2:囚人の塔

ギルバートは地面が揺れる衝撃で目が覚めた。
「よ、お目覚めかい」
フォルケルののんきな声が聞こえる。
「生きて、いるのか」
「何とも形式化した台詞だねえ。しゃべれるんだから生きてるに決まっているだろう?」
そのフォルケルの茶化しは無視して辺りを見回す。
彼らは今粗末な馬車に乗せられていた。
すぐに脱走できそうだったが、手と足に枷がはめられているので逃げてもすぐに捕まるだろう。
御者の部分には二人、そして彼らと同じ所に一人、兵士が座っている。
あまり話しをしない方がよさそうだと考えて、必要なことだけをフォルに聞くことにする。
「俺達はどこに向かっているんだ?」
「囚人の塔だ」
そう答えたのはフォルケルではなく、同乗している兵士だった。
「今のうちに休んでおいた方がいいぜ。どうせ着いたら重労働だろうからな。そうだろう兵隊さん?」
「それは私の知ったことではない」
「へいへい、そうですか」
兵士に邪険にされたフォルケルは不機嫌そうにしながらそのまま目を閉じる。
ギルバートはフォルケルがわざと会話を途切れさしたことに気付いた。それ以上話をせずに彼も目を閉じた。
もっとも二人とも揺れる馬車の中で寝れるはずがなかったが。

囚人塔。
そこは聖地エラードの北の半島に位置し、かつてはエラードで罪を侵したものが流される流刑場で、受刑者達はそこで罪を償うために、辺りの荒れ地の開墾や、王家の船の生産、修理等をさせられていた。
エラードが滅んだ後北バーミアン帝国はこの施設の囚人を恩赦によって解放したが、ダンガ帝国は再びこの施設の使用を再会。海軍を持たないダンガ帝国の弱点を克服すべく急ピッチで船が生産されているが、もと海軍出身の人間の所在を突き止めるのが難しく、また、近場に海賊が出没することで、せっかくできた船も、
海賊に盗まれたり壊されたりするというありさまで、作業は全然はかどらなかった。

「あんまり雰囲気のいいところじゃあねえなあ」
何日かのおんぼろ馬車の旅のあと彼らはその囚人塔の前にいた。
「すがすがしいところに罪人を送るわけないだろう」
不平を言うフォルケルに釘を差しながら、ギルバートは辺りを見回す。塔の周りを囲んでいる塀は、かなり高く丈夫でそう簡単には逃げられそうに無い。
「さっさといけ」
後ろの兵につつかれて彼らは塔の入り口に向かう。
彼らの部屋は想像した通りひどいもので、粗末なベッドと毛布が二組、それにトイレがすみに付いているだけだった。
「さてと、ギル。俺に聞きたいことがあったら聞いてくれ。それからこの後のことを話し合おう」
彼らは部屋に通された後、早速話合を始めた。
「まず何で俺達はこうも簡単に流刑が確定したんだ?普通総督の命を狙ったんだからそれ相応の処罰があるもんだろう。」
「お前さんが気を失った直後にいろいろあってな」
そう言ってフォルケルはギルバートに黒装束の男のことを話した。
「フォルお前は一体いつ目を覚ましたんだ?」
話を聞いたギルバートはその細かい説明を聞いて驚いていた。
「お前さんが倒れた直後くらいかな?お前とは体の鍛え方が違うからな。その後、動こうにもダメージが大きかったし、どうせかないっこねえから様子を見ることにしたのさ」
フォルケルは飄々と答える。
「しかしその男が邪魔をしたからって俺達のことを気にも掛けないもんかね。一応俺達は反抗組織なんだぜ」
「魔法だよ」
ギルバートの言葉にフォルケルがさっと答える。
「魔法でデュルクの心を少しばかりいじくりやがったのさ。あいつはもう俺達のことも覚えてやしないだろう。」
「じゃ、その黒装束の男ってのはあの時点では俺達の味方ってわけだ。それじゃ、護送者に俺達以外がいなかったのもそいつのせいか。他のレジスタンスのみんなはどうなった。」
「いちおう逃げだせたみたいだ。・・・その後は知らんよ」
「あんな黒剣士がいるなんてな。あいつなんて名前か知ってるか?」
「・・・・知らないね」
フォルケルの説明が終わると不意に沈黙が訪れた。
「なあ、俺達まだまだ未熟だよな」
声をかけたのはギルバートの方だった。
「そうだな・・・・」
珍しくフォルケルは沈んでいるようだった。
「ここを抜け出すのに成功したらどうする?」
ギルバートはまともな会話をしようとしないフォルケルに執拗に話し掛ける。
「暇を見つけて北帝国にでも渡る」
意外な答えにギルバートは次の言葉が見つからなかった。
「北の剣術に興味がわいたんでな。もしレジスタンス活動にきりが付いて自分の腕に自信が着いたらそうするつもりだ。やつの剣術以上の使い手にあえるかもしれねえだろ。それより両手のけがは大丈夫なのか」
「どうってことないさ。北帝国に行く時は、ついでにレナードに喧嘩でも吹っ掛けるか」
いつも通りのしゃべり方に少し安心しながらギルバートは答えた。
この時点でフォルケルはギルバートが自分を心配してくれたことに感謝し、また自分の言った意味と彼の解釈が微妙にずれているのにも気付いていた。
しかしそんなことは表に出さずに、二人は他愛も無いおしゃべりを続けていった。

