6:王女ファナ
「フォルケル、どこだ」
「ここだよ」
フォルケル達は次の作戦に備えて最初に取り戻した砦で、休養を取っていた。
「全く、本ばかり読んでいてお前はよく飽き無いな」
「こういうところにはその土地に関しての抜け道や特殊な戦略についての本もある。読んでいて損は無いさ。それに本の虫は俺だけじゃあないぜ」
フォルケルが顔を向けた先にはヴォルストが本を広げて熱心に見ている。
「かあ、どいつもこいつも」
「私も何か読もうかしら」
「それだけは勘弁してくれ、俺が仲間外れになっちまう」
「いいじゃねえかお前も読めば」
本から目を離さずにフォルケルが言う。
「字は苦手なんだよ」
「それより何か用があったんじゃないのか」
ヴォルストがギルバートを本題に戻らせる。
「ああ、ファーン様達が呼んでる」
「そうか」
「じゃ、行かないとな」
そう言って彼らはさして広くもない図書室を後にする。
「何か用か」
相変わらず年長者への配慮の欠けているフォルケルの言葉だ。
「ヴォルストが前に行っていたことだが」
「ファナ王女のことか?」
「うむ、おまえ達で様子を見てきてもらいたい。そしてできれば我々に賛同するように説得してもらいたい」
ファーンは真剣に四人を見て言う。
「そんなにせっぱ詰まった状況じゃないはずです」
ギルバートが反論する。
「違うな。ここまで簡単に解放できたのは敵の後退があったからだ。敵はまだ戦力を残している。それに国境の砦が残っているから敵の増援がいつこないとも限らない」
ヴォルストが説明する。
「その通りだ。それに遊牧民の中には自分の縄張りを取り戻せたらそれでよしという考えの者もいるようだしな」
「・・・・・ヴォルスト、王女はどこにおられるんだ」
「俺がレナードから聞いた限りでは、南の森の中だと言うことだ。何でも王家に関係のある場所にいると聞いている」
「封印の森か・・・」
ギルバートがぽつりと呟く
「?」
「王家の魂を納めるための廟が祭ってある場所だ。なるほどそこは盲点だったな」
「では準備ができ次第行ってもらいたい」
「わかった」
四人は馬に乗って平原を駆けていった。
何日かしたとき突然大きな森が現れる。
「アラディーの平原にこんな森があるとは知らなかったなあ」
フォルケルが感嘆の声を上げる。
「で、森のどこにいるんだ」
「しらん」
ギルバートの問いにヴォルストはあっさりと答える。
「なにー、この森結構広いんだ、全部探していたら何日もかかるぞ。無責任」
「ふん、ならその廟とやらに行けばあえるかもしれないでしょう」
レイチェルが仲裁に入る、が。
「俺はしらねえんだよ。そこは王族にしか知らされてないんだ」
仲裁にならなかったようだ。
「はあ、お前こそ無責任じゃないか」
「俺、多分そこ知ってるぜ」
で、出てきたのはフォルケルの意外な一言。
「何、何でフォルがしってんだよ」
「こないだ読んでた本に大まかな地図が書いてあった」
「読書も役に立つことが証明されたね、ギル」
レイチェルはからかうような口調だ。
「ふん」
こうして一行は、馬を降り、連れていきながら徒歩でフォルケルの案内で森の中を進んでいく。
「ねえ、私誰かにつけられてるような気がするんだけど」
「確かに、でもどこにいるかが全くわからない」
「ここに封じてある王様の呪いとかじゃねえのか」
「茶化すな、まあこの調子だと後少しでつきそうだな」
「ん、そこに誰かいるな」
そう言うとヴォルストは左側に短剣を投げる。
すると確かにガサ、と言う物音が聞こえる
そのときにはすでにヴォルストは駆け出して、木の幹を蹴って音のした枝のところまで登っている。さらに物音の主を追って別の木に飛び移る
「あいつは忍者か」
「なにそれ」
「東の島国でああ言うアクロバットな動きをする一族のことをそう言うらしい」
「そんな変わった奴等がいるのか?」
二人は呑気に構えている。
「取りあえず追わないと」
と、そのとき彼らの背後で物音がする。
「わああ」
どさっ
ヴォルストの悲鳴とともに二つの影が落ちてくる。
「はあはあ、あんた達何者、さっさとこの森から出て行きなさい」
木から落ちたヴォルストの上に少女が短剣を抜いて立っている。
「お、王女」
ギルバートが声を張り上げる。
「あら、ギルバート、久しぶりね」
「よくぞご無事で」
「へええ、この人がファナ王女か」
「いてて、随分おてんばなお姫さまだなあ」
ヴォルストは腰をさすっている。
「よけいなお世話よ、ところでいったい何しにきたの」
「王女を迎えにきたのです」
