4:相反する2人
次に日のシャナは昨日のことなどなかったかのようにみんなと接している。おそらくなれているのだろうがフォルケル達はちょっとめんくらってしまう。
その日は引き続き交渉が続けられるので彼らは城のほうへ行くことになる。やはりシャナとフェンリルは先に行っているようだ。
その日からヴォルストの姿は会議にはなかった。
前日と違い今回はシャルロットの重臣や街の有力者達も交渉に参加している。そんな中彼らは停戦の期間や国境の制定など、具体的なことを決めていく。
フォルケル達から見れば相手は比較的友好的なように見える。
結局ほとんど意見の衝突もなくスムーズに交渉が進みその日のうちに決めるべきことはほとんど決めることができた。
そして正式な文書は後日作成するということでその日は終わる。
「レイチェル、ちょっといいかしら」
フォルケル達と共に帰ろうとするレイチェルをシャルロットが呼び止める。
「あ、え・・と、」
「今はシャナでいいわ。ちょっと着いてきて頂戴」
そう言うとレイチェルは城の一室に案内される。そこにはフェンリルとヴォルストがすでに来ている。
「あなた、強くないたいそうね。今もそう思っている」
「はい」
「そう、昨日あいつと遠話で話をしたのよ。そしたら奴は認めてくれたわ」
「え」
「父親と同じ道を進む覚悟はできているのだろう。この交渉が終わり次第フェンリルさんと一緒に長老のところに送ってやる。がんばれよ」
「有り難うございます」
「だが・・・・下手をすればお前はもう父親の顔を見れなくなるかもしれん。その前に真実は言っておくべきだろう」
「ええ、機会を見て」
「強制はしないさ。こんなところじゃ普通の神経の持ち主じゃ言えないからな」
そう言うとフェンリルは部屋を出ていく。それにヴォルストも続く。
「さあ、一緒に帰りましょ」
「え、いいんですか」
「いいのよ」
そしてシャナのレイチェルは連れだってヴォルストの館へと帰っていく。
翌日
「将軍、一つ提案してもよろしいですか」
その日のうちに正式な文章が決まったのでこれで終わろうかと言うとき、ファナが話題を変えようとする。
「どうぞ、ファナ王女」
「我々旧南部諸国との間に同盟を結ぶことを考えてもらえませんか」
「同盟・・・難しいですね。私一人の裁量ではそこまでは。それにあなた方も今ここに来ておられるのはアラディーとレジスタンスの代表。エラードやカシューラの重臣の方々抜きで考えるのはどうかと思いますが」
「エラードの重臣の許可は取ってきている。ファーン老とラーカス司祭のな。あとは生き残っている王族だ」
「・・・王弟リチャード殿下とロウィーナ王女ですね」
「それから・・・・俺はこの案に賛成だ。・・・・エラード王国第三王子アリオーンとしてな」
その言葉に周りからどよめきが起きる。驚かないのはファナとヴォルスト、シャルロットにフェンリルだけだった。
「な・・に、フォルがアリオーン王子だと」
「それについては私が保証するわ。彼の顔は何度か見たことがありますし」
「私も保証しよう、かつてエラードへ侵攻した際王子とは会っている」
ファナとシャルロットがフォルケルがアリオーンであることを証明する。
「あなたの名乗りを上げた勇気を認めてこのことを本国に帰って議題にかけてみることにしましょう」
「有り難うございます」
そして会議は思わぬ方向に進んだが、取りあえずは当初の目的であった停戦協定は成立し、これを公式に発表することで会議は終わり、その後はそのまま同盟締結についての会議へと進んでいく。
「さて、私は準備ができ次第本国へ帰るつもりだが、あなた方はどうします。一度国へ戻られますか」
「そうですね・・・ヴァ・アラディーで少し待ってもらえますか。この会議のことと、同盟のことを報告して多少指示を与えたいと思います」
「わかりました。では出航の日取りはこちらからお知らせしましょう。ヴォルスト殿にフェンリル殿はどうなされる」
「俺はちょっとやることがあるから同船はできないが、同盟交渉の場にいれるようにしようと思う」
「私は故郷に帰らせてもらう。もともとそういう約束のはずだからな」
「わかりました。では今日はこれで終わりにしましょう」
「・・・待って下さい」
「会議はこれで終了だ。これ以降は各自自由行動をとれ」
シャルロットが宣言すると帝国の何人かはその場を離れる。レジスタンスはレイチェルの言葉を聞こうとしてだれも立ち上がらない。
「有り難うございます。シャルロット将軍」
「気にするな。もう話すことは終わっていたからな。決心したのなら早いほうが楽だぞ」
「はい。私はこれからしばらくの間別行動をとらせてもらいます。わけは・・・父さんに対抗するためです。私の父親は・・・・ゼフィール、現ダンガ帝国皇帝です。私の本名はユリア、ユリア=ヴェルクです」
