第1章
1:始まり
ベム砦は北と南のバーミアン島を結ぶカシューラ大橋の両端にかつて南部の諸国が北バーミアン帝国に対しての前線基地として建てられたものであった。
今は、ダンガ帝国に接収され、大陸南部の支配の象徴として立っており、その立地条件から難攻不落の砦とされていた。
また一階は、拭きぬけになっており行商や旅人が通過できるようになっていた。が、皇帝ゼフィールは増税によって広大な領地を守る軍をを養ってきたため、橋を利用する人はかつての比ではなくなっており、かつて栄えた南部各国の首都も、今ではすさんでいた。
そんな中、各地で起こった反帝国運動の組織の一つが、このベム砦を制圧する作戦を実行に移した。
「こんな作戦、ほんとにうまくいくのかねえ」
ボートの櫂を漕いでいる二人組の少年の一人がぼやいている。
「成功させるんだよ、俺達の手でな」
「でも俺達のとっている作戦はかつて北帝国の連中がこの砦を攻める時に使ったんだろ?ダンガ帝国ってのはそっから独立したんだぜ。こんな作戦は通じねえと思うなあ」
辺りは東のほうから明るくなりかけていた。
「何度も説明したはずろ、お前さんの頭はそんなに悪いのか」
「はぁ。ま、俺もレジスタンスの端くれ、ちゃんとやって見せますって。後は砦の指揮官が腰抜けであることを祈るだけだな」
彼らがたどり着いたのはベム砦北側の西にある緊急脱出用の船乗場だった。
二人は静かに降りると船から必要なものを取り出し始めた。二人は、ダンガ帝国正規軍の皮鎧と皮の帽子に、鉄の肩当てと腕とすねに曲げた鉄板をつけた。
さっきからぼやいていた少年は、見事な金髪をなびかせ腰に大きな剣を下げている。
一方彼の相棒は、あまり長くない黒髪が視界の邪魔にならないよう調整している。武器と見えるのは腰にいくつかもっている短剣だけだった。
「んじゃあ行きますか、ギル」
「そうだな」
二人は脇の階段を駆け登った。
黒髪の少年の名はギルバート。かつてはアラディーの親衛隊にいたが、王国の崩壊後レジスタンスに入り、積極的に活動してきた。武器は両手に仕込んだ小手と体のエネルギーを一ヶ所に集め攻撃する「気功」、そして多少の回復魔法を覚えている。
金髪の少年は、フォルケル。どうやら大陸南部の出身で、このいざこざで帝国に肉親を殺されたらしい。このような事件がきっかけでレジスタンスに協力する人物は多いが、ほとんどが戦いを知らないため、地元の情報収拾や武器などの輸送面での協力で、レジスタンスの戦闘員の多くはかつて北バーミアン帝国に滅ぼされた国の戦士であったが、彼は傭兵として身を立てていたとかでかなりの剣の腕前だった。余り魔法は得意でないと言うが一時的に力をあげる行功(しんこう)の術といった特殊な魔法を使い、また多少は攻撃魔法にも通じているようだ。
二人は別に注意をしながらでもなく、二階三階へと駆け登る。砦の規模もかなりのものだし、2、3階は、兵の宿舎や士気を保つための酒場を兼ねていたため、警備が薄かった。最もこんなに朝早くに起きているのは異常と言えば異常だったが。
だが四階からは、南部を治める総督などの上層部の部屋があるため警戒は厳重になる。
彼ら二人の目的は、この五階建の砦のできるだけ奥に突入し敵を混乱させることで、できれば総督もしとめることだったが、まず第一の目的は長時間敵を撹乱することであった。
その隙に、行商のふりをしたレジスタンスの精鋭が少数で突入し、今度は砦の下層部を撹乱。そして混乱している砦北部に注意が行ったところで、レジスタンスの主力が砦の南部を押さえるといったものだった。
これはかつて北バーミアン帝国がこの砦を落とす時に使ったもので、うまくいけば少数で砦全てを掌握することもできるものだったが、数が足りないために、砦南部を掌握して、海峡を挟んだ北側のダンガ地方を孤立させているあいだに、各地のレジスタンス勢力が放棄して徐々に帝国を追い詰めて行く。
これが理想だったが、実際は圧政に苦しむ人達にレジスタンス活動を広めることが目的で、彼の誰もがこのような理想の成功を想定していなかった。
「ちっ、こいつら朝っぱらから職務熱心なこった」
