7:封印の森の化け物
「くそう心なしか数が増えてきてるな。」
フォルケルは襲ってきた触手を懸命に切り払っている。
「こうなったら幹を切り倒す」
「どうやって?」
ヴォルストの提案にギルバートが疑問の声を上げる。
「俺が活路を開くからギルとフォルは突っ込んで、ギルが援護してフォルが魔法剣でばっさりと」
「大丈夫なんだろうな」
「任せなって」
ヴォルストの口調は軽い。
「じゃ、いきますか」
3人は幹のほうに向かっては知っていく
「ヴォルスト頼んだぜ」
「はああ」
気合いとともに彼が振り下ろしたサーベルは触れた触手だけでなく剣圧で後ろの触手も斬ってゆく。
瞬く間に幹までの通路が出来上がる。
「すげえ」
ギルが感心しながらなおも襲いかかる触手を押しのける。
ギルが寒気を感じてみてみるとフォルケルのこん身の一撃が幹に炸裂している。幹には亀裂が入り今にもおれそうだ。
「ち、ギルとどめを頼む」
「おう」
そう言ってギルの放つ電撃の一撃で幹が完璧におれる。
「ふう、後は馬を鎮めてから・・」
と再び地面が盛り上がってくる。
「嘘だろお」
「取りあえず逃げるぞ」
そう言って2人は脱兎のごとく駆けてゆく。ヴォルストも2人の様子を見て回れ右をしている。
「はあ、はあ。ありゃあ反則だろ」
「ヴォルストもっぱつできるか」
「無理、あれが俺の限界だよ。もう魔法剣はほとんど使えない」
「だからすぐに再生するって言ったでしょ」
息の切れている三人にレイチェルが声をかける。
「あれは再生って言うのか」
「どうする。馬を放って逃げてどこかの遊牧民に出くわすことを祈るか」
「そんなギャンブルみたいなことは遠慮願いたいね」
「私が力を貸そう」
そう言ったほうを向いてみるとそこには第一天使イシュタルが立っていた。
「な、あんた唐突に出て来るなあ」
「こないだの塔ではどうも」
レイチェルが挨拶をする。
「別に異教徒の者を助けたわけではない。私が来た理由はギルバートのペンダントだ」
みんながそれを見てみると今はペンダントの中央の宝石が割れていた。
「私が来るのは持ち主の危機に三回のみ。これがが最後の一回だ」
「何だかんだ言ってギルに合いたくなってきたんじゃないのか」
「何か言ったか」
イシュタルの顔が険しくなり槍の穂先が朝焼けを反射して不気味に光る。
「なんでも」
そう言いながらフォルケルはまんざらでもなさそうだなと内心で笑っていた。
「でもいくらあんたでもあれは無理だ。あんたの雷は地面の下には届かないんだから」
「ふん、黙れ」
そう言ってイシュタルは、翼を広げ幹のほうへ飛んでゆく。
「取りあえず様子を見てくるか」
そう言って五人はイシュタルの後に続く。
「はああ」
五人が幹の見える位置に行くとそこはすさまじい光景が広がっていた。
イシュタルの放つ光が化け物の触手を徹底的に破壊しているのだ。
「あんなの見せつけられたらギルの掌心雷なんてちゃちな花火ね」
「うるせえ」
おおかたの触手を破壊し終えるとひときわ大きな雷が幹を引き裂いていた。
「あれじゃあダメなんだよな。ギル、あいつを一時後退するように説得しろ」
「なんで」
「ヴォルストとレイチェルは論外だし俺みたいな奴が言っても無理だろう。それともお前は王女を危険な目に遭わせたいのか?」
「わかったよ」
そう言ってギルバートはイシュタルのほうに駆けてゆく。
そのときフォルケル達の足下が大きく揺れる。
「げ、」
そして先程とは違う形をした幹が出てくる。
完全に不意を食らった形になった四人は慌てて体勢を立て直そうとするがそれよりも早く早速生えてきた触手が襲う。
その一撃をファナがまともに食らってしまった。ファナはそのまま地面にたたきつけられ気を失う。すかさず触手の第二撃がファナを襲う。
そのときファナの前に黒い影が現れて周りをシールドで包み込みファナを攻撃から守る。しかし触手は執拗に襲ってくる。こちら側の異変に気づいたイシュタルがやってきて次々発生し始めた触手を破壊する。ファナを助けたのは黒装束の人物だった。
