3:白い商人
パルメア。
そこはエラードとカシューラを結ぶ街道からそれた首都に次ぐエラード王国第二の都市だった。
その理由は大きな港があることと北にある囚人の塔の監視を兼ねた大規模な駐留軍が配備されていたからだった。
元々国境が近いカシューラ側との陸の交易も盛んだったのだが、両国の国境を挟んだ交易都市ネルスが完成すると、エラード・カシューラ間の陸の交易の中心はそちらに移ってしまった。それでも他国との貿易商品を運んで、ネルス・パルメア間を往復する商人も多く大都市として発展していた。
だが北バーミアン帝国の侵攻とダンガ帝国の支配によって、以前のような活気は失われていた。それでも貿易を制限しているわけではなかったので港には活気があった。ただ陸路の治安が悪く大がかりな隊商を率いなければならないので、以前のように街全体が活気づいているわけではなかった。
そんな街のある宿屋の一階の料亭で6人の人物が食事をしながら話し込んでいた。
囚人の塔から脱出したフォルケル達とそれを助けたレジスタンス部隊を率いていた3人である。
彼らは隊商に化けてこの街に入ったのだ。
「なるほど黒装束の男がおまえ達も助けたという事か・・」
その中の一番年輩の人物、元エラード王国近衛隊隊長のファーンが言う。
エラードパレス攻防戦では、四天王の一人シャルロット将軍に破れている。
「心当たりがあるんですか?それに「も」って」
ギルバートが訪ねる。彼は同じ拳闘士であり自分より数段も腕の高いこの老人を尊敬していた。
「下層部で戦っていた我らにおまえ達の敗北を教え、逃げるように言ってくれたのだ。黒装束の男の正体は・・・・」
そう言って人の良さそうな中年の男性に振る。
「推測ですが北帝国の四天王シェイド将軍ではないかな。その可能性にはあなたも気づいているはずです」
ラーカスと言われた人物が答える。彼はファーンと同じくエラード王国で司祭として王宮に仕えていたが、エラード王家の居城エラードパレス攻防戦で北バーミアン帝国のシェイド将軍に破れていた。
「何であいつがおれ達を助けるんです?あいつは離反したって噂ですが、北部の出身であることには代わり無いでしょう」
ギルバートが信じられないように言う。彼もまたかつてシェイド将軍と戦い破れたことがあった。
「本人に聞いて見るんだな」
弓の手入れをしていた青年が言う。彼はロックスリーといい、カシューラで義賊団を率いていたのだが、二年前の戦争に手勢を率いて参戦。連合軍の後方を固めていたが、シャルロット将軍の部隊に奇襲を受けて敗北していた。
「しかし黒い剣士などと言う人物は聞いたこともない。お前は何か聞いたことはないのかフォルケル」
ファーンが黙々と食事を続けるフォルケルに訪ねる。
「さあね、それよりこれからどうすんのさ?かなり派手にやったからな。しばらくは南帝国の奴等警戒を緩めないぜ。それとこいつの入隊を認めるのかい?」
そう言うとまた食事を始める。
「おおかたのところはこの2人から聞きました。ですがレイチェルさん、南帝国で権力を持っている人物の娘であるあなたが何故レジスタンスにはいるというのです。その理由を教えてくれませんか」
フォルケルの言葉を受けてラーカスが穏やかに訪ねる。
「親と帝国そのものへの反発、じゃ理由になりませんか」
「ならないな。それはあったかもしれないがもっと決定的な事柄があるはずだ」
ロックスリーが冷淡に答える。
「別にそれがなんだっていいんじゃないか?少なくともさっき俺達に協力してくれた。それに俺達には帝国に知られてまずいようなことも作戦もない。そんなことができたときはこいつを軍議に参加させなければいい」
フォルケルが食事を止めて言う。
「お前の言うことはもっともだがな帝国軍がこいつに見張りを置いていることも考えられる」
ロックスリーが反論する。
「なら俺達が彼女と一緒に行動する。そうすれば俺達に敵の視線は向くわけだ。もともと彼女を連れてきたのは俺達だしその責任は俺達が取る。な、ギル」
「何にを勝手なことを・・でも確かに彼女、腕はいいしね。それでどうですか」
フォルケルの言葉にギルバートも賛成の意見を出す。