そう言いながら目の前の敵とに、二、三度切り結んだ後切り伏せる。
ギルバートは気合を入れながらやって来る敵を鉄の小手で殴り飛ばしていた。
彼らは一度に多くの敵に会わないように動き回りながら敵と戦っていたが、敵の反応は意外と早く、眠っていた兵達も騒ぎを聞きつけて続々とやって来るようだ。そのうち明らかに他の兵士とは違ういでたちの戦士までやってきた。
「近衛隊までまわしてきたのか」
ギルバートが驚いたように言う。
「その方が好都合だろう?ここであいつらをまけば苦労せずに五階にいけるかもしれねえぜ」
ただ敵が落ち着きを取り戻しただけで、そんなはずがあるわけはなかった。彼らはそうとでも考えないとやってられなかった。
素早く背後にまわったギルバートが近衛隊の鉄仮面を叩き敵が怯んだ隙にフォルケルが切り伏せた。
そのまま彼らは五階へと続く階段を目指して遠回りに走って行く。
案の定三人の兵が階段を守っていたが、ギルバートの投げたナイフが一人の首にあたり敵が怯んだところを、フォルケルが次々に切り捨てて行った。
そしてギルバートが一人の死体を階段に放り投げると、上から無数の矢が撃たれてきた。
「やっぱ敵さんの反応早いわ」
フォルケルが矢まみれになった死体を見ながら言う。
彼らは目配せすると追っ手がこないうちに階段を避けて奥へと走って行った。
追っ手の何人かが見張りの死体を見つけて階段を上ろうとして、矢の雨の犠牲になったことはいうまでも無い。
「あーしんど」
ギルバートとフォルケルは今砦の隠し部屋の中にいた。
元々南部の諸国が築いたこの砦に幾つかの隠し部屋があることは、北部のダンガ帝国が知る由も無い。
「ちゃんと隠し部屋の位置を聞いておいて正解だったなあ、ギル」
彼らは騒ぎが治まるか別部隊の攻撃が始まるまでここにいるつもりだった。
「敵の動きは予想外だったな」
ギルの言葉にフォルケルはうんうんとうなずく。
「けどまた動こうにもあの矢の雨を何とかしねえと身動きがとれないねま、後は下の連中が何とかしてくれることを祈るか」
「おまえはもう少し積極的になったらどうなんだ、フォル」
「ギル、お前さんこそもうちょっと人生楽しく考えてみな。ところでさ北帝国の連中はどうやってあの階段を上ったんだ?南の諸国だってバカじゃあない。ちゃんとスナイパーを置いてたはずだろ?ありゃあ長期戦にならねえと無理だぜ」
「さあな、俺が知るかよ」
しばらくの無言の沈黙の後、外が騒がしくなり下の方で金属のぶつかる音が聞こえて来る。
「他の連中も来たみたいだし、第二ラウンドと行くか」
そういってギルバートは壁に耳をあて外の音を確認してから素早く外に出る。フォルケルもそれに続くと隠し部屋への扉は、何事もなかったかのように周囲と一体化する。
二人は妙に思いながら兵のいなくなった廊下を歩いてゆく。
さっきの五階への階段へいくと、一人の黒い鎧兜に身を包んだ戦士と、ローブをまとった女がいた。
「ちぇ、戦場での女は魔女って相場が決まってんだよな」
そうギルバートが言いながら牽制のナイフを投げる。
女が少し動いたかと思うとナイフは急に失速して地面に落ちる。
「そうだねえ」
それを見てギルバートの言葉を肯定しながら、慎重に戦士との間合いをつめて行く。
「フフフ、いいことを教えてあげる。あたしはただの傍観者あなたたちと戦うのは、この戦士一人よ。そう、この戦いには邪魔しないようにと総督に頼んでおいたから。他の雑兵達にも手は出させない」
女はそう言うと階段をあがって行った。
「つーことは、下の連中が危ないんじゃないのか?」
そう言いながらギルバートはフォルケルととも戦士と対峙する。
まずフォルケルが先に仕掛けた。
黒い戦士は、それをかわしギルバートの攻撃を仕掛けた右の小手を二つに割り、すれ違いざまの左の小手でのギルバートの裏拳をその左手の小手で受け止め、再び攻撃を仕掛けたフォルケルを右手の剣で弾く。
その時点で二人は戦士から離れた。
「く、こいつ余裕じゃねえか」
「フォル、行功の術を使え、俺はもう長時間接近戦はできん」
ギルバートは左手の小手をはずしながらいう。
