週間は無理だな」

次の日
フォルケル達はやっと北部の戦いになれてきたというところで声をかける人物がいる。
「よう、南部の方々。精が出るねえ」
彼らが声のほうを向くとそこにはファルナでフォルケルとレイチェルに街の紹介をした銀髪の男が立っている。
「あんた、何でここにいるんだ」
「ん、そんなことはどうでもいいからさ、レナード知らないか」
「何でお前がここに来ている。お前は今ダンガ帝国にいるはずだろう」
その男にめがけてシャナが声を荒げて言う。
「そうどなりなさんな。俺は一ヶ月前にいただけだ。その後は東のセヴァーンの状勢を探っていたんだ。そんことでちょっと用事があるからここによったのさ」
「皇帝陛下なら多分執務室ですが」
フォルケル達の相手をしている士官の一人が答える。
「そうか、じゃあまたな」
男は奥に消えてゆく。

しばらくするとレナードとさっきの男が現れる。レナードはいったん訓練を中止させ、士官達には外に出て休憩をとるように言う。
「まずいことになってきた」
「どうしたんですか」
「詳しくはこいつから聞いてくれ」
「最近セヴァーンの国王が欲深になりだしたのさ。確かあんた達の船を襲った船はセヴァーン国の息のかかった連中だったはずだ。奴等は完全に戦争の準備をしている。こちらが遠征に出かけたら全力でファルクかファルナをおとしに来るだろう」
「じゃあ」
「心配することはないさ。俺があの国を出るときヴォルストの野郎がいくつか指示を与えていた。一ヶ月以内にあの国は経済的に大打撃を受けるだろう。それにあいつはしつこい性格だからな、数年間はあいつの嫌がらせでてんてこまいになるはずだ」
「じゃあ何がまずいことなんですか」
「セヴァーンはもともと南部諸国と同じクラヌ教の国だ。その国が君達が我々と同盟を結んだことを知ったらどう出るのかが問題なのだ。別に国の上層部だけならヴォルストが抑えてくれる。だがもし、世論が我々をうつという方向に向かったら君達レジスタンスにとってはあまり思わしくない方向に行くのではないかな」
「かまいませんよ、別に俺達は教会のの保護が無くたって信じる道を行くだけです」
「へえ、なかなかいいことをいうじゃないか」
「ところであなたは誰なのです」
「おれかい。そうだな・・・確か世間では俺のことをシェイドって呼ぶ奴等もいたな」
「じゃああんたが・・・」
「そう驚くなアリオーン殿下」
「シェイド、勝負してくれるか」
ギルバートが真剣な表情で言う。
「やっぱりあのときの決着を付けておきたいのか」
そう言うとヴォルストは素手で構えをとる。
「いいのかおまえ達」
レナードが念を押す。それに二人はうなずく。
「そうか・・では、はじめ」
レナードの合図にギルバートはシェイドに攻撃を仕掛ける。が、シェイドはその攻撃を避けもせずにまともに食らい倒れる。
「貴様、ふざけているのか」
「まさか。俺は訓練では手の内を見せないのさ」
「シェイド、そう言わずに戦ってやれ」
「陛下がそう言うのであれば」
そう言うと彼らは再び構えはじめる。
「はじめ」
レナードがそう言った瞬間にギルバートは前進しようとするが、その瞬間顔をつかまれて、足払いをかけられ床に頭を打ちそうになる。が、床に激突する寸前で頭が止まる。シェイドが支えているのだ。
「勝負あり、だな」
そう言うとシェイドはさっさと広間を後にする。
「くそ、また負けてしまった」
ギルバートは悔しそうに言う。
「では今日はここまでにするか。あまり体を動かし続けても強くなるものでもないだろうし」
レナードはそう言って広間を後にする。

その日の午後からはフォルケルは宮殿内を探検していた。と、そのとき部屋の一室からリュートの音楽が聞こえてくる。
「ここは何ですか」
フォルケルは通りがかったメイドに尋ねる。
「そこは様々な楽器がおかれている部屋ですわ」
「使ってもいいのかな」
「どうぞ」
そう言われてフォルケルは部屋の中に入る。
中では一人の少女が一心にリュート引いている。フォルケルは奥の保管室から横笛を取り出すと少女の曲に合わせて吹きはじめる。
少女は驚いたように目を見開くが手を休めずにそのまま曲を引き続ける。

