第二章「北の帝国」
1:船出
その日の軍議は大荒れに荒れた。ファナ王女が北バーミアン帝国との休戦条約を結ぶと言い出したのだ。これにはかつて祖国を滅ばされたアラディーの重臣を始め、レジスタンスの面々も猛反対した。実際沈黙をしていたのはヴォルストとフォルケルだけだ。他はほとんどが反対。温厚な人物でも今動くことを止めた。
「じゃあ聞くけど何で南部諸国が北帝国に滅ぼされたのか知っているの。南部諸国が北の民族に加えていた弾圧から逃れる為なのよ。今独立を確保して故郷を守れている彼らは我々とは戦う意志がないはずよ」
「ならば何故奴等は大陸を制覇する必要があったのです。それに彼らは現に大陸の覇権を求めて二つに分裂しています。王女は帝国の悪女に毒されてしまっているのです」
ファナと重臣の言い合いが続いていたが、この言葉を聞いてヴォルストが肩をふるわせる。
「ヴォルストさんは黙っていて。じゃあファーン老に聞くわ。あなたなら知っているでしょうから。北帝国がダンガを滅ぼしたあと南部の諸国には休戦協定の使者があったはずよ。あなた達諸国の上層部はそれについて協議するために集まったけれど、ゼリュロス皇帝が倒れたのを聞くと今なら帝国を倒せると思って宣戦布告をしたのでしょう。それも神を冒涜する民族に罰を加えると言って使者を殺すという最低の方法で。実際アラディーでこの時の会議を知っている人物はみんな戦死してしまっているから、ここでそのことを知っているのはあなただけなんですよ、ファーン老」
「確かに姫様の言われるとおりだ。そして敵の戦力を見誤った我々は敗北を喫した。だからといって奴等に頭を下げる必要はないでしょう」
「ふざけるな、さっきから聞いてりゃふざけたことばかり言いやがって。おまえ達の粛正で一体どれだけの民族が滅んだと思ってやがる。北の民を奴隷のように使ってコロシアムで見せ物にする奴等が偉そうなことを言うな」
「何だと、北帝国のスパイが何を言う」
突然大声を上げたヴォルストにアラディーの重臣が言う。
「もう止めろ。実際我々は北の・・いや、異民族に対して過敏に反応しすぎだ。それはいい加減に認めなくてはいけないだろう。二年前の北帝国の交渉に対する態度がそれを表しているだろう。それにレジスタンスにはレイチェルにヴォルストという2人の異民族の協力者がいる。少なくとも我々レジスタンスは帝国から故国を取り戻す者の集団のはずだ。ファーン老、そのようにいつまでも旧王国の面目にこだわっているから現実が見えなくなります。アラディーだけで北と南の両帝国を抑えられると思っているのですかな。ならば実際それだけの考えをもっているのならここで言っていただきたい。アラディーの方々に対しては多少我々と立場が違われますが、今私が言ったことをお含みいただきますようお願いいたします。目の前の現実も見えずに戦うのは蛮族のすることです」
フォルケルがその場をおさめるように言う
普段の彼からは考えられないような冷静な発言に場はしんと静まり返る。この発言が聞いたのか(さすがに遊牧民とて蛮族と言われれば誇りが傷つくだろう)その後はファナの意見に真っ向から反対する者はいなくなった。そしておおかたは使者を出すことで一致すると。問題は誰が行くのかとどれだけの権限を与えるかについてだった。
「取りあえずアラディーからは代表として私がいくわ。護衛はギルバートを隊長にして、後はギルバートに任せるわ」
「ちょっと待って下さい。私はこの国にレジスタンスとして戻ってきましたし、これからもレジスタンスとして戦い続けるつもりです。王女には忠誠を誓っていますが、今回の件は見直していただけないでしょうか」
「ギル、そういう自虐的な考えは止めた方がいいぜ」
ヴォルストは急にギルバートの服の右腕を破る。そこは紫色に腫れ上がっている。
「ギル、それはどうしたんだ」
「おそらく王女を連れてきたときに戦ったデーモンの爪にかすりでもしたんだろう。デーモンの毒はかなりの力があると聞いているからな。多分ギルは自分の右腕が使いものにならなくなる前に戦えるだけ戦いたいと思っているのさ」
「ヴォルストの言うとおりだ。一応ラーカス司祭にも相談したんだがな、俺の気づくのが遅すぎたせいで症状の進行をやわらげるくらいしかできないそうだ」
