黄金の月







 ぅ、とイルカの噛み締めた唇から声がもれて、カカシはさらに口のなかのものを吸い上げた。じゅる、といやらしい音は室内に響き、舌のざらつきで先端をこすると、はちきれそうなそれがいっそう膨れた気がした。

 台所で、二人とも着衣もそのままに、カカシがイルカのものを含んでいた。

 シンクにもたれて立つイルカの顔は、首元まで真っ赤で、それは恥ずかしさのためか快感のためかは、カカシには分からない。イルカは掌で自分の顔を覆っていて、カカシが上目遣いにみたとしても、みえるのは両掌が覆い隠せていない唇ぐらい。
 それさえ噛み締められていて、カカシはさきほどから、イルカの唇からどうにか喘ぎと呼べるようなものを引き出したくてたまらなかった。
 達っする手前で留めて、柔らかな愛撫を繰り返していた。

 ねだって、というのではない。
 室内は明るく、イルカの性器も、太腿の内側の肌の色も、陰毛の黒も全て見えていて、イルカの熟れたトマトよりも赤くなっている首筋もよく見えた。イルカが興奮しているのは、勃ったそれで分かる。
 それでも、ねだるどころか、喘ぎもイルカは堪えてしまう。
 不自然に強張ることで、己の中にのみ込んで閉じ込める。

 たぶん、恥ずかしいのだろうとは思う。  こんなに明るく、なにもかもが見えてしまうような場所で、いままで行為に及んだことがない。しかも日常的に利用するような炊事場で。

 イルカが拒否してくれれば良かったのに、と身勝手に思う。

 先のくぼみを舌の先端でつついて、竿を唇で擦り上げながら、太腿を肩に担ぎ上げた。イルカの体が、わずかに抵抗するように固くなったが、カカシの掌が太腿の内側をなぜると力が抜ける。
 尻の肉を割り、指先が奥の窄みへと探り当てると、また体に力が入った。弱々しく声がカカシを呼ぶ。無視して指に力をいれて進めると、ようやくイルカの手がカカシの肩へかかった。

「カカシ、さん…」
「ん」

 止めて、と言い出すだろうかと上目遣いにイルカを見上げた。わざと、ねっとりと糸をひくように唇をイルカのものから外す。
 潤んだイルカの瞳が、恥ずかしそうに瞬き、いまにも涙が落ちてきそうなほど眦は紅かった。

「どうしたいの」

 イルカの瞳が揺れる。
 落ちそうなほど、潤んでいた。
 けれどカカシは気にしないふりをする。言いよどんで、噛み締めたあまりに紅い唇が震えるのも、見ないふりをする。ひとつ呼吸のあいだだけ待ち、カカシが舌をふたたび巻きつけようとしたときに、ようやく零れたイルカの声。

「あの、電気、を…明かり、を、消したいのですが」

 その声はとてもとても上ずっていて、カカシはひっそりと、すこしだけ満足した。だからといってイルカの要望をきく、というわけではなかったが。

「だーめ」
「カカシさん…っ」
「このまま、したいよ」

 指先に力をいれて、窄まりがつぷりと第一関節まで飲み込んだ。イルカの息が短く吸い込まれて、それからゆるゆると吐かれていく。
 カカシはイルカの息に合わせるように、気をつけてゆっくりと指を進める。生暖かい感触は指の腹と関節と感覚を包み込んで、口のなかでおもうさま嬲っている熱量はけして収縮しなかった。
 ぢゅ、と吸い上げるとイルカがきつく肩を竦ませる。抱え上げた太腿にも力がはいり、イルカのもたれているシンクが重みの負荷に、ぎしりと鳴った。

「いって良いよ」

 アイスバーを嘗めるより熱心にカカシはそれをしゃぶる。イルカの声がききたいとおもい、拒否されたいと願っていたのだが、叶わないようだった。苦しげに眉根を寄せる様は、それはそれで堪能できるものだったが、震えがくるほどに苛めても、望むものは得られない。だから仕返しのように施す。
 身勝手な奉仕。
 指が、覚えてきたイルカのある場所を掠めて、喉をくぐもらせたイルカに、何度も何度もカカシはそこを執拗に責める。ぐり、と押した。