「迎えにきたってどこに連れていくのよ、それに私が王女のアラディーって言う国は滅んだの、もう王女じゃないのよ」
「そのアラディーを取り戻すために多くの遊牧民が立ち上がりました。帝国から自分たちの縄張りを取り戻すために」
ギルバートが説得を始める。
「ダンガ帝国・・・ね」
「少しは事情をお知りのようですな」
「ええ、シャルロットから聞いている。そのへんの事情は知っている?それに私だってずっとここに閉じこもっているわけじゃない」
「王女がシャルロット将軍の保護を受けていたことはさっき王女が倒した男に聞きましたよ」
「そっ。じゃあ結論。私は戻るつもりはありません」
「なぜです」
「当然と言えば当然の結論だ。今戻っても兵士を集めるための道具にされるだけだし、それによって多くの兵士が死ぬことになる。これ以上つらい目には遭いたくない・・・か」
ヴォルストがまじめな口調で語る。
「あなた一体だれ」
「ヴォルストと言います。レナードかシャルロットから聞いていると思いますが」
「あなたが・・・思い出したくないことを言わないで頂戴」
「ふう、こいつはダメかな」
ギルバート、ヴォルスト、ファナの会話を聞きながらフォルケルはぽつりという
「それよりまだ誰かから見られている気がするんだけど・・・」
「そういえば・・・こないだ読んでた本に森に封じられた魔物って言うのが載ってたな。ひょっとして封印って言うのは魔物のことじゃないのか」
「どんなの」
「確か植物のようなやつで斬っても斬っても触手が地面からのびてくるんだと。きりがないから昔のお偉いさんが封印したって書いてあったけど」
「封印したなら大丈夫じゃない」
「そうだな」
ギルバートはまだ説得を続けている。ヴォルストは太い木の枝の上で横になっている。
結果的にギルバートはその日の説得をあきらめ、廟の横に建っているファナのすんでいる小屋に泊まることになった。
「ギルはどこ行ったの」
「外で油でも売ってるんじゃないですか。あなたの意志が強固なのを嘆いていましたから」
フォルケルが軽い口調で言う。
「あなた達は私を説得しにきたのじゃないの?」
「できれば連れてこいって言われただけ。できなかったらはいおしまい。それに飯の時までそんなの考えてられないから」
「はあ、フォル、もうちょっと言葉遣いに気をつけたら」
あまりのぞんざいな口調にレイチェルがたしなめる。
「いいのよ。もう王女じゃないんだし。あなたはどうなのヴォルストさん」
「私は王族の様子を見てきて欲しいってレナードに頼まれただけだけど、あなたがいれば解放がスムーズに進むって進言したのは私ですからねえ。まあ少しは責任を感じてますよ。つらいことを思い出させたあなたにも、そしてギルバートにもね」
「つらい思い出はあなたもでしょ」
「・・・・シャルロットの奴よけいなこと言いやがって・・・それでも私はあなたに出てきて欲しい」
「ごめんなさい」
しばらくの沈黙が続く
「・・・・のことか」
沈黙を破ったのはフォルケルだ。
「フォーブス王子のことですか」
「・・・・・」
「あの人の死は未だ確認されていないはずですが」
「でも戦場で行方不明になるって言ったら・・・」
「そのことなら多分生きてますよ」
ヴォルストの何気ない一言が3人を注目させる。
「シャルロットから聞いてませんでしたか。上層部には話が行っているはずなんですが。カシューラの戦いで追いつめられたフォーブス王子を誰かが転移の魔法で救出したらしいですよ。あのとき王子とシェイド将軍の一騎打ちを見守っていた奴から聞いた話ですがね。北帝国ではおそらく大司教サディルが救出したんだろうっていうことになってます。まあその後この大陸で見かけたという噂は聞きませんからそれが妥当な線でしょう」
「そ、それ本当なの」
「さあ、サディル大司教のところにスパイを送ってはいるらしいけどあの人物自体が神出鬼没だからなあ。今の所は何とも言えないけど、カシューラの戦いで死んでないのは九割がた間違いない」
「そう」
「では私は寝かせてもらおうかな」
そう言ってヴォルストは荷物から毛布を取り出し横になる。
「・・・・・・・・・・・・・」
ギルバートは廟の前で悩んでいた。
王女を説得する自信は自分にはなかった。
「くそっ」
知らず知らずのうちにペンダントに手を伸ばす。無き国王からもらった品だ。
南の異民族との戦いでイシュタルが助けてくれなかったら自分も死んでいただろう。こうしてここに来ることもできなかったはずだ。
突然ギルバートは後ろに誰かが現れた気配を感じる。
「誰だ」
一歩後ろに下がりながら振り返るとそこには異形の魔物が立っていた。