「そうなのか?」
「ええ、私の力では無理です」
フォルケルの疑問にラーカスは否定的な答えを出す。
「この程度なら・・・」
「どうにかなるのかヴォルスト」
「原理的に悪魔の毒を取り除くのは難しいんだが症状を止めるのは簡単だ。それだけでもその腫れならものすごい激痛だろうが・・治すには強力な魔法で治癒するか、特殊な薬草の使用、そして腕の腫れそのものを取り除く手術の三通りかな」
「強力な魔法は人間業では無理ですよ。私でもほとんど効果がありません。薬草は私に知っている知識でみた限りでは多少の効果があるようです。手術に関してはあまり知識はありませんが・・・・かつて王室についていた医師でも治せるかどうか」
「なら北帝国にちょうどいい人がいるわ。私を診察してくれた人物はすごい腕の医者だったみたいだし、ロウィーナ王女の病気を治した薬剤師もいるくらいだから」
「その王女を治したのは私だが、過大評価は困るな。もっと資料のそろった大きな街ならともかくここじゃギルを治すのは無理だ。もっともファナ王女が言っている医者なら手術で治せるかもしれんが」
ヴォルストがつぶやく。
「・・・・・この腕を治せばもっと長く戦い続けることができる・・・か。わかりました、私もお供します。しかし今の私は満足に戦えませんので隊長は辞退させてもらいます。そしてさっき言ったようにレジスタンスとしても戦いたいのでレジスタンス代表としても行かせてもらいたいのです。よろしいですかファーン様」
「それから、もちろん北出身のレイチェルにも参加してもらいたいわ。ファーン老、別にいいですよね」
「ええ。では我々他には・・・」
「俺がいく。いいだろう別に」
レジスタンスからはフォルケルが立候補する。
「だが、お前は・・」
「俺は喧嘩するために行くんじゃない。交渉に行くんだ。北に偏見を持っているあんたよりはましだと思うな。それに兄さんのことがわかるかもしれない」
「・・・・いいだろう。他には」
「レジスタンスからはギルバートも来るからいいさ。それに護衛ならギルに一緒に集めてもらうさ。幹部のあんた達は各地での人望も厚い。それを利用してエラードで同志を増やすのだろう」
「だが我々二人のうちどちらかも参加したほうがいいだろう」
「そういう考え方が間違っている。俺達は王国じゃない。メンバーに階級なんてつけていないだろう。今回はどれだけ交渉術がうまいかが鍵になってくる。それに元エラード王ロレンスの弟と娘が北帝国に囚われているんじゃ、王様に使えていたファーン老とラーカスは論外だ」
「お前とて弁が立つほうではあるまい」
「でも戦いを中心にしてきたレジスタンスの主力の中ではしゃべるのは得意なほうだと思うな」
「・・・そうだな。これで我々の意見もまとまりました。いつ出発になさるのですかな」
「俺の船はもう入港している。積み荷の出し入れも終わったからすぐにすぐに出発できる。あとはそっちの準備しだいだ」
「別に準備にそんなに時間はかからないわ。そうね・・・・明日いっぱいを準備に使って明後日出航って言うのでどう」
「じゃあそのように手配しておきましょう。行き先はファルナでいいんですね」
「ファルナ?、ファルクじゃなくて」
「ファルナのほうが近いし、ファルナのシャルロット将軍はかなりの権限をレナード皇帝からもらっているのよ。休戦条約程度なら多分結べるはずよ。それに私とシャルロットなら面識もあるし・・・」
「じゃあ俺達もそれに合わせて準備をしなくちゃな。ラーカス、必要な書面とかあったら作ってくれ」
「そうそう、ギルにはそのやっかいな毒の進行を止める特性のまずいジュースと激痛のする塗り薬を作ってやるよ」
そしてそれぞれが自分のすることをするために部屋をでいく。

「珍しく荒れたな」
薬の調合室でヴォルストはギルバートと話している。
「私は聖人君子じゃあない。あれだけ侮辱されれば言葉も荒くなる。実際俺は何人もの犠牲者を知っている。それに私の目的はレジスタンスと一緒じゃないと前にも言ったはずだが」
「だがシスター・リーマって人物は南の人間だったんだろ」