「ん、ぁ…っ!」

 堪えきれないというように、重ねた掌のうちからイルカの声がもれ、カカシは口中も追い立てた。泣き声さえ、上げるなら上げるが良い、と。

「は、離してください、カカシさん、もう、離し…ッ!」

 切羽詰ったそれへ、カカシが施したのはおもいきりきつく、舌で嘗め上げること。
 ぐんと大きく熱量をましたそれは、はじける寸前で、後ろをいじる指といっしょに擦り上げる。
 イルカが「離して…!」と泣き出すように叫んで、カカシの口のなかで、熱量が弾けた。
 舌のうえに広がった苦味を掌に吐き出した。生暖かく、唇や鼻先まで苦味ばしった味と匂いがカカシを包んで、イルカを実感させる。
 シンクを支えにイルカは立っており、足に力をかけられない今の体勢は酷く不安定だった。カカシは肩にかけていたイルカの足を外して、掌のものを足のあいだ、さきほどまで弄っていた奥の窄まりに塗りつけた。

「カカシ、さん…」

 立ち上がって、カカシはイルカへ顔を近づけた。イルカは縋るような目でカカシを見、カカシはからかうように微笑んだ。自分の脚でイルカの股をひらかせて、自身をあてがう。もう堪えきれないほどにはちきれそうだったそれは、次の快感を待ち望んでいた。
 先走りを滴らせるそれを、先端に埋めていく。
 熟れた苺よりも鮮やかに染まった目尻や首筋がまるで、誘っているようだと勝手におもう。
 苦しいと、訴えていることには目を瞑って。  一息を置いて、ゆっくりとイルカを犯していった。

「ん…ぁっ」
「ね、イルカさんのここ」

 掌で太腿の内側を撫でた。綺麗な筋肉がついていることは先ほど、たっぷり見ていた。誰との情交のあとがないかどうかと気にすることと同時に。力が入れば、焼けていない肌のためにくっきりと浮かび上がる脚の線が、ひどく淫らにおもえた。

「すごく綺麗だね」
 甘く、指で線をなぞり上げて言った。わざと、イルカが恥ずかしがるだろう口調で。おもったとおりにイルカの顔が俯き、口端が歪む。頬は染まりようがないほど紅く、抗議はとてもか細かった。

「そんな…こと、を言わないで、下さい…ッ」
「明るいとこでみたの初めてだったから」
「……」

 俯いたイルカの顔を覗きこんだ。
 目は潤んで、眉頭が寄せられていた。ほんとうに泣く寸前の顔。
 内心、慌てて、カカシは目尻に口付けた。
 イルカの気分を害したかもしれない。
 からかいすぎた。
 拒否しないイルカに甘えすぎた。

 ごめんなさい、と囁いて、何度もキスを落とす。
 イルカがキスに応じるように頬をカカシへ寄せてきて、カカシはホッと息を漏らして、イルカを抱きしめる。
 揺するように腰を動かして内部を刺激した。
 イルカがしがみついてきて、カカシはイルカの首筋に顔を埋める。
 ぴたりと抱き合った体同士。けれど着衣が溶け合うような意識の邪魔をする。繋がりあった場所が一番熱く、カカシはそれに感覚を集中させる。イルカの息遣いが、すぐに近くで聞こえて、けして苦しいばかりの行為でないことを知らせる。
 カカシばかり気持ち良いのではないと、イルカは言葉にださずにカカシに知らせる。
 大きく腰を揺すって、絶頂が近いことを二人で言葉なく分かりあい、抱き合って、シンクに乗り上げてイルカを突き上げた。

「んっ、あぁ、ぁ………ッ!」

 ぎゅっと抱きしめたイルカのなかへ、カカシは精を放った。





 息をととのえたあと、イルカはしばらく無言だった。やはり怒らせてしまったのかもしれない。体を離して、小声で「風呂、行ってください」と言われて、躊躇うと背中を押された。
 その仕草がいつもより強引で、カカシは素直に従う。ほんとうにそうして欲しいときのイルカは、無駄な押し問答よりも、背中を押したり手を引いたりすることが多い。このときもそうだと思って、カカシは風呂場へ向かった。