真夜中・・・
「さてっと、ギル。起きてっか」
今までじっとしていたフォルケルが起き上がる。
「こっから脱出するんだろ」
そう言いながらギルバートは隠しポケットの針金を取り出す。
「なんとも古典的なやり方で」
横からいちいちフォルケルが突っ込む。
カチャカチャ・・・・・・
「お前本当にやったことあんのか」
意外にてこずるギルバートに業を煮やしながらフォルケルが尋ねる。
「何度か訓練しているがこれが本職じゃないんでね・・・・・ちょっと休憩」
「そういや脱出しようにも俺達丸腰だよな。食い物はどっかで拾うとして、追っ手が来た時はどうする?」
「どーにかなるんじゃないの」
再び作業を始めたギルバートはいいかげんな返事をする。
「フォル、お前ここの構造は知っているのか?」
「まさか。でも来た道くらいは覚えているぜ。そこをおとなしく通してくれたらの話しだけどな。」
「いざとなったら強行突破さ・・・ん。げっ」
いつのまにかギルバートの前に鉄格子をはさんで人影がたっていた。
「ははは。あんた等レジスタンス何だろ。そんなことしなくても出してあげるよ。もっともこちら側にも条件があるけど。」
ギルバートもフォルケルも驚いた。その声は女性のものだった。
「ほう。帝国兵のしかも囚人の塔の兵隊さんに女がいたとは驚きだねえ。それもまだ少女じゃないか。お前さんは志願兵かなんかかい?」
後ろにいたフォルケルが相手の言葉を無視してしゃべりはじめる。
「私は帝国兵じゃないわよ。それに今のダンガ帝国軍に志願する奴なんているのかしら。それよりどうするの。ここから出たいんでしょう。」
そう言って彼女は鍵束をじゃらじゃらさせている。
「それはそっちの条件次第だ」
ギルバートはそっけなく答える。
「私もレジスタンスに入りたいのよ」
「はっはっは。こいつはいいや。その程度で俺達を出してくれるってんなら大歓迎だ。こいつのあてにならない鍵開けよりよっぽどましだ。」
フォルケルはいとも簡単に承諾する。
「おい、勝手に決めるな。こいつがスパイだったらどうするんだ?」
が、ギルバートは反発する。
「どうせ俺達の組織に秘密にしなきゃならないことなんて何も無い。
ついでに今回のいざこざで帝国の警戒も厳重になるから、しばらくは行動できない。かといって少数で行動する俺達が帝国のレジスタンス狩りに合うことはまず無い。んっじゃこの娘が敵でも俺達はいっこうにかまわないわけだ」
フォルケルに言いくるめられてギルバートは言葉に詰まる。
「話しはまとまったみたいね」
そう言いながら彼女は鍵をあけはじめる。
「だが足を引っ張らないでくれよ。ただでさえ俺達は丸腰なんだ。ガキのお守りしてる余裕はないんでな」
「なにい。私はもう十五だ。自分の面倒くらい自分で見る。せっかくあんたらが取り上げられたもん持って来てやったのに。返してやらないぞ」
さっきまで自分に好意的な意見を出していたフォルケルに辛辣な言葉を掛けられ、
少女は怒ったように言う。
「どっから拾って来たんだよ。それに俺は17、ギルは18だ。15は十分子供だよ。おっと俺はフォルケル、こいつはギルバートってんだ」
簡単な自己紹介をしながらフォルケルは、少女の持って来た武器を調べている。ギルバートも片方だけになった小手をはめている。
「私の名前は・・・レイチェルよ。よろしく」
そう言いながら少女は腰の小剣を確かめる。
「護身術くらいは身に付けてそうだな」
「それで十分さ」
ギルバートの推測にフォルケルが返す。
「じゃ私が道案内するわ。付いてきて」
そう言ってレイチェルは先頭に立つ。
それにフォルケル、ギルバートも続いてゆく。