それを聞いて残っていた帝国の士官達がいきり立つ。中には剣を抜くものもいた。
パチパチパチ
席に座ったヴォルストとフェンリルは拍手を送る。
「おまえ達、城内で何故剣を抜く」
「し、しかし将軍。この女は」
「私はもうすでに会議を終了させている。今のはただの少女の独り言だ。おまえ達はいちいち人のつぶやきを本気にするのか」
「・・ぐ・・・わかりました」
そう言うと士官達はあきらめて部屋を出ていく。
「ど、どういうことなんだよ。フォルに続いてレイチェルまで」
「そう言うことだったとはね」
「王女は知っていたんですか」
「いいえ、今思えば思い当たる節はあったけど」
「すみません、今まで黙っていて」
「気にすることはない。俺はお前のことを評価している」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
フォルケルだけが黙りこくっている。
「将軍、我々は、レイチェルも含めて明日この街を出発します。今度はファルクでお会いしましょう」
そう言うとヴォルストはレイチェルとフェンリルと共に部屋を出ていく。
それに続いてレジスタンスの面々も退席する。
「フォルケル、何で今まで黙っていたんだ」
「ギルバート、わかってあげなさい。彼は苦渋の選択をしたのよ」
「こいつが、父親を、妹を見捨てて逃げ出したこいつがですか」
館に帰るとギルバートはフォルケルをせめ始める。すでにレイチェルの荷物は帰ってきたときには運ばれていた。
「はあ、ギルバート、彼だって見捨てたわけじゃないわよ。じっさい」
「・・・シャナさんは黙って下さい」
「じゃあ二年前エラードを落としたシャルロットとして言わせてもらうわ。王子があのとき落ち延びたのはロレンス王の判断だったのよ。ロウィーナ姫を連れて逃げろってね。でも彼は途中で帝国の追手に追いつかれ父親の死を知った。そして彼は自分も死のうと思って戦った。けどそのとき妹が発作を起こした。そして妹を助けるためにしかたなく降伏したのよ。その彼の心境をファルクにいるリチャード殿下もロウィーナ王女もよくわかっていらっしゃるわ」
「く、、じゃあそういうあなたはどうなんです。あなたはシャナであることを隠れ蓑にして自分の責任から逃げているだけじゃないですか」
「ギルバート、いい加減に」
バン!
ファナがギルバートをたしなめようとする前に館に帰ってきたところのヴォルストがギルバートが殴りとばす。
「いい加減にしろ。お前だって二年前、帝国の将軍に負け、戦争に敗れて、生き恥をさらしているだろう。人間誰だって敗北者だ。いちいち階級を気にするな」
「あんた一体何しに来たの」
「こいつをちょっくら借りていくぜ。ほら、来いよフォルケル」
「どこへ行くんだ」
「アリオーンの仇の娘のところだ」
ヴォルストはあえてアリオーンと言ってフォルケルを連れていく。
「仇って・・・・・ああ、そういえば」
ギルバートが頬を抑えながら立ち上がる。
彼の言葉をファナが引き継ぐ。
「そういえば国王ロレンスはゼフィールとの一騎打ちで・・・」
ヴォルストがフォルケルを連れてきた港の近くの小屋では椅子にレイチェルが座っていた。
「レイチェルと別れる前につけなければならないけりは付けておくといい」
そう言ってヴォルストは小屋の外に出ていった。
二人は無言のまましばらくの時を過ごす。
「父のこと・・私の父のゼフィールのことを恨んでますか」
「どうかな。尊敬していた上の兄を殺したレナードは少なくとも越えなければならないと思っていたし、人柄によっては仇を討ちたくもなるかもしれないなと思っていた。だが・・・・正直お前がユリアだと聞かされたときは驚いていたし、すぐに親父の顔が出てきた。でも恨んでいるかと聞かれればな。所詮戦になればどちらかが死ぬんだ。でも・・今のゼフィールは」
「そうですか。あれでも昔はいい父親だったんです。母を早くになくした私にとっては。ただ・・ゼリュロスさんが死んでから人が変わってしまって。自分の国を持つなんてこと考えたこともないと持っていたのに」
「それがお前の家出の理由か。何ですぐに北バーミアン帝国に行かなかった」
「あなたも見たでしょう。今北帝国と南帝国は犬猿の仲なのよ。そんな中に私がいったら利用されるだけよ。ううん、レナードさんはそんなことしないけどそうすればあの人は私の処遇に困るし、ますます父さんと戦いにくくなってしまうから」
「何故、今言う必要があった。俺達がエラードを解放したあとでも、いやずっと黙っていたらヴォルスト達が隠しておいてくれただろう。何で俺が言ったあとに言う必要があった」
「逃げてるみたいだったから。フォルが自分のことを言って私が言わないのは逃げてるみたいだったから。それに、ひょっとしたら私は父さんの顔を見ることができないかもしれない。そんなとき、私の代わりにレジスタンスのみんなに父さんの最後をみとって欲しいと思ったから」