「彼女と他の奴等を一緒にするな。実際ただ孤児を引き取るだけの場所なら大きな街にはあるだろう。だが私が旅した中でクラヌ教を信仰している地域の街に異教徒の孤児を引き取る施設はあそこ以外見たことがないな。だから私はあそこで育った者達には強く生きてもらいたい」
「・・・お前も苦労しているんだな」
「そうかい。まあ、おまえ達の尺度で見ればそうかもな。ほんとは私が金を出せばそれだけですむかもしれないが、あんまりやりすぎると孤児院の子供が悪いことばかり覚えるかもしれない。それに戦争が続けばいずれ孤児院の子供も兵隊として徴集され、死んでいってしまうしな」
「それにしてもよくそう都合よく船が来るな」
「ここは貿易の中継地点としては穴場だからな。他にも速度重視の中型船が月に一回は来るようにしている。そのおかげでここの解放はうまくいったろう」
「なるほどね。ところで護衛は何人連れていける」
「中型船が一隻来るだけだからな。二十人が限界だろう。もっと大きな船が一ヶ月待ってれば一隻くらいは来ると思うが、あの王女がすぐって言ったからな」
「そうか。じゃあ慎重に選ばないとな」
「さあ、できたぜギル」
そういってヴォルストは調合していた飲み薬を座っているギルの前に差し出す。それは見るからにまずそうだった。
そしてギルはそれを飲んだときその予想が外れてはいないことを実感した。そして次の一言を聞いてもう二度どこのような醜態はとるまい誓った。
「そうそう今日は材料を有り合わせで作ったんでな。明日からは味も効果ももっとすごいのを作ってやるよ。普通の飯が天国に思えるくらいのな。当然1日三回食後に服用するやつをだ。まあファルナにつくまで・・・1、2週間くらいの我慢か」

「レイチェル、お前はレナードやシャルロットとは認識があるのか」
「ええ、一応あるけど・・・あの人達は私のこと忘れてはいないだろうけど・・・私は歓迎されないんじゃないかしら」
「お前の父親がダンガ帝国についたことか」
フォルケルの問いにシャルロットはこくりとうなずく。
「まあ家柄なんて気にすることはないさ。それに俺達は使者として行くんだ。そうむげには扱われないよ」
「そう・・・ね。あなた達はダンガ帝国を倒したら北バーミアン帝国も滅ぼすの」
「・・・それは今みんなに聞いたら滅ぼすと答える奴が多いだろうが、そうなったらかつての二の舞だな。今俺達と一緒に行動をする奴等は保守的すぎる。このままじゃかつての勢力図を取り戻そうとするだけだ。それじゃあ再び負けるな。ヴォルストの勢力が敵にまわるし、ダンガ帝国を滅ぼした俺達は疲弊している。俺は個人的にもう一つの可能性をこの交渉にかけている」
「・・・同盟・・かな」
後ろからラーカスが声をかける。
「2人きりの所申し訳ないが時間がないんでね。打ち合わせに呼ぼうとしたんですが、まあ話が終わったら来て下さい」
「そのとおりだよ。この時点で戦後の領地、お互いの態度その他を決めておけばそれで平和は保たれるはずだ。そうすれば遠征に行っているナイツテンプラスの援護もできる」
「私はこれで失礼するわ」
そういってレイチェルはその場をあとにする。
「ふむ、決意がつきましたかな」
「実は今日の会議の前にヴォルストと王女に呼ばれててね。今度のファルナ行きを進めてくれた。色々気持ちの整理をつけるいい機会だってね」
「では・・立ち上がるのですかな」
「まさか・・いや、それは相手の出方次第かな」
「そういうことならエラード侵攻に関することになったらあなた自身の好きなようにすればいい。あなたにはその権利がある」
「俺はふさわしくない。だが、おじさんが許してくれるのなら、な」
「そういえば・・・なるほど。まあ同盟を結ぶとなればさすがにファルクまで出張に行かねばならないでしょうからな」
「そういうことだ」
「どうも我々は保守的ですね。これからはあなた達のように他の民族との交流豊かな人材が貴重になるかもしれない。それはそうとさっさと仕事をかたずけましょう。出発まで時間がありませんから」
「ああ、それならお前が適当に」
「行ったでしょう。私は保守的な人間ですよ。今回は是非とも革新的なあなたの意見を聞かないと」
「ちぇ」
2人は連れだって城の中へと入っていく。

「ヴォルストさん、いますか」
城の一画に臨時に貸してもらった調合室でヴォルストはいろいろと薬を混ぜている。
