8:アラディー解放(中)
「ここでしたか」
「これはこれはお姫さま」
ヴォルストは砦の城壁からの景色を見ている。
「何を考えていたのですか」
「平原を見つめているのもいいものだと思いましてね。どことなく海に似ている」
「海が好きなのですか」
「山の次にね」
「シャナ=ディス=ラシュターは本当のあなたの帰りを待っています・・・」
「おしゃべりな奴だ。一体シャルロットはどれだけしゃべったんだ。・・・・・悲しい思いをしているのはあいつだけじゃない。実際あんただってそうだ」
ヴォルストの顔が苦々しくなる。
「あなたはどうなのです」
「・・・・私は好き勝手に暮らしてきた。自分を信じてくれる奴等を護るだけの力がなかったのは悔やまれるが、もう一人に比べればはるかに恵まれている」
そういうと2人とも黙ってしまう。しばらく沈黙が続く。
「その腰の両剣。あなた自身が戦闘に加わるつもりですか」
「そうよ、せっかくシャルロットから教わったことを無駄にはしたくない、そしてこんな私のために立ち上がってくれた遊牧民の意志をね」
「・・・・戦場でならまた彼に会えると?」
ヴォルストの言葉にファナの体が反応する。
「!・・・気づいていたのですか。彼が再び戦い始める前に止めたい。あなたはどうなのです」
「彼が望むのなら・・・・」
「そうですか。明日私たちは出発します」
「ああ、ヴァ・アラディーの件は任せてもらおう。城は無理だろうが街は完全に制圧してみせる。フォルケル、王女に話があるんだろ、出て来いよ」
そういうとヴォルストは砦の中へと戻っていく。
「全くなんであいつはこうも鋭いんだ?」
「久しぶりね。今の話を聞いていたの」
「ええ、立ち聞きする気はなかったんですがね。私は一度あなたと2人っきりで話がしたいと思っていたんですがね。」
「ええ、私もいずれ機会があればそうしようと思っていたわ。・・・お父上に似てきたわね」
「剣術と魔法は兄貴達が持っていきましたよ。私には楽器を演奏することしかできなかった。本来なら親父のあととは全く関係ない立場にいた私が死ぬべきだったのに・・・・」
「この国を解放したらあなたはどうするの?」
「レジスタンスはおそらくカシューラかエラードを解放しようとするでしょう。ファルナまで行くとなると騎兵中心のアラディーの協力を仰げませんからね」
「私はあなたがどうするかを聞いているのよ。別にレジスタンスや国なんてどうだっていいわ」
「いくつか気がかりなことがあるんです。ヴォルストなら何か知っていると思うんですが・・・」
「そして彼はレナードとつながっている」
「ええ、いずれは彼についていこうと思います。妹のことも気になりますし」
「愚問だと思うけど彼はあなたの正体を」
フォルケルはうなずくと懐からオカリナを取り出して吹き始める。そのどこか悲しげな音色にファナは聞きほれる。
その曲が終わると彼は一礼して城壁から出てゆく。しばらくすると同じ曲が馬頭琴と呼ばれているアラディーの郷土楽器で奏でられているのが聞こえる。
そしてシャナはその頬に柔らかい草原の風を受け一人たたずんでいた。

「全軍、出発」
ファナの高く、よく通る声が砦に響く。そして砦から遊牧民の一団が出てゆく。国境の砦に着く頃には各地の遊牧民も参加して人数は倍以上になっているだろう。
「ヴォルスト殿、我々も参りましょう」
後ろにいる初老の男が声をかける。かなり大きな部族の長で、今回ヴォルストとともにヴァ・アラディーの一斉蜂起を行う人物だ。
「そうですね」
しばらくするとヴォルスト達の小隊が砦を出発する。すでに蜂起を手伝う者のほとんどはヴァ・アラディーに入っているはずだった。


先頭を進むシャナの部隊はヴォルスト達の他各部族から選りすぐった勇士達で囲まれている。時折付近を哨戒中の敵兵に会うがすぐさま倒されてゆく。
数日後には各地の部族が集まり大規模な軍勢になる。それに合わせてファナは部隊を二つに分ける。一つは国境の砦を攻める部隊。もう一つはヴァ・アラディーへの牽制部隊である。そして約三分の二なった軍勢は国境の砦が見えるぎりぎり手前で止まり詳しい作戦を立て始める。

