3:女将軍シャルロット
「やっと2人きりになれたわね」
「奥にもう一人いるぜ」
「寝てるわよ」
フォルケル達が薬草を探しに言ったあと屋敷の一室でヴォルストとシャナが話を始める。
「なかなか面白い人たちを連れてきたじゃないの。どういうつもり」
「お前に言う必要はない。俺は俺の方法でこの大陸を平和にしようとしているだけだ」
「どうだか」
「妹の嫁入りを遅らせるようなことにならないように努力してやってるんだ。あと四年だったか」
「何であんたがそれを知ってるのか私には不思議なんだけど」
「気にするな。そういえばレイチェルが強くなりたいと言っていた」
「あの子の潜在能力はすごいわよ。」
「ああ、あと1、2年待てば強くなれると言ったがな。がんとしてゆずらない。多分父親のことを考えているんだろう。ひょっとしたらフォルケルに惚れているのかもしれないが」
「あんたから色恋沙汰の話を聞くなんてね。でもそれじゃあ可哀想よ。あの2人」
「話を元に戻すぞ。強すぎる力を急に手にすれば暴走を生み出すかもしれない。俺としては放っておくのが一番だと思うんだが」
「長老のところへ行かせるのはどうなの」
「その可能性は考えているし、本人もわかっている。・・・血は争えないということか。取りあえずあいつと遠話で話をしてくれ。奴が納得したらそれでいいだろう。俺は忙しいからなこれで失礼するよ。しばらくは屋敷に戻らないかもしれない。あいつの薬は作っておいたから適当に与えておいてくれ」
ヴォルストは部屋を出ていく。
「私だって忙しいのに」
シャナはその後ろ姿に向かってつぶやくのだった。

フォルケル達はくたくたになってファルナの入り口にまで来た。
異民族は比較的好意的だったし、宿も貸してくれた。問題はそのあとの山登りだ。魔物は出るし、毒草は生えてるわでさんざんだったのだ。そしてやっとこさ麻酔の元となる薬草を見つけて麓に降りての帰り道、今度は麻薬の密売業者の秘密の畑を見つけてしまい、追いかけられて逃げてきたのだ。
「ふう、ここまで来れば大丈夫だな」
「ヴォルストさんに報告しますか」
「そうすべきよ。奴等の栽培していた植物、あれは毒性はかなり強力なものよ。アラディーでは自生しているけどそういった商人が扱うような大きな港がないから今まで無視されてきたのね」

ヴォルストの屋敷について中にはいるとギルバートとシャナが出迎える。
「ちゃんと採ってきてくれましたか」
「ええ、これでしょう」
「そうそう、じゃあ早速作業にかかるわ。三時間はかかると思うからその間私の診療室には行ってはダメよ」
「わかりました、ところでヴォルストは?」
「ああ、あいつならどこかをほっつき歩いているわよ。そうそうシャルロット将軍から連絡があったわよ。明後日会談に応じるそうよ」
そう言ってシャナは手紙を渡す。
「そうですか。じゃあ俺はちょっとこの街の見物に行って来ますね。ギル、さっさと治してもらえよ」
「うるせえよ」
「私も行くわ」
レイチェルがフォルケルについてゆく。
「私は部屋でゆっくりしようかしら」
「ごめんねファナ。ゆっくり話する時間もなくて」
「いいわよ」
「この人の手術が終わったらすぐに行くわ」
そういうとギルバートとシャナは診察室へ、ファナは自分の部屋へと入っていく。