そこはさっきの衝撃で腫れていた。また、右手からは、血が流れていた。
うなずいたフォルケルは、自分の手に精神を集中させ、戦士に向かって行った。
だが行功の術を使ったはずのフォルケルの攻撃は敵を押すどころか逆に押されて行く。そんな中でフォルケルは相手の剣術をどこかで見たことがあるような気がしていた。同時に、一対一では勝てないと考えていることに気付いた。
「まさか」
フォルケルは一瞬持った考えを敵の一撃をかわしながら否定する。
彼の手は敵の攻撃で痺れていて、あと一撃受けようものなら剣を落としてしまいそうだった。
「下がれ」
ギルバートがそういった瞬間彼の手から稲妻が飛ぶ。
避けたフォルケルは稲妻の直撃を受けている敵に向かい渾身の一撃を向けるがその瞬間、敵の剣が先程の動きからは考えられない速度で動き、とっさに剣で受けるがふっとばされ、二メートル後ろの壁に激突し、気絶する。
背後にまわったギルバートは、敵の動きを見てかつて帝国の四天王シェイドと戦った時に感じた恐怖が込み上げて来るのを感じながら、激痛に耐えながら掌に集めた「気」の塊で敵の後頭部を殴った。
確実にそれは敵の兜を直撃したにもかかわらず、敵は平然と振り向きざまにみぞおちに一撃を加える。
そしてギルバートはその場に崩れ落ちた。
そして階段から20人ばかりの兵を従えた男とさっきの女が出て来る。
「それにしてもこの黒剣士の腕はたいした物だ」
そういった男はこの砦を皇帝から任されているデュルク総督であった。金に物を言わせてこの地位についた男である。
「当然ですわ。それより先程の件、考えていただきましたか」
「いいだろう。この剣士が私の護衛となるのならばその程度の出費痛くも痒くも無いわ。さっさと下の奴等もかたずけて来るように言ってこい」
デュルクの命令で一人の兵士がはしってゆく。
その途端その兵士は突然あらわれた黒装束の男に喉を切り裂かれていた。その場に衝撃が走り、残りの兵がデュルクと女の前に出る。
「なるほど、弱いやつほど目にみえぬ恐怖に脅えると言うことか。自分では何もできないくせに、金の力を自分の力だと勘違いしているな」
あからさまに挑発の言葉を剣を構えながら男は言う。
「貴様、こいつらの仲間か?」
顔を真っ赤にしながらデュルクは気絶しているギルバートを指差す
「いいや、私がようのあるのは貴様だ」
男はそう言うが早いが、黒剣士に向かって行く。
それを見た黒剣士は、さっきフォルケルを吹き飛ばした一撃を加え、それを剣で受けた黒装束の男は、勢いで後ろに飛ばされはしたが、姿勢を整えると、黒剣士にむかって巨大な火球を投げ付ける。黒剣士がそれを魔力を上乗せした一撃で切り払う。
それを見た男は突然笑いだした。
「くっくっく。そういうことか。なるほどな。女、貴様のしたことを私は忘れはしない。死者を冒涜する貴様の行動をな。私はこれにておいとまさせてもらうが、私に言いたいことがあるのなら、自分で追いかけてきたらどうかな?腰抜けの総督どの」
男はそう言って後ろをむく。
「待て、こいつがどうなってもいいのか」
デュルクがそう言って倒れているギルバートの首に剣をあてる。
「非常に古典的で効果のある方法だが、さっきも行った通り私は彼らを助けにきたわけでわない。人質をとるなどと言う行為で敵と接するとは、私の思ったとおりあなたは随分とつまらない人物だ。どうせ儲けた金も汚い手段で人から奪ったものだろうな」
そう言うと男は走って去って行った。
「ええい、貴様等半分ほどあの男を追え。下にいる連中にも追わせろ。騎馬隊を出せ。何としてでも捕まえてこい」
真っ赤になったデュルクは部下にわめき散らす。
「あの・・こいつらの処分は?」
部下の一人がギルバートとフォルケルを指差す。
「ふん、囚人の塔にでも護送しておけ」
このデュルクの反応に、妙なことに気付いていたのは黒剣士を従えていた女の他にも数人いたが、火に油を注ぐことを恐れて誰もそのことを聞きはしなかった。
そして女の方は、それよりも黒装束の男が逃げる際に言った言葉の方で頭がいっぱいだった。
「なぜ、なぜだ」
女がそういったのを誰も気にしなかった。