「だがヴォルスト無しで奇襲作戦ができるのかねえ」
「今までの砦通りに動けばいいのさ。少しばかりでかくなってるがこちらの規模も大きい。大丈夫だ」
「そうよ、それに彼がこんな物を渡してくれたわ」
そういってファナが丸いボールのような物を取り出す。
「何ですかそれ。魔法でも込められているんでしょうか」
「火薬という物を使った武器で、このひもに火をつけてしばらくすると大爆発が起こるらしいわよ。これで門を壊せって」
「ああ、最初の砦で使った奴か。ならもっと用意すれば楽なのに」
ギルバートが不満を口にする。
「砦を壊してしまったら敵が攻めてきたとき守れないでしょ。それにこれは彼に薬学の基礎を教えた人が作った物でこれが最後の一個らしいわよ。で、今回はギルバートがレジスタンスの部隊を主とする奇襲部隊を率いて頂戴。今回はこの球は私たちが外側から使うわ。だから城門の付近には近づかないように」
「後はどうやってうまく敵部隊を引き離すかだな」
「それは騎兵の半分だけを砦に連れていけば相手は倒せると踏んで、騎馬隊を出すと思うわ。その後逃げるふりをして敵を引きつけておいてもう半分で側面を攻撃する。その半分だけど砦の横の山に隠せないかしら」
「なかなか大胆な発想ですな。確かにいつも逃げるふりをしてばかりいては敵もこちらの意図に気づくでしょうからな」
「それにしても王女それだけの戦略を一体どこで」
「護衛としてついていてくれたシャルロット将軍が色々教えてくれたわ。剣術の稽古相手にもなってもらったし。私は今回歩兵として砦攻めに加わるわよ」
「それは・・・確かに兵士の士気は上がるでしょうが我らとしても慣れない歩兵戦。王女を護りきれるかどうか」
「それなら、レジスタンスの部隊についてゆけばいいのでしょう」
「おいおい、ラーカスとロックスリーも含んだレジスタンスの大部分が奇襲部隊に参加するんだ。それにファーン老だって遊牧民の歩兵部隊を指揮しなければならないんだ。あなたを護りきれるだけの余裕はない」
フォルケルがあきれる。
「あなたとレイチェルがいるわ」
「な、ちょっとまて。あなたは俺達を過大評価しすぎだ。自分の身を守るだけで精一杯だ」
「素直にそんな面倒臭いことやれるかっていえばいいのに」
レイチェルがぼそりと突っ込む。
「大丈夫、私も自分の身くらい自分で守れるわ」
「おい、あんた等大事な王女がどうなってもいいのか。何とかいってくれよ」
そういってフォルケルは集まった遊牧民の重鎮に助けを求める。
「姫は昔から言い出したら聞かない頑固者でしてな。フォルケル殿、姫を頼みます」
「な・・・・・」
「そう気を落とすな。俺も余裕ができたら合流するからさ」
「じゃ、これで決定。山に騎馬隊を移すときは静かにね」
そういうとさっさとファナは天幕を出てゆく。それに遊牧民の重鎮達が続く。
「はあ、何でこう大ざっぱなんだこの国は」
後には大任を押しつけられたフォルケルとそれを笑うレジスタンスの者達が残っていた。

作戦が始まった。
遊牧民が集結してきたのを見ると敵の騎馬隊がそれを追い払おうと出てくる。それを見て遊牧民は背を向ける。だが敵は追いかけずにその場で待機している。
ある程度距離が開くと遊牧民はしびれを切らしたのかこちら側に突撃してくる。それを見た帝国の騎馬隊も突撃を始めるが馬がスピードに載ったところで、側面の山に隠れていた遊牧民の部隊が帝国軍の先頭を走る馬めがけて矢を放つ。次々と来る矢の嵐に敵の先頭は大混乱に陥り、後方の部隊がそれに突っ込んでさらに事態は最悪になってゆく。さらに正面から遊牧民が突っ込み、突っ込み敵部隊を撹乱したあと、今度は山に隠れていた部隊が側面から突撃を敢行する。正面から突っ込んだ部隊が引き返して再び突撃をかけると敵部隊は一目散に方々に逃げ出す。