「なんでこうなるんだ」
フォルケルの大声が真夜中の囚人の塔にこだまする。
「しらないわよ。なんでこんなに今日は警戒が厳重なの?」
「お前まさか俺達を罠にはめたんじゃあないだろうな」
ギルバートはレイチェルを信じきれていないようだ。殴り飛ばした兵士から奪った短剣を敵に投げながら聞いてくる。
「だったらこんな所であんたらと一緒に戦ってないわよ」
レイチェルは負けじと腰につるしてあった短い携帯用の弓で敵を倒してゆく。しっかりした物でないにしても援護には十分だったし急所に当たれば致命傷を与えることもできた。
「ひゅー、かなりの腕だね」
フォルケルは舌を巻きながら出てくる敵と相対する。
「しかし数が多すぎるぜ」
ギルバートがそう愚痴った時、不意に左側から矢が飛んで来た。とっさに避けようとするが小手をはめていない腕に当たってしまう。
「そこね」
レイチェルは矢の飛んで来た方向に今までとは比べ物にならないほどの速さで魔力上乗せした矢を発射する。その直後にフォルケルが脱兎の如く飛び出して、レイチェルとギルバートを、半分引きずるようにして物陰に連れてゆく。
直後今まで彼らのいた場所に無数の矢がつき刺さる。
「ちっ。まったく対したお嬢さんだ。矢が飛んでくるのを見たらすぐに逃げるのが常識だ。ギル、大丈夫か?」
「まだいけるさ。察するにお前がつけられていたんだな。どうせお前は帝国のおえらいさんの箱入り娘だろうね」
「どうしてそれを」
「お前さんの戦い方は王侯貴族のやる一騎打ちと同じさ。たしかに腕はなかなかのもんだけど、どっかで兵隊しているにしては戦場での常識が足りねえんだよ」
レイチェルの疑問にフォルケルが答える。
「その通りですよ。そこのお嬢さんが私には誰かは知らされてはいませんが、
私の出世がかかっているのです。おとなしく返すのならば見逃してあげてもよいですよ」
「ここを任されているのは確か」
「ああ、もとエラード王国に使えていながら帝国に忠誠を誓っている豚が任されているのさ」
三人は声のした方をむきながらその場を離れる。そこには何人かの人影があり、その影は段々はっきりしていく。松明を持った兵士が近くに来ているのだ。
「このままじゃ敵にまわりこまれるな」
走りながら、ギルバートがいつのまにか服の外に出ていたペンダントをもとに戻す。
「何だそれ」
「国王陛下からいただいた最後の餞別だ。お前にもお守りとしてこういうのの一つくらいあるだろう?」
「まあな。もっとも今は身に付けてないが」
門までの距離は思ったよりも遠く、なかなか外に出れない。
「くっ、まわりこまれたか。しかも十人以上の数をそろえているな」
フォルケルにも軽口をたたいている余裕がなくなって来ていた。レイチェルの矢ももう尽き、彼女は小剣を手にしている。
「お前さん魔法とかは?」
フォルケルはレイチェルに聞く。
「残念ながら。敵を脅すくらいの手品ならできるけどあいつらを倒すのは無理ね」
「それでもなんとかなるか・・・」
フォルケルがそういった時突然目の前の敵に、強烈な電撃が浴びせられる。
「ギル」
驚いたフォルケルが相棒の方を見ると彼もまた驚いていた。
「これだけの雷を出せる奴はそうざらにはいないわね」
レイチェルも少なからず驚いているようだ。それもそのはずで一瞬で十人以上いた兵士をほとんど黒こげにしてしまったのだ。
「イシュタル・・・・か」
ギルはかつて二年前北バーミアン帝国との戦いで見た、天使を思い出していた。
ただその時は、北帝国の遊撃隊を相手にしていたのだが、その中に四天王が二人も含まれていたことと、もともと劣勢だったため、彼女の降臨も戦局を変えられるほどではなく、むしろ命さえ危うくなっていたのだ。
その時ギルバートは彼女をかばい大けがをしていたが、その時の行動のおかげで四天王のシェイドにも深手を負わせているはずだった。

実際天使の死が歴史上確認されたことはないがそれはただ降臨の回数が少ないからだった。この世界では人の信仰する魔力が具現化した状態である神や天使を殺すことはできない。
たとえ倒しても再び人々の力が彼らを再生するからだ。
もっとも力を具現化させるほどの擬似生命が出来上がるには、相当多くの人々の力を必要とするし、彼らが降臨することは滅多に無いので、その詳細は知られていない。