「邪魔を・・・・するな」
そう言うと魔物はギルバートに襲いかかる。
小屋の中では一つの水晶が輝いていた。
「これは?」
「警告を知らせる水晶です。シャルロットが渡してくれた物であなた達が来るのもこれでわかったのよ」
そう言うとファナは水晶をのぞき込む。
「うそ、何でこんな近くに」
「どうしたんです」
「廟のほうに魔物が、ギルバートが戦っている」
それを聞くとフォルケルは脱兎のごとく小屋を出ていく。寝ていると思われたヴォルストも傍らのサーベルと上着を掴んで出ていく。少し遅れてレイチェルとファナもそれぞれ弓矢を持って駆けていく。
ギルバートは苦戦していた。なんせ相手が大きすぎて間合いがつかめないのだ。何度か懐に飛び込もうとしたがその度に相手の腕についている大きな鍵爪が振り下ろされる。
「はああ」
ギルバートが再び相手に向かっていく。相手も大きな腕を振り上げる。
が、次の瞬間ギルバートは立ち止まり振り下ろされた右手の鍵爪を気の一撃で粉砕していた。
相手がひるんだのに乗じて左手の鍵爪も粉砕する。
「ギルっ」
ちょうどそのとき駆けつけたフォルケルが大剣で魔物に切りかかる。
それを見た魔物は右腕を振り上げてその一撃を受けとめる。
「こいつの腕はどうなってるんだ」
左腕の攻撃をかわしながらフォルケルがぼやく
「こいつはデーモンじゃないか」
それまで敵の出方をうかがっていたヴォルストが驚く。
その言葉に反応してフォルケルとギルバートが一瞬の隙を作る。
「話は後々」
そう言ってレイチェルとファナが2人に襲いかかろうとするデーモンを矢で牽制する。
「このお」
ギルバートが今度は左腕を吹き飛ばす。
それに呼応する形でフォルケルが魔力を載せた一撃で右腕を切り落とす
デーモンは苦しそうに悲鳴を上げると廟へ向かって突進していった。
廟に触れた瞬間デーモンの体は見えない力によって黒こげにされる。それでもその巨体の勢いは止まらず廟をぶち壊してしまう。
「あーあ。やっちゃたあ」
ヴォルストがつぶやく。
「そういえばバリアのようなものがあったな。あの廟何だったんです?」
「・・魔物を封じていたって聞いたことがあるけど・・・・」
「ひょっとして昼間話していた植物みたいな魔物じゃないの」
「でも今迂闊に動いたら森に迷う危険が大きいな。ここを逃げるにしても夜が明けてからか」
「王女も一緒に」
「そうだな、廟が壊れた以上いつその魔物とやらが復活するとも限らない。我々に協力する、しないに関わらずここは引き払った方がいい」
「じゃあ今日はもう休みましょう」
夜が明けると五人は早速荷物をまとめて小屋を出ていく
「取りあえず王女の住むところを決めないとな」
「そういえばダンガ帝国からの勅令であなたを捜す指示が出ていたから気をつけた方がいい。やっぱり人里離れた森か何かかな」
「でも見渡す限り平原の・・・・」
ガサ、ガサガサ
後ろの茂みで物音がする。
「ちょっと出ていくのが遅かったかなあ」
「ギル、お前は馬を安全なところまで連れていってくれ」
そう言うとフォルケルはクレイモアを構える。その横にサーベルを構えたヴォルストが並ぶ。
突然目の前の地面が盛り上がって大きな幹が出てくる。
「本当に魔物かよ」
「こりゃあバケモンだな」
そう言いながら幹からのびてきた触手を切り払っていく。
「本当に次から次へときりがないぜ。レイチェル、王女、もっと離れて下さい。このままじゃあ防ぎきれませんし弓矢や小剣が通用するような相手じゃない」
2人が後退したのを見計らってヴォルストとフォルケルも後ろに下がる。
幹から離れると少しは触手の数が減るようだ。
「あれじゃあきりがない、撤退するか?」
「だが森を抜けるまではこいつらの相手をしなけりゃならんだろうな」
そう言ってフォルケルはやってきた触手を斬る
「馬もおとなしくしているか問題だ」
「おう、ギル、馬の避難はすんだか」
「一応離れたところにつないできたがひどい暴れようだ」
「馬を連れて森から出るにはこいつを倒さなくちゃいけない。馬を見捨てたらアラディーの平原で生き抜くのは不可能だから倒すしかないか」
「でもこんなバケモンどうやって倒すんだ」
「幹を切り落とせば死なないまでもしばらくの時間は稼げるだろうからその間に逃げるのはどうだ」
「あれは一気にあそこまで成長したのよ。たとえ幹を切ってもすぐに再生すると思うわ」
「・・・・・地表部分を消滅させても地下にある根の部分をどうにかしないといけないな。」
「地面の下なんてどうやるんだよ」
「どうやろう?」
「何とかすることを考えないと」