そのころ砦では歩兵部隊の突入が開始される。ギルバート達は騎馬隊が砦から出た時点で忍び込み。遊牧民が突撃を開始する頃合を見計らって行動を開始している。
ファナが門に向かって球状の物体を投げると轟音と共に門が吹き飛ぶ。
「私はアラディーの王位継承者ファナだ。この砦にいる我らが誇り高き遊牧民にに告ぐ。我々の縄張りから共に帝国をおいだそうではないか。そして再びこの大いなる平原を我らの手に取り戻すのだ。そして帝国軍よ、おとなしく投降しなければ我々は全力を持って。おまえ達を潰す」
素早く門に入ったファナがよく通る声で叫ぶ。
「我らが同士よ、突撃!」
その声を受けて外の歩兵部隊が一気になだれ込む。さらに砦の内部でも歓声がわき起こる。ファナの話を聞いて寝返った者達がいるのだろう。
「あんまり飛び出さないで欲しいですね。こっちは冷や冷やしましたよ」
「でも指導者が先頭に立てば兵はついてきてくれるわ」
「私たちも行きましょう。味方になってくれた人々に王女の顔を見せないと」
そう言うレイチェルに続いてフォルケル、ファナも続く。
一階部分はほとんど制圧が完了していた。砦にいた遊牧民のほとんどが一階か二階に収容されていたからだ。そのおかげで二階には楽に行けたが二階ではまだ戦いが続いているようだった。フォルケルは三階へ上がる階段を護る部隊と剣を交える。
敵が動揺していたためか瞬間に2人を切って捨てる。ほぼ同時にファナの両剣がきらめき隣で敵が倒れる。レイチェルも敵を倒している。その勢いに圧倒されたのか残りの兵士達はじりじりと後ずさる。そのとき三階のほうから矢が飛んできて2人が倒れる。さらに飛び降りてきた人物が残りの兵を倒し始める。
「早かったじゃないか。随分と砦の遊牧民が協力してくれているようですね」
敵を倒し終わったギルバートが周りを見渡しながら言う。
「三階はどうだ?」
「激戦の最中だがこの調子ならすぐに制圧できるだろうあとは四階だな。」
「なら四階に行きましょう。ギルバート案内して」
「いいんですか」
ギルバートはぶつぶつ言いながらもフォルケル達の先頭に立つ。階段の下には案の上守備部隊がいる。
フォルケルが気合いとともに重装歩兵の甲冑を叩ききる。ギルバートの剛拳が敵の鎧をへこませるほどの衝撃を与え、レイチェルは弓矢で敵を牽制しながらファナが甲冑の隙間に剣を突き立ててゆく。ほどなく敵は全滅する。
「さてと、次は・・・この上まではいけなかったんだ。ヴォルストなら多分行けただろうが」
「じゃあ私が援護しましょうか」
「・・!ラーカス司祭、それにロックスリーも」
「この階もおおかた片ずいてきたんでな。奇襲部隊を半分を連れてきた。」
「私が魔法で矢の軌道を変えますからその間にけりを付けて下さい。まあ、一分もつか持たないかですがね」
そう言ったラーカスが胸の前で模様を描くと風がまき起こる。それに合わせてフォルケル達が階段を駆け上がる。上から矢が射かけられるが、ラーカスの援護で当たらずにすむ。
階段を駆け上がると散会して、驚いている射手達を倒してゆく。
「ふう、これであとは時間の問題か」
フォルケルはほっと一息つく。すでに他のみんなはこの階にいる司令官を捜し始めている。
「俺達も行くか」
そういってギルバートが駆け出すと突然物陰から剣が振り下ろされる。ギルバートはその一撃を小手で受け流す。すかさず振り上げようとする敵の剣をファナが双剣で挟み込む。ギルバートが反撃を繰り出したときには相手はすでに後ろに飛びすさっている。
「すごいのが配備されているねえ」
そう言いながらフォルケルは相手を観察する。その構えを見ても相当のてだれだと一目でわかる。手にした剣は片刃のグレートソードだ。
フォルケルが間合いを詰めると敵が踏み込んでくる。そして行功の術を使ったフォルケルの一撃を受けとめ、そのまま返す剣で切りつけてくる。それをかわすと次は魔力を載せた一撃を放つが敵も同じく魔力を載せた一撃で対抗する。
「全員できたらどうだ。おそらくこの砦は落ちるだろうが一人でも多く道ずれにするという使命が残っているのでな。おまえ達だけに時間を割くわけにはゆかん」
敵の剣士が低い声で言う。
「フォルケル、交代。あなたじゃ分が悪いようよ」
そういってファナが前に出る。
「まだ負けてねえよ」
「勝ってもいないでしょ」
ぶつくさ言うフォルケルを横目にファナはすぐさま敵に向かってゆく。そしてそのまま双剣をきらめかせて敵に切りかかるがあっさり受けとめられる。それを気にしたふうもなく身を引くと再び敵に向かう。今度は敵が剣を振り下ろしてくるがそれを片手の剣で受け流すともう一本の剣で相手の肩口めがけて突きを繰り出す。敵はそれを横に飛ぶことでかわすがそのとき素早く敵の懐に入り込んだファナが今度は両肩をめがけて突きを繰り出す。その攻撃を鎧の露出部分にくらい敵がたじろいだ所を駒のように回転したファナが敵の剣を素早くたたき落とす。
「すごいなあ。さすがシャルロット将軍に教え込まれただけのことはある」
「こいつの処遇はどうするんだ?」
「この人多分ここの指揮官ですよ。どこかで見たことがありますから」
「何故俺を知っている」
そういうと剣士は両腕をだらんと下げたままレイチェルを見つめる。
「なるほどな、あなたがレジスタンスに参加しているとは。自分が恥ずかしくなってくる。愚行を止めるためとはいえ実の父親と戦う決意をしている娘を見ていると、その愚行をいさめもせずに忠実に守っていた自分がね」
「レイチェルを知っているのか」
「まあ、そんなところさ。いいでしょう。今は投降しよう。俺を広間に連れてゆけ。部下達を止めてみよう。だがおまえ達の出方如何では俺は死んでも屈服しない。そのことを忘れるな」
そういうと剣士は広間へ行き大声で自軍の敗北と、投降を兵士に呼びかける。劣勢になっていた敵軍は次々と投降を始める。
「これで残りはヴァ・アラディーだけか。それにしても王女、見事な腕前です」
「フォルケルが勝てなかったのは武器の組み合わせが悪かったからよ。軽装備の剣士が大剣を持っている場合どうしても懐に隙ができるのよ。でもそれをしようにもフォルケルも密接状態からの攻撃は難しいでしょ」
「何なら俺が体術を教えてやろうか」
「いらねえよ。それより捕虜の始末とかががあるだろう。それに帝国の援軍に備えて砦の防備も考えないと」
「そうね。じゃあ主だったメンバーをどこか会議室のような所に集めましょう」