「それでいいのだな」
フォルケルとギルバートはうなずく。ロックスリーも渋々認めたようだ。
「では次は当面の行動だな・・・」
その後の会議は遅々として進まなかった。
今回の失敗で確かにレジスタンスの行動は広まっただろう。
だが結果として敵の防備も強化されることになってしまい、簡単には身動きがとれなくなってしまったのだ。
そして動けない間に人々はレジスタンスの存在を忘れてしまうだろう。
誰もがそれは分かっているのだが次に起こす行動が考えられなかった。大きい作戦は体制を整えるだろう帝国軍を相手にしては失敗するのは明らかだった。だからといってただがむしゃらに戦うのでは単なる野盗の集団である。
結果的に情報を集めに言っている他の者達の報告を聞いた後で対策を考えることになり、会議は終了した。
その後ギルバート、フォルケル、レイチェルは夕飯まで港を見学にいくことにした。それに港は絶えず国内外を問わずに情報が集まるので情報収集も兼ねてのことだった。
これを申し出たフォルケルにファーンはまだまだ子供だな、と笑って許可したのだった。
3人が出ていき、ロックスリーもまた街の様子を探ってくると言って出ていった。
「随分立派になられましたな。あのお方は」
「うむ。あのとき陛下がお諌めしていなかったら今頃わしらもこうしていなかったかもしれん。あのお方は胸の内にお二人に負けぬ思いを持っておられたのだな」
「身分を明かせばおそらくレジスタンスは勢いずく。だがそれをしても多くの民を死に追いやるだけだ。だからレジスタンスの体制を整えるまでは王子としてではなく、一人の傭兵として前線で戦うことを選ばれた」
「王子も陛下の血を継いでおられる。たとえ名乗っても前線で戦われるだろう。城ではただ遊んでいるばかりだと思っていたが・・・・」
「実際は2人に負けないよう努力しておられた。剣でも魔法でもない自分だけの道を探しておられたのですね。それを知っていたからあえてあのとき陛下は逃げるように言われた」
「あのお方が身分を明かすときに北帝国がどう出るか気がかりだな。あのことが重荷にならなければよいのだが」
「そうならないように我々が努力する。さあ我らもいきましょう。若い者達にばかりまかせてられませんよ」
そう言ってラーカスはテーブルに食事の代金をおき、ファーンと共に街へと出ていった。2人とも一人の若者の行く末を案じながら。
パルメアの港は戦時中の不安定な状勢の中でも人と船であふれていた。皇帝ゼフィールは港町の貿易がどれだけの富を生むか知っていたので、貿易制限や港の封鎖などのことはほとんどしていなかった。戦時中の増税だけでも商人達をいらだたせるには十分だったが。
「わー、ねえねえフォルケルあれ何?」
「おいフォルこれはどこの大陸から来ているんだ?」
そんな中に3人の男女が現れる。フォルケル達である。
3人の内ギルバートは遊牧の民出身であり、レイチェルは北部の山岳の出身だったので、海を見たことがないと言うほどではなかったが、船による貿易の結果もたらされる品々や海の向こうにある大陸のことについてはほとんど知らなかった。
ただフォルケルだけは若いながらも傭兵として戦場を駆けめぐってきたせいか2人のようにはしゃぐことはなかったのだが、2人の質問責めのせいで目的の情報収集はさっぱりだった。
そんな中一つの大型船が彼らの目を引いた。他のどの船よりもひときわ大きくて目立っていたのだ。その船はちょうど荷を降ろしているところだった。
「でっかい船だなあ、フォルあれどこの国のか分かるか?」
「さあ、国旗は付けていないし、あんな船の型は見たことがない。ん、どうしたレイチェル」
「あれ見たことがある。両帝国が分裂する前にファルクの港に泊まっていたわ」
「と、いうことは北帝国の船か」
「正確には北帝国で造られた船、だ。それも可能性の一だが。あれの持ち主が北帝国の者だと決まったわけじゃないだろ。それにひょっとしたら他の国で作られたのが偶然ファルクに泊まっていたのかもしれない」
「そう言えばカシューラの戦いの敗因は帝国海軍の奇襲だろ。確かにこれならかなりの兵を運べるよな」