「そんな危険な場所に行く必要はないだろう。今のままで十分じゃないか。お前は自分が思っているほど弱くない」
「みんな同じこと言うのね。でもね、私は父さんの強さを知っている。それにあなた達にあってどれだけ自分があなた達に・・・・父さんに比べて非力なのかがわかった、だから私は父さんに負けないために行くの。それに父さんに会えないかもっていうのは修行の時間が長くなるかもしれないということ。失敗すれば精神崩壊をおこすかもしれないけど覚悟はできているから」
「俺は・・・レイチェルを待っている。フォルケルとして」
「私もまた会える日を楽しみにしているわ、レイチェルとして」
そう言うと二人は小屋を出ていく。
「終わったか」
「ヴォルスト、一つ疑問があるんだが」
「ん」
「おまえ達は最初にレイチェルにあったとき彼女が偽名を使っているって何でわかったんだ」
「だいたい彼女の目を見ればわかるさ。それに帝国の要人は刺客に狙われないよう偽名を使うものも多かった。レイチェルはそのときに付けた名前だ。シャナは牙の形をした耳飾りをつけていないときはシャルロットだ」
「そうか。レイチェルをよろしく頼む」
「まあ俺は連れて行くだけだがな」
そう言うとフォルケルは館のほうへと帰っていく。
「いいのか。もう」
「ええ、それにこれ以上別れを引き延ばしてフェンリルさんが愛娘に会う時刻を遅くするのも悪いですから」
「素直じゃない奴だ」
そう言うと三人は港の船に消えていく。時刻はすでに夜中の12時をまわっていた。
朝、フォルケル達はヴォルスト達を見送ろうとするがすでに船が出発していることを聞かされた。驚いたことにシャナはその日はずっと館の中にいたようだ。
次の日、城の使いから明日の船で帝都ファルクに向かうということを告げられる。彼らは早速荷物をまとめ始める。
「フォルケル・・・・いや、アリオーン王子か」
ギルバートがフォルケルに話掛ける。
「気にするな名乗ったのは交渉を円滑にするための方便だ。フォルケルでいいさ。こうなるとシャナさんの気持ちが良くわかる」
「いいのか、本当に」
「かまわないさ」
「そうか、一昨日の夜はすまなかったな」
「それはほんとの事実だ。俺は二人の兄に比べてできが悪かったから最後の最後で戦力外通告をもらってしまった。それからは少しはまともに剣の練習をしたんだがな」
「そうか」
「男が二人そろって何悩んでいるの。何なら船の上で私が稽古つけてあげるわよ」
「シャナさんも来るんですか」
「悪いかしら」
「で、でも将軍として来るんじゃ・・・」
「公式にはシャルロット将軍は明日空間転移で一足先にファルクに行っていることになるから大丈夫」
「空間転移が使えるんですか」
「自分一人が精一杯だけどね」
「シャナがファルクにいきたいのにはわけがあるのよ。ねえ」
「ファ、ファナ。よけいなこと言うな」
「フフフ、それより準備は終わったの」
「ええ、だいたい荷物もまとめ終わりました。あとは出航を待つだけです」
次の日、朝早くには彼らは港に来ていた。彼らが乗る船はかなりの大型船でスピードもかなりのものだという。彼らの他にもシャルロットの重臣が数名乗り込むようだ。
出発してからしばらくの間はやはりアラディー出身の者達が船酔いになっていたが一度なれているためかもうほとんどましなようだ。
その船の上ではフォルケルがシャナから毎日のように稽古を受けていた。シャナの槍の腕はさすがで、フォルケルは木剣をシャナは先端に布をつけた棒で戦ったが全然歯が立たない。
そうこうしているうちに一行はヴァ・アラディーに寄港する。
ヴァ・アラディーの港はかなり活気に沸いている。一ヶ月あまりで随分港の形なんかも変わっているし、あちこちで港の拡張工事が行われているようだ。
「すげえ、あいつは手品師か。たったこれだけの期間にここまでするなんて」
「これで我々の国もさらに発展しますね」
「でも注意しないと。アラディーの草原の中には麻薬になる草も自生しているのよ。そう言ったものの取り締まりをするようにしておかないと」
フォルケル、ギルバート、ファナ、シャナの四人は感心しながら城へ向かっていく。
城では重臣達が仕事に明け暮れていた。そもそも今までこの国は海による貿易を考えていなかったためにこの突然の事態に対処し切れていないのだ。取りあえずはヴォルストが顧問役の人物を派遣してくれているで何とか乗り切っているようだが。
そこでファナは北バーミアン帝国と同盟を結びに行くことを発表する。これは重臣から反対意見が続出したがファナは取り合わずに、このことを書いたレジスタンスへの親書を渡すように指示する。この中にはファナが直接書いたフォルケルとレイチェルのことについての手紙も含まれていた。そして麻薬に関する取り締まりを顧問の人物に徹底させると、1日泊まっただけで次の日には再び出航する。