「今のうちに後退しろ」
黒装束がファナを抱えながら言う。そして木々の中へと駆けてゆく。イシュタルに遅れてやってきたギルバートも併せてフォルケル達はその後を追う。そしてイシュタルもまた後を追うように木々の中に消えてゆく。
「ふう、王女は大丈夫か」
「ええ、回復魔法をかけたからすぐに目を覚ますわ」
「そうか。それにしても危ないところだった。ありがとう」
フォルケルが黒装束に向かって礼を言う。
「私が奴のコアを地面から取り出そう。コアの破壊を頼めるかな」
フォルケルの言葉を無視して黒装束はイシュタルに話しかける。
「わかった」
「うっ」
ファナがうめき声を上げる
「王女気づきましたか」
「え、ええ」
「それより王女はひょっとしてアラディー王家にまつわる聖水を持ち歩いていないか」
「ああ、それなら腰の瓶に」
「やっぱり、じゃあ俺が黒装束が呪文を唱えている間に敵を引きつけておこう」
「そんなことできるのか」
「王女の持ってる聖水はあいつを引きつけているんだ。文献で読んだことがある。だからさっき王女だけが触手を避けきれなかった」
そう言うとヴォルストは王女の腰から瓶を取り中の液体を頭からかける。
「俺達もできる限りの援護はするか」
「じゃあ行きましょうかね」
そう言ってヴォルストは三度幹のところへ向かってゆく。他のみんなもヴォルストに続く。
すぐに多くの触手がヴォルストに向かってゆく。
彼はそれを巧みな剣裁きでかわしてゆく。
「すげえ」
ギルバートが見とれる。その間に黒装束とフォルケルは手で複雑な印を組んでいる。
「ぼやっとしていないで」
そう言ってレイチェルは目を見開く。
「何をしようってんだ?」
そう言っているギルバートの横でレイチェルは手を前に出す。
「燃えろ、燃えろ、燃えろおっ」
レイチェルの手から白い炎が出る。その炎に包まれた触手はほとんど一瞬で灰と化す。
「あんまりこいつは使いたくはないのだがな」
フォルケルがぼやきながら氷の神聖魔法を使う。なおもヴォルストに迫る触手を凍らせる。
「おれも」
ギルバートが手のひらから雷を発する。イシュタルほどの威力はないが凍って脆くなった触手を砕くには十分だった。
触手の攻撃が弱まったところでヴォルストは敵を味方から引き離すために移動しようとしたときやっと再生してきた触手がヴォルストの剣を折る。すかさずもう一本が攻撃してくる。剣がおれてバランスを崩したヴォルストはその一撃を腕で受けとめるがさらに数本の触手がヴォルストに殺到する。
そのとき黒装束の魔法が完成する。局地的な地震が起こり茎の辺りを中心に地面が割れ、盛り上がる。ヴォルストはゆるんだ敵の攻撃と地震による被害を防ぐためその場を離脱する。
「はああ」
盛り上がった土の中からわずかに見えた黒く光る大きな円形の物体めがけてイシュタルが突撃する。周囲の雷が円形の物体の周りの土を払い落とし、彼女の槍が円形の物体を砕く。
「やったか」
フォルケルはしおれていく化け物を見ながらほっとする。
「終わったな。ギルバート、私はこれでしばらくはお前に会えないだろう。だがお前が、おまえ達がいつも正しい道を行くことを信じている」
そう言うとイシュタルは消えていく。周りには黒装束もいなくなっていた。
「ヴォルストさん、大丈夫?」
レイチェルが近くで倒れているヴォルストを見て呼びかける。それを聞いてフォルケルもギルバートもそちらに目を向ける。
「体中が痛むが帰る分には支障がない。馬を使うからな」
そう言うとよろけながらも立ち上がる。
「回復魔法を」
「やめとけ、さっきの炎で疲れたろ。動けない程度じゃない。しかし驚いたな、あれだけの炎を一度に出すなんて」
「でももう一度やれと言われてもできませんよ、多分」
「それにしてもヴォルスト、お前すごい剣術の使い手じゃないか」
「力がともなってないからな、フォルケルと一騎打ちしたら多分互角だよ」
「ファナ王女は?」
「え?」
「あ、あそこ」