 シャワーを浴びていると、脱衣場にイルカの影がみえて、カカシのための着替えをおいてくれたのだと分かる。
 わがままを通した性交に文句いうでなく、カカシへ世話をやいてくれるイルカに、申し訳なさが沸いた。
 そして罪悪感も。

 昼間に紅にこぼした繰言だ。イルカはカカシがしたいと望めば、拒否しない。いままで、記憶にあるなかで、カカシはイルカに拒否された覚えがないのだ。
 イルカも仕事があるし、カカシと性交したくない日もあったはずだ。それなのに、考えてみれば全てカカシの思うように成り立っていた情交。
 気づいたとき、カカシはすこし落ち込んだ。
 紅は多分、それだけイルカとカカシが割り無い仲だとおもって、カカシの悩みを一蹴したのだろう。けれど、カカシにしてみれば、それが反対にイルカへの不安をあおった。

 カカシの意思を尊重し、わがままへの不満も不平も言わず、言いたいこともいっていないのではないか、と思った。抑圧する関係を自分はイルカに強いているのではないか、と。

 シャワーの水飛沫に打たれながら、カカシはさらに自分で自分を落ち込ませていく。
 てきとうに汗をながして風呂場を出ると、さきほどまで情交を行っていた場所に、イルカが立っていた。衣服を普段どおりに整えて、カカシのための茶を淹れていた。

「ごめんなさい」

 思わず、呟きが零れていた。茶を淹れるイルカの顔が、あまりに普段どおりに静かで、不安にかられた。内心、カカシに辟易しているのではないか。我侭な上忍ゆえと、諦めているのではないか。そんな風に自虐的な想像が浮かぶ。
 そのカカシの呟きに、顔をあげたイルカは瞬きをしてみせた。カカシの言葉が意外そうな顔、そしてふわりと微笑む。

「いいえ。俺も風呂に入ってきます」

 これ、カカシさんのお茶です、と言い添えて、イルカはカカシの傍らをゆっくりとした動作で抜けて、風呂場に入っていった。茶はうっすらと湯気を立てており、淹れたてなんだろうと分かる。カカシは雫の垂れる髪をかきあげて、食卓の椅子に座った。湯飲みを掌で包むと、暖かい。
 風呂場からの水音が、物音のしない台所に響いてきた。

 広げられたままの巻物を、なんとなく眺めていると、そのしたに重ねられていた雑誌にきがついた。引きだして見ると旅行雑誌。忍びが任務のために読むようなものでなく、里人が楽しみのために読むような類のものだった。
 表紙には大きく、縦文字で「これは外せない名湯秘湯ご案内」と描かれており、カカシの目をひいたのは、縦文字の添え書きのような小さな文字で書かれている、明日にでも向かうだろう予定の国の名だった。

 ページをめくると、すぐに特集のページで記事はみつかった。なんでも、最近の騒乱から立ち直りをみせた商店街が、ぐうぜんに掘り当てた温泉があるらしい。竜の現れた大滝の恵みかと地元は有り難がり、くわえて肩こりなどの疲れを癒す効能もあるとうたっている。

 雑誌は温泉の特集がほぼ全てだった。
 イルカが風呂場の扉を開け閉めする音が聞こえてきて、カカシは雑誌を手にベッドに移動する。ベッドに上がり、壁を背にして雑誌を眺める。
 興味もなくぺらぺらとめくっていると、イルカがタオルを頭にかぶって出てきた。ふだんよりも、いくぶんゆっくりとした動作。

 髪が長いから、風呂上りはいつも大変そうだと思った。台所へいきかけたイルカと目があって、カカシは何を言うでなく、手招きだけをした。
 そうするとイルカも何もいわずカカシの傍へ寄ってくる。
 小首を傾げるから、カカシは頬を緩めながらタオルをひっぱった。
 湿り気のあるそれを掌で広げて、「こっち、座って」というと躊躇うような間。
 それでも黙っていると、けっきょくイルカは従ってくれた。