ギルバートは感心しながらレイチェルと共に港見物を再開する。
「あ、ヴォルストさん」
突然レイチェルが声を出す。彼女の見つめる先には白い衣装に身を包み、ターバンをかぶった、人物が露店で商談をしている。しばらく様子を見ていると相手の商人ががっくりとうなだれるの分かった、白い人物はしてやったりという表情を浮かべている。
「知り合いか?」
フォルケルがその様子を見ながら聞く。
ちょうどそのとき商談を終えた白い人物がこちらの視線に気づいたようで、こちらに向かって歩いてくる。
「レイチェルかい?大きくなったね」
商人はそう言いながらやってくる。遠目では分からなかったが、彼の肩まで伸びた髪もまた真っ白で顔を見なかったら老人と見間違うほどだ。だが彼の顔はまだ二十歳そこいらの雰囲気である。
「お久しぶりです。ギル、フォル紹介するわ。ヴォルスト=ファル=ラシュター卿。ダンガ帝国での正式な爵位は持ってないけどこの大陸の二つの帝国の上層部で知らない人物はいないくらいの人よ」
「卿はないだろう卿は。呼び捨てでいいといったはずだ。それができないならせめてさん付けにしろ。俺は人に尊敬されるようなことは何一つやってなんだから」
「はい。ヴォルストさん、こっちは・・・」
「いわなくてもいいさ。見当はついている。レジスタンスの方々だろう。元アラディー国親衛隊のギルバート、そして傭兵出身で家族の仇を討つために戦っているフォルケル。俺の名前はヴォルスト。一応これでも18だ。以後よろしく」
「お前何でそんなに知っている」
ギルバートが警戒心をあらわにして尋ねる。
「これでも商人の端くれだからな、情報収集はお手の物なんだ。」
「あの、私のことは・・・」
「別に俺は君に会うのが目的でここに来た訳じゃない。それに君の父さんからも何の命令も受けていない。ま、安全を確認しようとしたのは認めるさ。だけど俺の本命はレジスタンスとの接触だよ」
「俺達と接触だと・・・・・」
「詳しい話は後々。どうせ昼間でなかった結論を夕飯食いながら考えるんだろ。そのときに話すよ。今は荷のことで色々仕事があるんだ」
そう言うと彼は風のように去っていった。フォルケル達は彼の情報の多さと正確さに驚いていた。
「何で俺達の会議のことまでばれているんだ?レイチェル、あいつそんなにすごい奴なのか」
フォルケルは感心してレイチェルに尋ねる。
「さあ、私も父と一緒にいるのを何度か見たことがあるだけだからあんまり知らないのよ」
「でも帝国の上層部の人間と取引するというのはやはりただ者ではないだろう」
ギルバートが分かり切ったことをいう。
「この分だと会議の場所を変更したところで、すぐに見つかるな。一応報告だけはしておくか」
そう言って3人は港を後にする。
「で、おまえの用というのは何かな?」
「おおかた私たちを援助しようというんでしょう?白い死神どの」
「なんだそれ」
「俺の蔑称だ。白は俺の髪の色、死神は敵味方に武器をさばく商人に対する死の商人からきているのさ。そしてラーカス殿、あなたの予想どおり俺はあなた達に援助をするつもりだ」
「俺達に武器を提供するというのか?あまり感心しないな。俺達に援助しながらも帝国にも武器を供給する。俺個人としては大義の無い者の援助を受けたくはない」
「少し勘違いしているようだな。俺は別にダンガ帝国に対しては援助をするつもりはない。商売として物資の売買はするがな。おまえ達に俺がついていってやるといってるんだ。どうやらお前らのところにはまともな軍師がいないようだからな」
「なにが望みだ」
「商人から秘密を取ったら儲けになりませんよ。ですがあなた達を背中から打つようなことではありません、ファーン老」
「ダンガ帝国といっていたが、北バーミアン帝国に対してはどうするのかな?」
「痛いところをついてこられる。俺とレナードはちょっとした知り合いなんでね。だがダンガ帝国に対してはあんた達に協力するのは誓ってもいい。ダンガにどうしても助けたい人がいるからね。そのことについてはダンガ帝国をおさえてから考えられたらどうです?」
「いいだろう。では最後に聞こう。お前は軍師として我々に協力すると言ったがこの苦境をどうやって打開するつもりだ?」