ファナは少し離れたところで倒れていた。それを見た全員がその場に駆け寄る。
「顔色が悪いな。ん、この刺はあの化け物の・・・毒か、ヴォルスト、お前は大丈夫か」
そう言いながらフォルケルはファナの腕から小さな刺を抜き取る。
「毒?俺はなんともないと思う。全身打撲傷であんまり感覚はないが、おそらく奴の先端についていたのだろう。俺は先端の一撃はかわしていたからな」
「私が解毒の魔法に挑戦してみる」
そう言うとレイチェルの手から発する淡い光がファナを包む。その間にフォルケルとギルバートは腕の付け根の辺りを縛り、針の刺さっていた所をナイフで傷つけ血を吸い出す。
「だめだわ。どうしてかしら」
「あのバケモンは随分と特殊な奴だからな、常識が通用しなくても不思議はない。だがそうなると・・・ヴォルスト何か薬はないのか」
「俺は何でも屋じゃないんだ。そうそうどんな毒も治療できる薬があってたまるか。その症状からじゃ取りあえずこれを飲ませておけ。少しでいいぞ」
そう言って腰から粉末のはいった袋を取り出す。ふるえる手でファナはそれを受け取ると少し口に入れる。その後にギルバートがファナの口に水を注ぐ。
「フォルケル、お前が見ていた書物にこいつの毒については書いてなかったのか?」
「あったような気がするが・・・覚えていない」
「できるだけ速く砦に帰らないといけないな」
「ヴォルストはここで薬草をつくれないのか?」
「似たような症状の毒は腐るほどあるんだ。間違った薬を調合してしまってお姫さまが死んでもいいんならいくらでも作ってやるよ。もう少し様子を見ればもうちょっと毒についてわかるだろう。ギル、王女をおぶってやれ」
フォルケル達は急いで森を抜け砦に向かって馬を走らせた。途中ファナの状態を見てヴォルストが何度か薬を調合したおかげか最初のうちはだいぶ元気になっていたが。砦に近づくに連れて症状は悪化し、砦に着いた頃にはほとんど意識がなかった。
「王女の顔はみんなが見知っているだろうからな」
そう言うとヴォルストは自分の変に大きなターバンをファナにかけてやる。もはやファナは馬にも乗れないのでギルの馬に乗っている。
砦の門をくぐるとすぐにヴォルストは図書室にかけてゆく。ギルバートとレイチェルはファナを安静にするべくレイチェルの部屋へと急ぐ。フォルケルはファーン達に報告に行く。
レイチェルの部屋に程なくラーカス司祭とフォルケルが訪れる。
「私がやってみましょう」
ラーカス司祭がそう言うと彼は胸の前で神聖魔法を唱えるために印を組み始める。しばらくするとレイチェルの時と同じように淡い光がファナを包む。だがファナの表情は相変わらず苦しそうだ。
「治ったんですか」
「まだですね。だからといって全く無意味というわけでもなさそうです。こうやって治療を続ければ後最低一ヶ月はもつでしょう。その間に彼が薬を完成させることを祈りましょう。彼がここに来るまでに王女に施した治療は実際なかなか見事なものです」
そう言うとラーカスは3人に一緒に来るようにいう。
「よく王女を引き込んでくれたな」
「違います。王女は成りゆきでここに来ただけです。あのとき怪物が襲ってこなかったら彼女はまだ森にいるはずでした」
「我々の意志には賛同なさらなかったと・・・・・」
「そういうことだ。今度はあんた達が説得したらどうだい。王女が生きて話ができるような状態になればの話だが」
フォルケルは少し怒っているようだ。
「ヴォルストが薬を作っているそうだな。ギルバート、遊牧民の中に医者か薬剤師はいないのか?」
「声をかけてみますがおそらく砦の中にはいないでしょう。部族に一人薬剤師がいればいいほうですし、おそらく大半が戦闘には参加していないでしょうから」
「そうか。取りあえず詳しい報告を聞こう」
「そうだな、じゃあ・・・・・・」
フォルケル達の報告が終わるとフォルケルとラーカスはヴォルストを手伝うために図書室に向かう。レイチェルはファナの看病を、ギルバートはロックスリーとともに砦内の遊牧民に医学の知識を持っているものがいないかを探し始める。