パチパチパチ
曲が終わると部屋の入り口で拍手が起こる。
「ヴォルスト、きていたのか」
「さっき着いたばかりなのさ。セヴァーンの王様に対する処置で予想より到着が遅くなってしまった。それより、お前がきていたとはな」
「へへ、ライヴァスさんに呼ばれたんです」
フォルケルはその少女を改めて見ると耳はとがっている。
「あなたには初対面でしたね。私はヘルよろしく。音楽お上手ですね」
少女がフォルケルにむきなおって言う。
「ああ、そういえばギルバートが言っていたな、盲目の魔族の少女が来ているって」
「それよりヘル、フェンリルさんも来ているぞ、挨拶をしてきたらどうだ」
「何でおとうさんを連れてきたんですか」
「長老も一緒だ」
「そういえばレイチェルはどうしたんだ」
「今は修行の再中さ。がんばっているよ。おまえ達も特訓を受けているんだろ。彼女に負けないようにしろよ」
「ヴォルストさん、今度の作戦はついていっていいですか」
「フェンリルさんに聞いてみるんだな」
「あの堅物がいいって言うわけ無いじゃないですか」
「誰が堅物だ」
「げ、いたの」
ヴォルストの横からフェンリルが顔を出す。
「久しぶりだなフォルケル。明日からは私もおまえ達の特訓につきあうことになった。そうそう主だったメンバーをレナードが呼んでいる」
「それには私も含まれているんですか」
ヴォルストが面倒くさげに言う。
「お前も明日からの特訓につきあいたいのか」
「はいはい、行けばいいんでしょ」
そう言って四人は会議室へと向かっていく。

会議室ではすでにほとんどの人物が集まっている。
「これで全員集まったかな。じゃあ取りあえず知らない人も多いと思うから紹介しよう。こちらは私たちが長老と呼んでいるロキさんだ」
レナードはかたわらの人物を指す。その人物はやはり長い耳をもち、顔はしわだらけになっている。
「よろしく」
「長老は300才を越える魔族の大長老だ」
「魔族って1000年くらい生きているのかと思ってましたが」
「それは色々事情があってな。昔は我々も悪さばかりをしておったのだがある人物に合ってからは人間と交流をもつようにもなった。それからだんだんと寿命が短くなっていたんだよ。そこにいるフェンリルやヘルはもう人間と代わらないくらいの寿命しか持たないはずじゃ」
「で、今回集まったの目的は何なのです」
ファナが会議をはじめようと催促する。
「今回は君達の次の行動についてだ。次は君達はエラードを落とすつもりなのだろう」
「そうだが」
「そうか、それについての準備をしておきたいと思ったんだ。まずはヴォルストには先にエラードに言って現地のレジスタンスと合流して準備を整えてもらいたい。それからシェイドにもエラードに行ってもらう。奴の部隊は城攻めの際に役に立つはずだ。シャルロット将軍の部隊にも主力として行ってもらう」
「ちょっと待てそんなにこちらにまわしたら、あんたのほうがやばくなるだろう」
「気にすることはないわ。実際行くのは大した人数じゃない。こちらの兵力の七割は残してあるから」
「それでも指揮系統が」
「それに関しては長老とフェンリルさんに穴埋めしてもらう。それに君達の訓練につき合っている者達もなかなかのものだ。心配はいらないよ。で、君達の訓練が終わり次第作戦開始と言うわけだ」
「ふーん、なるほどねえ」
「そうそう、これは本人の同意が得られればだが、リチャード殿下とロウィーナ姫にも参加してもらおうと思っている」
「な・・・妹を戦場に出すのか」
「だから本人が望めば、だよ。実際彼女の魔法は大したものだ。報告だと明後日には帰ってくるらしい。もう君のことは伝えてあるよ。お二人とも成長した君に会うのを楽しみにしているようだ」
「そうか・・・」
「じゃあ、今日はこれで」
「ちょっと待って下さい。私はどこに行けばいいんですか?」
「お前は私と一緒にいろ」
ヘルの疑問に父親であるフェンリルが答える。
「えー、ヴォルストさんと一緒に行きたい」
「それはフェンリルさんとヴォルストと相談して決めるといい」
「だったらフェンリルさんがいいっていったら来てもいいよ」
「いいでしょ」
「・・・わかったよ、そのかわり迷惑はかけるなよ」
「やったあ」
「ヴォルスト、現金な娘ですまんがよろしく頼む。少しは魔法もまともになったはずだ」
「大丈夫、前線には出しませんよ」
「じゃあ、今日はここまでということで」
「俺は明日早速出発させてもらう。ヘルは後から来るといい」
「なんでですか」
「俺がこれから合うのは偏見の塊のこわいおじさん達だからさ」
「連れていってやれよ、顔を隠してりゃわからないって」
「わかったよ」
「それよりシェイドがいないが」
「ああ、あいつなら気にすることはない。私が二足の草鞋をはいていただけだ」
ヴォルストの一言に一同は驚く。
「な、じゃあ何で俺達をもっと助けてくれなかったんだ」
「おいおい、南部諸国を復興させるレジスタンスの英雄が北部出身なんてのはいかにも間抜けな話だろ。それにしてもギルバートがズバリたずねてきたときはどきりとしたね」
「でもあの髪の毛は」
「ん、これかい」
そう言うとヴォルストはぱっと髪の毛を銀色にしてみせる。
「一種の幻覚さ、そんなに難しいことじゃない」
「ふうん、じゃあエラードじゃあお前の全力がみられるのか」
「はは、機会があればな。じゃあ私はもう出発させてもらうよ。何かファーン老達に伝言がったら伝えておかないでもないが」
「じゃあヴォルストはシェイドだったっていっといてくれ」
「わかったよ、他はないのか」
「後はここで起こったことを伝えてくれるだけで十分だ」
「了解、じゃあヘル準備しとけよ」
ヴォルストはヘルをともなって部屋を出る。
「では我々も退出するとしましょう」