フォルケルはレイチェルと一緒に様々な店を見ていた。今まで見てきた街では見ないような品物も多い。港のほうへゆくと露店で様々ながらくた、少なくとも2人にはそうとしか見えないものが数多く並んでいる。接岸している船も様々なものがそろっている。彼らの乗ってきた船はもう出航してしまったようだ。
フォルケルが見たところでは総じてこの街の人々の顔は明るい。みんなが生きる活気に満ちあふれているようだ。まるでダンガ帝国の占領地の反対であるように。だがこの国だって戦争をやっている。税の負担は大きいはずだ。もしかしてゼフィールは意図的に圧政を行っているのだろうか。フォルケルはそんな感覚に囚われてしまう。もし、北バーミアン帝国が大陸を制圧していたら・・・・レジスタンスはどうなっていただろう。存在価値を失っているかもしれない。フォルケルはそんなことをレイチェルに告げると彼女もそれに同意する。
「そんなことを思うのはこの街の裏の顔を知らないからさ。確かにこの街の権力者であるシャルロット将軍はこの街を住みよい町にしてきたからね。しかし自治都市であるここは商人の力も強い。だから表向きは非常に住みやすい街だが、夜になれば様々な悪事が顔を出す。密入国者のあやしげな露店からひどいものは奴隷市場まである」
その話を聞いていたのか突然一人の人物が彼らに話しかけてくる。長い銀髪を後ろで束ねた若い男だ。
「シャルロット将軍はそういったことを取り締まらないのか」
「難しいね。この街の権力の約五分の三を豪商達が残り五分の二をシャルロット将軍が握っているから彼女もそう強硬な姿勢はとれないのさ」
「豪商ってヴォルストさんみたいな」
「はははっ。あいつがこの街で本格的に動いたら勢力図はがらりと変わってしまうな。まあが豪商の持ってる力の90パーセントは奴のものになるな」
「あいつはこの街で権力を握っていないのか」
「握っているさ。だがこの街にいるわけじゃないからここに来たときにだけこの街の政治に口を出す。だから奴が本気になるのを恐れる豪商は奴の言ったことのほとんどを承認するって話だ」
「じゃあ最後に一つ。あんた一体何もんだ。随分この街に詳しいが」
「ちょっとこの辺りで傭兵と商人を兼ねて細々と暮らしているものさ」
「俺達のことを知っているのか」
「ああ、ヴォルストから聞いている。じゃあこの街での夜遊びにはくれぐれも気をつけろよ」
銀髪の男は人混みの中に消えてゆく。

「ふう、やっと終わったわ」
「お疲れさま。感謝するわ、彼も私の国の民だから」
ヴォルストの屋敷の一室でファナと手術を終えたシャナが話をしている。
「それにしても、一体どうすればあんなになるのかしら」
「ギルバートも強情だから。それにデーモンの毒だって聞いたわ」
「デーモンねえ。まあ私には関係ないか。それよりファナはよく表舞台に立つことを決意したわね」
「そうすれば再びあの人に会えるんじゃないかって思ったのよ。シャナはここに来てからは何を、て言うのも愚問ね」
「まあ、けが人の手当とそれ以外には、・・ね」
「早く平和になって結婚できるといいわねえ」
「・・・・・よけいなお世話よ。全く、最近はこればっかりなんだから」
「ふふふ、それより彼ら驚かないかしら」
「そのことはタブーのはずよ。どっちの時も。そうそう、今ちょうど面白い人がここに滞在しているわ。ヴォルストの奴が聞いたらたまげるわよ」
「少しは敬意を込めたら、兄なんだし」
「いいのよ、あんな人の皮をかぶった狼なんて。そのくせトラウマで自分は手術できないなんて都合がいいにもほどがある」
「一応私も言ってみたんだけどねえ」
「気にしなくていいわよ。もう12年前に死んだって思ってたんだから」
そして2人は黙ってしまう。夕日が部屋に差し込んでいた。