「久しぶりね拳士ギルバート」
そのいでたちは軽装にスピア、そして背中にある翼が何よりも特徴的だった。
「ここは私が引き受けるわ」
そう言うと後ろで束ねた金髪を揺らしながらギル達がやって来た道へと進む。
「ち、ちょっと待て。あの数と一人で渡り合うつもりか」
ギルバートが慌てて引き止める。
「今回私が降臨したのはそのため。神の信者を守り卑劣なる背徳者に裁きを下すため」
天使イシュタルは淡々と答える。
「じゃあなぜ俺達を助ける?他にも熱心な信者はいるし、もっと卑劣な奴の行為に苦しんでいる民もいる。お前達はそれを知らないわけじゃないだろう」
フォルケルが意外なほど深く追求する。横でギルバートが非難の視線を送っていたが気にとめた様子も無い。
「私に命令を下すのは大いなる神だけだ。あの御方は自らを強く敬う王家とそれに縁のあるものを御守りになる。お前達もそうなのだろう?それにギルバート。お前は私を過少評価しすぎだ。あの程度蹴散らすのはわけはない。それにお前達の武器はもう限界だろう。今はひけ」
そう言うと彼女は空中に舞い上がり、近づいていた敵を蹴散らしにかかる。その会話の時、彼女はかすかに笑っていたようだった。
「ちっ。どうも気に入らねえな。俺はあんまし信仰深くねえし、レイチェルは北の異教徒だろう。ギル、あの天使お前にホの字でもあるんじゃねえか」
「な、何言ってんだ。」
ギルバートは真っ赤になっている。
「ま、確認せずともこいつは惚れているみたいね。あの天使に」
「まったく素直な奴だ。面白いよ、お前は。それとレイチェルこいつの名前はギルバート、俺はフォルケルだしっかり覚えとけよ。よっしぁ。お言葉に甘えて逃げますか」
「はいはい」
フォルケルの意見を適当に聞きながら、レイチェルはギルバートが口をもごもごさせているのを見て笑っていた。
背後の方では帝国兵の悲鳴と共に時々雷撃の光が輝いていた。

出入口の門が近くなった時、不意に門の警備隊と鉢合わせになる。
「あと少しなのにな・・・」
ギルバートが構えながら言う。
相手の数は十人は越えている。唯一幸運だったのは相手がまともな装備をしていなかったことだ。特に弓矢を持っている兵士がいないのが幸運だった。
帝国兵は一斉に襲ってくる。
「レイチェルはやれるだけ魔法をやって見てくれ」
そう言ってフォルケルは剣を構える。
最初の兵がフォルケルに襲いかかろうとした時、ヒューッと音がして後列にいた敵の喉を、矢が射貫いていた。
それに続いて後列に何人かが乱入してくる。
「ファーン様」
ギルバートが彼らに加勢している一人を見て歓声をあげる。
と、横にまわりこもうとした兵士が火炎に包まれる。怯んだ敵をギルバートが殴り飛ばす。
さっきまでの緊張がうそのように戦闘はあっさりと終わった。
「来るなら来るでもうちょっと速く来てくれればよかったのに」
フォルケルは助けてもらった人達に対して文句を言う。
「ふん。お前等こそ少しは落ち着いて待っておったらどうなんじゃ」
先程ファーンと呼ばれたろう拳闘士は口を尖らす。
後から来るのを数えるとその数は二十人ほどだった。
「ん、彼女は?」
フォルケル達が連れて来た少女を見て一人の人のよさそうな壮年の人物が尋ねる。男は先程炎を敵に投げ付けた人物だった。
「ああ、牢から出るのを手伝ってくれたんですよ。レイチェルって言ってレジスタンスに入りたいだそうですよ」
ギルバートが答える。
「おいおい、浮かれるのは追っ手をまいてからにするぞ」
弓矢を持った青年が言う。
その言葉に全員が頷き、すぐさまその場を後にする。

しばらくしてその場に一つの人影が現れる。
それは天使イシュタルだった。
彼女は塔の下層部にいる兵士のほとんどを倒し、ギルバートらの脱出を確認しにきたのだ。
「そこにいる人、出てきたらどう?」
イシュタルはレジスタンスが逃げた方向を見ながら何気ない口調で言う。
すると門の影から門の松明に照らされて黒装束の人物が現れる。顔も目元と口の回りしか開いておらず、表情を確認するのは不可能だ。
「何故、今おまえがここにきているのだ?」
イシュタルは相変わらず表情を変えずに話しかける。
男は答えない。
「黙して語らずか。まあそれもいいだろう。だが貴様がわれわれのじゃまをするとあれば、我ら三天使はおまえを滅ぼす」
それを聞くと黒装束の男は再び闇に消える。
「残るは後一つ」
そうつぶやくとイシュタルの姿が消えていった。それに呼応するように門の松明も消える。
後には夜の闇と静けさだけが残った。

 

前へ  戻る  次へ