「やっぱりもう一人増えたわね、偽名を使っている人物」
「あいつもか。何かショックだよなあ、あいつがあんなに強かったなんて」
「でも俺達と一緒にいたときはそんなに強くはなかったよな」
「手を抜いていたんだろ」
「でも手を抜いて怪我したらつまらないだろう」
「あいつには色々訳があるのよ」
フォルケル達の会話にシャナが入ってくる。ライヴァスも一緒だ。
「訳って、何ですか」
「あいつは呪われているのさ、昔六歳の頃からな。呪いをかけた人物はサディル=ロウ=ジェディス。」
「サディル大司教が」
「・・・じゃああいつが白い狼の悲劇の・・・」
「フォル、何なんだよその白い狼の悲劇って」
「今から12年前、ダンガで大規模な粛正が行われた。目標は北部民族の中でもかなりの勢力を持っていた白い狼を信仰する民族の一つ。そのときの粛正は天使が降臨するほど大規模なものだったらしい。そしてそのときに一人の子供が十数人の神官戦士を殺害するという出来事が起こった。教会はその子供に血でその償いをさせた」
「血の償い?」
「生け贄の儀式よ。生け贄に選ばれたのは私の村の子供達。つまりあいつの幼なじみ。そして刑を執行したのがあいつ自身。大司教の魔力に操られてね、目を背けることもできずに泣き叫ぶ昨日までの友達にナイフを振りかざしその五体を解体していったらしいわ」
「じゃあ、あいつの髪の毛はそのときのショックで」
「で、あいつも殺されることになったんだけどそれを一人の司祭が止めたのよ。もっともそのせいで彼女は司祭の地位を剥奪されてしまったのだけれど。それがシスター・リーマ。そのときあいつには強力な魔法の封印がかかっていたんだ。奴の魔力を封じるのろいが」
「そのせいであいつは強力な魔法を制限されているのか。でも制限されているってことは」
「そう、奴は一時的になら大司教の魔力を振り切って強力な魔法を使うことができる。もっともかなりの集中力がいるらしいが」
「そうか、あいつも苦労しているんだな。奴のいつもの主張が少しわかるような気がしてくる」
「そう思うんならそんな悲劇の起こらない国づくりをして欲しいわね」
「約束しよう」
「さて・・とまだ時間があるし我々が特訓につき合おう」
「またやるのか」
そう言って彼らは広間に向かいはじめる。

 

前へ  戻る  次へ