男はちょっと不機嫌になっていた。本当は傭兵としての契約が切れたのでちょっと故郷に帰るつもりだったのだが、今朝急に城からの使者が来て彼を引き留めたのだ。何でも隣国からの交渉団が来たのでその席に参加して欲しいとのことなのだ。有名になりすぎるのも何かと不便だ。男はそう思いながら夜の裏路地を歩いている。紫の服に黒いマントと深い帽子をかぶった彼に声をかけようと言うものはほとんどいない。
と、そのとき正面から何人かが走ってくる。どうやらカップルがチンピラに追われているようだ。どうせこの街になれない者達が何か騒ぎをおこしたのだろう。そう思って正面を見据えると追われている少女には見覚えがあった。彼の友人の娘だ。少年のほうもどこかで見た感じがする。
放っておくに放っておけず彼はその2人がそばに来ると呼び止める。
「まて」
「あんたもあいつ等の仲間か」
「お前に用はない。どこかであったような気がするがな。私が用のあるのはそちらの少女だ。・・・・レイチェルだな」
男は少し考えてから少女の名前を口にする。
「?・・あなたは誰ですか」
「まあ、あんたの親父の昔の仕事仲間さ」
「あ、ひょっとして・・・狼のおじさん」
「狼のおじさんか。確かにそう呼ばれた時期もあったな。今もそう呼んでくれるのはお前くらいなもんさ」
「おい、そこの2人、もう逃げられねえぞ。おとなしくもう一人の居場所を言いやがれ」
追いついてきた十人くらいのチンピラのリーダーらしき男が言う。
「やれやれ、昔話をする暇もないな。おまえ達、一体何をしたんだ」
「偶然麻薬の密売業者の秘密の畑を見つけてしまって、追いかけられているんです」
「なるほど、口封じと言うわけか。私の後ろにいなさい」
そういうと男はチンピラの集団に向かっていく。
「なんだてめえは、邪魔する気か。怪我をしたくなかったらどいてろ」
「あいつは私の知り合い何でね。それにこの街は商売の規制が少ないがそんな街でも禁制品はあるんだ。おとなしく下がれば今日は見逃してやろう。その気がないならまずは暴力罪で役人に突き出すぞ」
「てめえ偉そうに」
そういって切りかかったチンピラの剣を男は難なく避ける。そして目にも留まらぬ早さで横をすり抜けいつのまにか抜いた細身の剣で相手の肩を切っている。
その動きのせいで男の帽子が取れる。男は見事な銀髪に長い耳がある。そして肌は雪のように白い。一般にはエルフと呼ばれている種族だ。
「く、てめえ」
斬られた仲間を手当てしながらチンピラ達は男を取り囲む。
「ま、まて。そいつは・・・・く、みんな退散だ」
男の顔を見て考え込んでいたリーダーとおぼしき男がそう言うと真っ先に逃げ出す。訳も分からずに他の男達もそれに続く。
「骨のない奴等だ」
男はそう言いながら落ちた帽子を拾う。
「有り難うございます、おじさん」
「気にするな、それよりなんでこんなところにいるんだ。お前はダンガにいるはずじゃあ」
「ああ、それは・・・」
レイチェルはことの次第を話す。
「なるほどな。つまり私の帰郷を邪魔してくれたのはおまえ達というわけか」
「?」
「私は契約がすんだので帰ろうとしていたところを引き留められたのだよ。おまえ達との会談に呼ばれるためにな」
「それはすまないことをしました。それよりあなたに一つ聞きたいんですが、ひょっとしたらヴォルスト=アルバ=ラシュターって知りませんか」
「ヴォルストだと。あいつのことをこの街で知らないものはいないよ」
「俺が聞きたいのはそんなことじゃなくて」
「わかってるさ。あいつと剣術が似てるって言うんだろ」
男はそう言うとフォルケルの顔をのぞき込む。昼間あった銀髪の男とどことなく似ていたが、男のほうが年上のようだとフォルケルは感じる。
「まあ君の詮索はあとでもできるか。あいつとはまあちょっとした仲でな。そういえばおまえ達はヴォルストの館に滞在しているのか」
「ええ、そうですが、何か」
「いや、気が変わった。今日は俺もヴォルストの館に泊めてもらうとしよう」
「???」
男はそういうと無理矢理フォルケル達についてゆく。