「簡単ですよ。アラディー国を解放します。現在アラディーは置かれている兵が最も少ない場所です。それはアラディーの民が遊牧民で一定の税収を期待できないのと、戦略的に見た場合どうしても軽視されてしまうからです。具体的にはアラディー内の遊牧民に呼びかけてゲリラ戦を展開しながら歩兵の我々が敵の拠点を潰していけばいいのです」
「なるほど。だが遊牧民がいい返事をするかな?」
「遊牧民は縄張り意識が強いからかなりの部族が協力してくれると思いますよ。それに私はとっておきを用意してますから」
「何だそりゃあ?」
「商人はそう簡単に手の内を見せないのですよ。儲けになりませんからね」
「いいだろうその方針でやってみよう。明後日に出発する。お前はフォルケル達のチームに入ってくれ。どうせおまえ達はその娘を監視するのだから一人くらい増えてもいいだろう」
「商人さん足手まといにだけはならないでくれよ」
「大丈夫ですよ、逃げ足には自身がありますから。そうそう、アラディーまでのみなさんの準備はできるだけさせてもらいますよ」
「お前の船はどうするんだ?ずっと港に置くわけにもいかないだろう」
「副長に任せますよ。優秀な男だからほっといても金を稼いでくれます。では俺はこれで。何かあれば港のほうにきて下さい」
そう言ってヴォルストは出ていった。
「信用できるのでしょうか」
「少なくとも彼の立てた作戦は大胆ですし、我々の活動は大陸中に広まるでしょう。それでいいのではありませんか」
ギルバートの問いにラーカスが答える。
「そういえば、ダンガに助けたい人がいるって言っていたけど誰かわかるかレイチェル?」
「多分シスター・リーマのことじゃないかしら」
「どんな人物かね」
「ダンガで孤児院をやっていらっしゃるんです。ヴォルストさんはそこに援助しているんです。彼もそこの出身らしいです」
「ふむ、なるほど。では今日はここまでにしようか」
そう言ってファーンが立つとみんな一斉に立ち上がって部屋に入っていった。
人々の喧噪の合間に波の音が聞こえる。港は真夜中になっても明かりが付けられ様々な人々が行き交っている。
そんな中、一人の少年はただ海だけを見つめていた。
「ヴォルストさん」
「・・・レイチェル・・ですね?」
「ええ。あなたがここにいる本当に理由はなんですか?あの人に頼まれたからですか」
「いいや。一応いくつか頼まれていることがあるが、理由はさっき言ったとおりだ。後、あるとすれば君と同じ理由さ。俺にとって旧南部諸国は恨みの対象でしかない。レジスタンスが以前と同じ体制を戦後に作り上げるのなら、そのときはレジスタンスを潰す。決して以前の体制が平和だったとは思わないことだ。そこの影隠れている2人」
「ばれてたか」
「結構鋭いな」
そう言いながらフォルケルとギルバートが出てくる。そのときすでにヴォルストは自分の船へと向かっていた。
「私たちを見張っていたのね」
「まあな、だがあいつ旧南部諸国にかなり反発しているな」
「過去に色々あったそうだから」
「だが大陸解放後は俺達の仕事ではない」
「でも誤った道を進まないように監視することは必要よ」
「お前もあいつに賛成するのか」
「私たち北部の人間はあなた方南部の人間から迫害を受けてきたことを忘れてはいけないわ」
「だが北部の人間の起こした戦争で多くの人が死んだ」
「もうやめようぜ。要はどっちも悪いのさ。北の民を迫害し続けてきた南の民も、それの仕返しをして今、南の民を苦しめている北の民もな」
言い争いになりそうなギルバートとレイチェルをフォルケルが仲裁する。
「どうせアラディーにつくまでは時間があるんだ。あの白い奴も加えて議論する時間ならたっぷりあるはずだ。今日はもう寝よう」
そう言ってさっさと街のほうへ向かっていく。しかたなくギルバートとレイチェルもそれに従った。
二日後少しずつ時間を置いて七つの馬車が荷を積んでパルメアの街を出発した。フォルケル達レジスタンスである。彼らは4〜5人のグループに分かれて、別々のルートで目的地にゆく。取りあえずは目的地に着く日取りだけしか決めてない。