 幾度となく、カカシはイルカの洗い上がりの髪を触らせてもらっているというのに、イルカはいっこうに慣れてくれない。
 まるで、カカシが合鍵をつかうときに感じる後ろめたさや躊躇を含むような、そんな表情をする。
 カカシはなにも言わない。
 ただ微笑むだけにしている。
 言ったところで、問い詰めるだけで何も益のない結果になると思うから。
 そして口からでるのは、毒にも薬にもならない他愛無い繰言ばかり、というのは我ながら苦笑せずにはいられないのだが。

 濡れて柔らかな黒髪を、タオルで包んで撫ぜていく。湿り気がカカシの鼻先をくすぐり、水の香りをおもわせる。すぐでも髪先にくちづけたくなる衝動をおさえて、ゆっくりとした動作で、イルカの髪を拭っていく。
 窮屈そうにしているイルカは、ほんとうはあまり髪に触って欲しくないのだろう。
 カカシにもたれてくれたことも無い。
 いつも居心地悪そうにして、早くカカシが放してくれるのを待っているように見えた。

 だがカカシも自分の楽しみは手放しがたい。イルカが窮屈でも、イルカの髪を触ることはけっこう好きだ。だから、心のなかで再び、ごめんなさいと謝る。
 カカシはイルカにすまないと思うばかりだ。

「―――温泉」
「え?」
「温泉、行きたいの?」

 イルカの視線がすこしさまよい、カカシが持ってきてベッドに広げられていた雑誌で止まる。

「いえ…そういうわけじゃ…」
「そうなの。なんか温泉ばっかりのってたから、好きなのかなって思ったんだけど」
「好きは好きですが、行く間がありませんから」
「そっか」

 確かに、任務もありアカデミーの教務もありでは、なかなか里外へでかけるなど叶わないだろう。

「じゃあ雑誌見て、いいなぁとか思うの?」
「まぁ…たまには…」
「ふぅん」
「木の葉にもありますし、近くでも温泉はありますが、効用が違うところなどはいちど行ってみたいと思ったりします」

 もうけっこうですよ、とイルカが腰を上げてしまい、カカシはすこし残念な気持ちでタオルをイルカに渡した。イルカの背中を見送ってから、雑誌をもういちどめくってみる。
 カラーの写真がたくさん載っている隅に、湯の効用や色味も載っていた。
 美肌や神経痛、切り傷に効く湯もあれば、肩こりに水虫に貧血、火傷に効く湯など。
 知っていたよりもたくさんの効能が書かれていて、感心してしまった。
 木の葉の温泉はあるのかな、とページをめくっていると、目の端で明かりが消えた。どうやらイルカが台所の電気を消したようで、手に湯飲みをもってイルカが姿を見せた。
 居場所をずらして、イルカの入る場所をあける。
 このベッドは一人用の、それも広さの余裕などないつくりのものだから、カカシが寝床に入れば、ぴたりとくっつかないと落ちてしまう。
 それほどに狭い。
 だからこそ寝るときには、重なって寝ることが必要で、カカシはその行為が嫌いではなかった。

 イルカはベッドに入らず、腰掛けただけで、カカシの手元を見ている。手の中の湯飲みはうっすら湯気をたてていた。
 カカシはふいに、イルカの淹れてくれた湯飲みを思い出して、雑誌をイルカの前に置いてベッドから降りた。カカシの動きをおって首をめぐらすイルカの額にキスをして、

「布団、入ってて。お茶、取って来るだけだから」

 言うと、イルカが言葉なく頷く。忍びの目に薄暗いだけの台所で、カカシの湯飲みが置かれていた。
 片付けずにいてくれたらしい。半分ほど残っているそれをもってベッドに戻ると、布団のなかで、イルカが雑誌をみていた。
 窓際に湯飲みを置いていたから、カカシも同じように並べて置いた。