館の門番は別に男をとがめることなく通してくれる。正確には門番は男に敬意を払ってさえいるようだった。
「2人とも遅かったじゃないの。心配だから探しに行こうかとしていたのよ。そちらはどなたなの」
館に帰ってきた二人をファナが出迎える。
「私の知り合いで・・狼のおじさん・・本名は・・・えっと」
「あら、フェンリルさんまだこの街にいらしたんですか」
玄関に現れたシャナが何気なく声をかける。
「まあな。こいつらのおかげでしばらく足止めを食ってしまった。それにしても人の名前を忘れるとは・・・」
「ごめんなさい」
そんな何気ない会話の中で、フォルケルとファナ・・・いやその場に居合わせた護衛も全員が男に注目してしまう。
「フェ、フェンリルってあの傭兵フェンリルですか」
「あの、と言われても私にはどれを指しているのかわからんが確かに私は傭兵だ」
「じゃ、じゃあ二年前のこの大陸の戦争でシェイド将軍の副官として戦ったフェンリルですか」
「そんなこともあったな」
男はすんなりと受け流す。
「街のチンピラ共が逃げ出すわけだ。それにしても傭兵のフェンリルがエルフだったなんて」
「それは誤解だ。私は少なくとも君達が思っているようなエルフではない」
「で、でも」
「会談まで部屋を貸してもらうぞ」
フォルケルの話に取り合わずにフェンリルは執事から部屋の鍵を渡してもらう。ここの執事は、いやここに仕えている者達はこのことをすでに知っているらしくすました顔でフェンリルに部屋の説明をしている。
そしてフェンリルはさっさと自分の部屋に入っていってしまう。
「ヴォルストとフェンリルって一体どういう関係なんです」
フォルケルが今度はシャナに聞く。
「まあ親子みたいなものじゃないかしら」
そのシャナの答えはさらにフォルケルの頭を締め付ける。シャナとフォルケルは双子だって言っていたが今の言葉でではまるで他人のように聞こえる。

そんな疑問を残したまま会談の日になる。
その日までヴォルストは全く帰ってこなかった。ただその当日に先に行っているとの手紙だけがやってくる。フェンリルは前の日のうちに城に入っている。彼は一応今回は帝国側として出席するのだから。シャナもまた昨日から部屋にこもったきりだった。もっとも彼女は会談には関係なかったが。

城に着くと衛兵が待合い室に案内してくれる。そこでは先に来ていたヴォルストがうたた寝をしている。
「まったくこいつは」
ギルバートが文句を言う。彼の右腕は包帯が巻いてあり、まだ戦闘はできないとシャナに言われている。
「おい、起きろよ」
フォルケルがヴォルストの体を揺する。
「ん、よおギル、俺の薬から解放された気分はどうだい」
「天国のような気持ちだよ。それにしてもお前最近何してるんだ?」
「まあそこら辺を走り回っていんだよ。街にいるときにできることはやっとかなきゃな。そうそう王女、ヴァ・アラディーに何隻かの船を向かわせておきましたよ。これで少しはあそこも活気づくでしょう」
そんなことをいっているときに衛兵から来るようにとの連絡が入る。
「当初彼らは謁見の間に通されるかと思っていたが、実際通されたのは会議室のような場所だった。案内した衛兵はすぐに去り、中には彼らだけになる。
すぐに彼らが入ってきた方向とは違うドアから2人の人物が入ってくる。一人はフェンリルだったがもう一人は・・・ヴォルストの妹のシャナだった。少なくともそっくりだ。ギルバートとフォルケルは驚いた。もっともヴォルストはフェンリルの登場に驚いていたが
「シャ、シャナさん・・・ですか」
「今はシャルロットよ」
「今は、?・・・・」
「シャナは普通の女の子でいるときの名前。彼女は公務の時はシャルロットって名乗っているのよ」
事情を知っているファナがみんなに教える。
「当然ヴォルストは知っていたよな。レイチェルも知っていたのか」
「え、まあ」
「何か俺達馬鹿みたいだじゃないか」
「おまえ達は交渉に来たのではないのか」
話がそれるのをフェンリルが防ぐ。
「そ、そうだ」
これでやっとまともに会談が進む。フォルケルとギルバートは動転していてまともに頭が回らなかったが、それ以外のメンバーは至って平然としている。
取りあえずはそのおかげでまともに交渉は進んでいく。
「わかりました。停戦協定のことは部下とも話した上で後日お返事いたしましょう。今日はささやかながら皆様をお迎えする晩餐を開かせていただきます。どうぞごゆるりとお楽しみ下さい。そういうと彼女は立ち上がり部屋をあとにする。
「やっぱり最初の一回目は秘密会議にしておいて正解だったな」
ヴォルストがいう。
「てめえ、知ってたんなら何で言わなかった」
「別に聞かなかったろう。もっともあいつはちゃんと公私の区別を付けているからな。俺から言わせれば全くの別人だよ」
「私と一緒にいたときもそうだったわね。私も最初は頭が混乱したものよ」
「そういえばレイチェルも知っていたんだよな」
「彼女には何回か会ったことがあったから」
「これじゃあ交渉どころじゃねえぜ。まったく。帰ってから彼女にどんな顔して合えばいいんだ」
「確かにあいつはお前さん達が恨んでいるシャルロットだが、俺の館にいるときは妹のシャナだよ。今まで通りでいいさ・・・げ、まだいたんですか」
ヴォルストの後ろにはいつのまにかフェンリルが来ている。
「おしゃべりはその辺にしてちょっとこい。今日はたっぷりしぼってやる」
そう言うとフェンリルは半ば引きずるような形でヴォルストを連れていく。
「・・・・・」
今度はファナもあきれてみている。ただレイチェルが事情を知っているようでその顔は笑っている。一同はレイチェルに聞いてみるが彼女は秘密、と答えるだけだった。