「ん、レイチェルかい?まあ入りなよ。話し相手をするくらいなら何とかなるから」
「すみません」
「何、気にすることはない。別に明日いっぱい時間はあるから。だがギルの薬だけは入念に作っておかないといけないからな。で、用件は」
「はい、私、今度の交渉のあとしばらく抜けようと思うんです」
「ここまで事態が本格化して怖じげついたのか、それとも2人に合うのがこわいのか」
「そんなことはありません、それにもし、状況が予断を許さない状態になったら・・」
「まあそれは進めないね。そういう方法は時として事態をさらにややこしくする。まああんたのことは私がさりげなく言っておくよ。おっと話が横にそれていないか」
「このままじゃフォル達の足手まといになるから、もっと強い力をと思って」
「お前の回復魔法だって結構なものじゃないか」
「ラーカス司祭に比べれば効果はないに等しいです。それにギルや・・その気になればあなただって使えるはずです。それに攻撃魔法は全然成功しないし」
「そんなことか。お前は十分強いよ。それはあのときに見せた炎が物語っている。それに父親と真っ向から戦う決意をした態度。これ以上何を求める?あと1、2年がんばればあの程度の魔法が自在に使えるようになる。今の私には逆立ちしたってできないことだ。やっぱりお前はあの人の子供だよ。実際2人にも聞いてみなよ。あいつ等は私以上にお前の潜在能力を高く評価している」
「今すぐ強くなりたいんです。ですからあなたに稽古をと思って」
「冗談じゃない。私の剣術は生き残るために身につけた半分以上が我流の剣術だし、魔法に至っては何にも教えられないよ。私の魔法については100パーセント我流だからな。それに・・・・」
ヴォルストが言葉に詰まったのを見てレイチェルがはっとなる。
「すみません。私は忘れていました」
「そんなに強くなりたいのなら・・・まあ、あいつ等と相談して決めてやるよ。だが結果として父親と同じ道を歩むことになるかもしれないぞ」
「わかっています」
「そうか。・・・・それにしても急にそんなことを言い出すなんて、フォルに惚れたか」
「ま、まさか。それより父については何かわかっているんですか」
「ん、どうかな。まあいくつかの可能性が出てきたが・・・・まさか父親を自分の手に掛けるつもりかい」
「それも仕方がないでしょう。それに父の強さは・・・」
「ああ、すごいね。私は尊敬していたんだがなあ。まあその件については考えとくよ。交渉が終わる頃には返事が言えるだろう」
「有り難うございます」
レイチェルは急がしそうに動きまわるヴォルストに向かって礼を言って部屋を出ていく。
「はあ、あいつが真実を知ったら・・・それにフォルのことも」
ヴォルストは彼女に降りかかるであろう重荷を感じずにはいなかった。そして自分の予想が外れて欲しいとも思っていた。

二日後。
準備の整ったフォルケル、ギルバート、レイチェル、ファナは十数名の護衛と共にヴォルストの中型船に乗り込む。当初護衛の人数が少なすぎると言ってもめたが、それなら自主的にお前等の船できたらどうだとヴォルストに言われて、何人かの重臣は数少ないアラディーの船(軍船)で着いてゆくことを決意したようだ。
もっとも船の速度の差がひどすぎて彼らの船は1日を待たずしてヴォルストの船を見失ってしまったが。
船ではギルバート、ファナを始めギルバートの選出した護衛もほとんどが船酔いでへばっていた。
ヴォルストは当然として、フォルケル、そして驚いたことに乗馬の知識は浅かったレイチェルは船の揺れになれているようだ。
ギルバートは特に悲惨で、ただでさえ体が食べ物を受け付けないのに、ヴォルストに半ば強制的にまずい薬を飲まされ、それをはいたら再び薬を飲まされると言う悪循環が続いていた。ヴォルストはこの薬をかなり多めに作っていて、嬉々としてギルバートに薬を飲ませていた。他にも酔い止めとして睡眠薬を用意していたがどうもそのまずさから船酔いを選ぶものもいたようだ。もっともギルバートには副作用がどうのこうのとかで飲むのを禁止されたが。

 

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