 イルカの見ていたページは特集の記事。カカシが明日にでも向かう先の、国の名。景勝地で有名でもある大滝。緑の生い茂る岩壁から滑り落ちる大滝と街の姿が載せられていた。それに木作りの大きな湯桶の写真もある。
 覗き込んで効用をみてみると、具体的には筋肉痛と肩こりに効くらしい。

「行きたいの?」

 再度訪ねると、また、そういうわけでは、と返ってきた。
 カカシは小首を傾げる。
 そんなに見ているのなら行きたいのかな、と思ったのに違うらしい、と。
 カカシは知らない。イルカが記事を見ているのは、以前にカカシが大きく関係したことのある国だと知っていて、気になるからだということを。
 温泉の記事に加えて、国の名が気になったから買ってきた雑誌だということを、カカシは知らなかったので、ただイルカの返事が不可思議だった。

「ふぅん、そういうものなんだ」
「ええ。実際に行きたいと思ってみているわけではないんです」
「へぇ」

 そういうものなのか、と思って、イルカの傍らに体を滑り込ます。
 イルカの言葉は静かでしっかりとしていて、カカシが意義をはさむような隙はない。
 一人分のベッドは狭く、寄り添うと布団にくるまれた空間は暖かった。

「電気、読んでるならまだ消さないほうが良いね」
「あ、すいません。消しても…」
「いいよ。俺もまだちょっと起きてるから」

 鼻先まで布団に埋まりながら、そう言った。イルカは恐縮している風だったが、むりに明かりを消そうとはしなかった。こっそりとカカシはイルカの横顔を盗み見る。
 実際に行きたいというわけではないのに、熱心というわけではないが集中して記事をみるイルカ。
 よく分からない。
 カカシにはその理屈がほんとうによく分からなくて、布団と布団の間に鼻先を突っ込む。イルカの匂いと、干された布団の匂いと、肌で温められた石鹸の匂いがした。
 イルカが行きたいというなら、いつか一緒に行ってみても良いと思ったのに。

 瞼を閉じて、ぼんやりと考える。
 カカシにとってあまり良い思い出ではない国だけれど、イルカが行きたいというならそれも良い。
 温泉も楽しめるだろう。
 それなのに。

 カカシは、自分がイルカの反応に、がっかりしていることを自覚した。
 たぶん、イルカを喜ばせたいのだ。
 自分がいつも我侭をとおして困らせて諦めさせていると感じるから、その償いのように、イルカを喜ばせてやりたい。
 にっこりと笑ってほしい。
 愛想笑いではなく、苦い笑いでもなく、嬉しさが弾けて蕩けるような笑顔が見たい。
 いままで見せてくれたことがないから。

 とろとろと眠りの闇へ沈みながら、思考が渦を巻く。
 イルカの笑顔を、嘘の言葉など無い笑顔を、見たいと願う。
 それにはどうすればいいかなど分からないけれど、ゆっくりとまどろみながらカカシは願っていた。イルカの温もりと匂いにくるまれて、願う。

「電気、消しますね」

 眠りに沈みきってしまうまえに、イルカの声を聞いた気がした。ぱちりと音がして、周囲に闇が落ちたようだった。閉じた瞼では、それは闇の気配でしかない。
 ああ。
 いつかイルカが言ったように、この髪が月の色を浴びて輝くのなら、それをイルカが好きと言ってくれるのなら、自分は何度でだって月の下に立つのに。
 黄金色の月の下に立ち、その光を浴びるのに。
 銀色の髪が綺麗だと言ってくれるなら。

 けれどイルカは好きではないと言った。だからカカシは悲しい。自分では、自分の力ではイルカを喜ばすことができないのだと、思うから。
 黄金の月などなくても、イルカは笑ってくれるのだろうか。

 圧倒的な闇と眠りが、その想いとカカシの意識を覆って、それきり朝までカカシは目を覚まさなかった。
 起きたときには、朝一番の仄かな日差しが差し込んでいて、カカシの髪は淡く、陽に透きとおるばかりだった。



2004.07.20