一時間後フォルケルとヴォルストが薬草を探すために砦を出ていった。しばらくして大量の薬草を馬に乗せて2人が帰ってくる。そうするとラーカスが準備を整えておいた部屋で3人は薬の調合にとりかかる。夕方に始まった調合は結局明け方に終わる。
「できたぜ」
「おお、フォル大丈夫なのか」
「俺はこの2人に言われた通りにしただけだから知らないよ」
「ヴォルストが何度もやり直しをさせたおかげで一晩かかってしまいました。まあそれだけ万全を期したということです、大丈夫でしょう」
そういうラーカスには笑みが浮かんでいる。
「そういうことだ」
そう言ってファナの寝ている部屋にゆく。レイチェルが渡された液体をファナの口に入れる。しばらくするとファナの表情がだいぶ和らいでいた。
「これで大丈夫だな。それにしても・・・ヴォルストお前ははすごいな。あのとき化け物の攻撃を受けた剣術の他に薬に関する知識まで持っているなんて、見直したよ」
「一応俺が扱うのは商品は高値で売れる武器が多いんだが知識としては薬が専門だよ。それと剣術は受けしか習ってないから・・・・・」
そこまで言うとヴォルストは倒れる。
「おい、どうしたんだ」
「そういえばヴォルストさんあの怪物との戦いの傷を癒さずにずっと王女のために薬を作ったりしていたから・・・」
レイチェルのその言葉を聞いたフォルケルが駆け寄る。
「何、心配ない。おおかた治りかけている。多分過労が原因だろうな」
「君達も休むといい。王女の看病で道中ろくに休んでないのだろう。後のことは我々だけでも十分やっていける」
「ラーカス司祭、王女のことはみんなには・・・」
「わかっていますよ。まだ黙っておきます。レイチェルは隣の空いてる部屋を使うといい」
フォルケルが倒れたヴォルストを抱えて3人は部屋へ戻っていく。
ヴォルストが気がついたのはベッドの上だった。
「確か俺は王女の状態が良くなったのを確認して・・・そのまま寝てしまったのか」
周りを見回すとそこはフォルケルとギルバートと共に使っている部屋だったが2人は部屋にはいない。
「情けないな」
ヴォルストは独り言のようにいう
そのときドアを叩く音がする。
「フォル、ギル、ファーンさん達が話があるって」
ドアの向こうからレイチェルの声がする。ヴォルストがドアを開ける。
「あ、ヴォルストさん気がついたんですか」
「俺はどのくらい寝ていたんだ」
「丸二日ですよ。そうそう、その間にファナ王女が協力することを承諾しましたよ」
「そうか。これでアラディー解放は後一息だな。そういえばファーン老が呼んでいるのか?」
「ええ、フォルとギルはもういったんでしょうか。ヴォルストさんもどうぞ」
レイチェルに勧められてヴォルストもついていく。
「ヴォルスト、気づいたのか」
部屋にはいるとファナを中央において軍議を開いていた。
「どうもありがとう」
ヴォルストの姿を認めたファナが礼を言う。
「いいさ、どうってことはない。それよりこれからどう動くんだ。やるんなら援軍が来る前に、できるだけ早くに決着を付けた方がいいと思うが」
「ふふ、シャルロットと同じことをいっているのね。あなたの言う通り準備ができ次第国境の砦を落とします」
「へえ、シャルロットから護身術を習っているとは聞いてたけど戦略まで習っているとはね。こりゃ軍師は廃業かな」
「それであなたにはヴァ・アラディーでの市民の蜂起を促して欲しいのです」
「ここに来て置いてきぼりかい」
「しばらく休養するといい。サーベルが折れたんだろ」
ファーンが言う
「ここでも曲刀の一つや二つはあるさ」
「じゃ、ヴァ・アラディーでそいつのデモストレーションでもしてくれ」
これはフォルケルだ。
「へいへい、了解です」
「市民を蜂起させる部隊はお前が指揮をとるといい」
「念のために聞いておくが俺と市民は重装騎兵を相手にしなくていいんだな」
「ええ、それに重装騎兵対軽騎兵との戦い方はシャルロットから教わってます」
「それじゃあ打ち合わせに入ろうか」