黄金の月
面白いことに、訪ねたとき、必ず驚いたような仕草をみせるのだ。
彼の人は。
鼻に一文字の傷をもつ、イルカという人は。
無骨な顔立ち、柔らかくもない体、甘くない声、気の効いた性格でもない。だがカカシはこの家へ、この人を訪ねることが気に入っていた。
任務で帰ってきて、どうしようもない気分のときに訪れ、そして家の明かりがついていると、素直に嬉しいような気持ちになる。居てくれて良かった、と思うのだ。
そして訪ねると、声がしてカカシを招き入れる。
ちょっと驚いたような顔をしてから。
理由はわからないでもない。カカシは任務といえば遠出でしかも期間が長くとられることもしばしばで、里には居ることのほうが珍しい。いっぽうイルカも中忍だそうだし、任務もこなしているだろう。カカシが訪ねていって、明かりの付いていなかった回数も、実は訪ねた回数の半分以上を占めているほど、実際に会えている回数は少ない。畢竟、以前に訪ねたときから、一月二月空いたことなど驚くに値しないほどで、里で暮らすも者なら「忘れただろう」と考えてもおかしくない空白の間なのだ。
イルカはどうも里に馴染めている忍びのようだし、カカシのことをどう思っているかは知らないが、期間が開けば「忘れただろう」と思うことは想像できる。むしろそれが当たり前だろうとカカシも思う。
けれどそれを承知しても、驚いた表情に内心気まずい思いをしたとしても、カカシはイルカが心地良かった。
たとえ一晩我慢すれば出て行く男だと思われていても、構わない。実際その通りなのだし。イルカも再会した夜、凪のような目で言われた。帰ったほうがいいのでは、と。それは遠まわしの退去の促しだったと今でも確信している。
べつに強姦しているつもりはない。もうあんなセックスは勘弁したい。やっぱり抱き合うのは、気持ちよくてひとつになりたくてするものだ。だからイルカともそうしているつもりだし、イルカもセックスに関しては、痛がるばかりでもなくキスにも応えてくれるし、何度も達している。
だから性交に関しては、無理強いはしていないと思うのだが…。
招きいれられて、カカシはイルカを抱きしめた。
イルカの忍服からは洗剤とかすかに汗の匂いがした。
「抱かせて?」
もしかして無理強いはしていないと確認したくて、自分は言うのかもしれないな。
ひっそりと自嘲した。
風呂に入っていないと渋るイルカを、宥めるようにカカシはキスを繰り返した。唇に、髪に、耳朶に、首筋に。温もりの宿る忍服をたくしあげ、イルカの肌を探る。カカシの掌の冷たさに反応してか、跳ねる体が楽しかった。肌は弾力があって心地良く、なぞりあげた先の突起を、親指の腹で押しつぶす。
「…ッ、お願いです、俺、今日は汗かいて…っ」
逃げようとカカシの二の腕を掴み、身をよじってみせるが、カカシはそれを腰から抱き寄せた。
「俺の匂いは気になる? ダメ?」
「え、…ぇ、いえ、あなたは…」
「じゃあいい? 俺はイルカさんの匂いは気にならないよ。それより、はやくあなたを抱きたい。待つの我慢できない。抱かせて」
「……っ」
赤くなった頬に、怒った顔。逆さまのような感情表現が、素直で意外と分かりやすい。いつもは凪に似た佇まいでいるから、落差に面白く感じる。真っ赤になったまま言葉もない様子のイルカに、楽しい心地のまま、唇を近づける。
「ね。お願いします。イルカさん」
唇の端に、何度もキスをふらせる。温かい。舌を這わせて、上唇をやんわりと食む。犬に舐められるように目をぎゅっと閉じた顔が面白い。嫌といわない唇は柔らかく、ぽってりとしている。気持ち良い。
腰を押し付けて、抱きたい意思をはっきりと示すと、ぎゅっと閉じていた瞼がゆるゆると開いた。間近でみた黒い色は、潤んでいて真夜中の水中を思わせた。カカシの脳裏に、その色が沁みた。静かな色。
「分かり、ました…でも、ここでは…」
「ありがとう」
躊躇いと羞恥が存分に滲んだ声音ではあったが、カカシはそれを了承と取った。無理強いはしたくないと思いながらも、これほど強引ならば無理強いとどこが違うのかと笑いたくなるほど、言葉だけの了承を良しとして。その身体を、尻のしたからすくい上げて肩に抱え上げた。
「…ぅ、わ!」
「電気は?」
「え」
「電気、つけたほうが良い? ベッドで」
もとより今いる台所兼食卓の置かれた部屋は、電灯が晧々とついている。隣室は寝室だ。もちろん、誰も居ない為に電気もついていない。
「け、消したままでいいです!」
どうしてそんなことをわざわざ聞くのかわからない、そう言いたげに担がれたままイルカは半ば叫び、カカシは笑った。
久しぶりに笑い、人と会話した気がした。
2003.12.24