その夜の晩餐にはシャルロットの部下の他、街の有力者も集められたものだった。まず最初に彼女はフォルケル達の使節団が来たこととその目的を公表し、その交渉の如何に関わらず今日は大いに楽しむように言うと宴が始まった。ファナの部下はシャルロットがヴォルストの妹であることに気づいていないようだ。もっとも彼女は一部の人たち以外とは接触を持たないようにしていたような節があったので当然と言えば当然だが。そしてファナの部下達は当然かなり緊張していた。もっともファナ達はほとんど緊張もせずに宴を楽しんでいたが。
「それにしても北バーミアン帝国のイメージが少し変わるよな」
「そうだな、そういうことを考えれば俺達の中でもともとちゃんとしたイメージを持っていたのはレイチェルにヴォルスト、それにしばらくの間将軍と過ごしていたファナ王女か」
「人のイメージなんてそんなものよ」
「あ、シャ、・・・シャルロット将軍」
「まあ私を恨みたいと思うなら恨めばいいわ。でも私たちもただ見境無しに戦いを始めたのじゃないことだけは覚えておいて欲しい」
「それはここに来る前王女とヴォルストにさんざん言われましたよ。あなた方が戦いを始めたわけにについてね。でも・・・そうだ、踊ってもらえますか」
「帝国ができてから覚えたような踊りでよかったら喜んで」
そう言うとフォルケルとシャルロットは踊り始める。
「でもやっぱり私はそう簡単には・・・」
「行ったでしょ、恨みたければ恨めばいいって。それよりもあなたはどうするつもり。これ以上先を望むの」
「そうですね望んでみようと思います」
「そう」
そんな会話が行われているとはつゆ知らずギルバートは2人の舞に見とれている。
「ひまそうねギルバート。アラディーの舞踊でも踊らない」
そうしているギルバートを見てファナ王女が声をかける。
「光栄です、王女」
そうして今度はギルバートとファナが踊りを始める。レイチェルも帝国側の士官達と踊りを始めたようだ。それに乗じてあちこちで踊りの輪が作られる。
そんな中、顔にいくつかの痣を作ったヴォルストが部屋の隅で料理を食べている。
「お前は踊らないのかヴォルスト」
そこにフェンリルがやってきて話しかける。
「師匠は何で踊らないんです」
「踊るのが嫌いではないがこれだけの人前で踊るのは、な」
「師匠はまだいいですよ。踊りがうまいから。俺はダメですね。育ちが悪いから」
「それは嘘だな」
「ばれてますか。まあ確かに踊れますけどもう一人のことを考えるとどうしても・・・それにあいつのいる前じゃ踊れませんよ」
ヴォルストはそう言ってフォルケルとの踊りを終えたあとも次から次へと相手を代えて踊るシャルロットのほうを見る。
「あれは踊りが好きだが」
「だからあいつがいるときはパーティに出ないようにしているんです」
「そうか」
そう言うとフェンリルは無言でその場を去る。
「レイチェルを長老の元へ行かせることになるかもしれません。まだしばらくここにいて下さい」
ヴォルストはその背中に語りかける。フェンリルは片手を上げて了承する。
宴は延々と続く。

 

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