「次の問題はヴァ・アラディーにいる騎兵部隊か」
「今の我々ならば士気も高く、数も多い。間違いなく撃退できますぞ」
一人の遊牧民の長が勇ましく言う
「それじゃあ犠牲が大きいわ。でもこのままだと平原のど真ん中で鉢合わせしてしまうわね」
「それにここの守りにも兵は割かなければならないだろう」
「ヴァ・アラディーの市民が蜂起していたなら騎馬隊はそちらに釘付けになるでしょう」
「でもヴォルストさんに騎馬隊の相手は任せろって言っちゃたし」
「あいつなら何とかしてくれるさ。やっぱりここは兵を進めるべきでしょう」
「そうね。私たちは半分をここの守りに残して途中で哨戒部隊と合流。そのままヴァ・アラディーへ向かいましょう」
そういうと議題は守備部隊の編成の話へと変わっていく。

「これでアラディーの解放は終わったようなものだろう」
「気が早いわねえ。アラディー総督のハルガー将軍は相当の腕の持ち主よ」
フォルケルの言葉にレイチェルがくぎを差す。
「そうは言ってもゼフィールほどじゃあないんだろ」
「え、ええ。それに本国やエラードを守っている総督と比べると多少はレベルが落ちるわね。でも忠誠心の強い人だから絶対降伏しないと思うわよ」
レイチェルが片手で頭を抑えて考えながら答える。
「何、今からこの劣勢を覆すのは不可能だよ」
「でも予想外の苦戦をすることはあるわ」
「そうならないように俺達が歩兵戦のエースとしてがんばっているんだろ」
「鈍いわねえ。レイチェルは私たちでは歯が立たないかもしれないって言っているのよ。実際私たち個人の能力は帝国の将軍達に比べるとかなり低いわ」
言い合いになりそうな二人をファナが仲裁する。
「それでもやらなきゃいけないことだ」
「そうね、その為ここまでがんばってきたんだものね」
「わかったらさっさと休むことね。明日にはここを出発するんだから」

 

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