あなたの基準で。





「イルカさん、お疲れ様です〜」
「……」

 アカデミーの門をでてすぐかけられた声へ、イルカは無言を返した。
 眉間に皺が寄っている。
 気に入らない、という意思表示も明らかだ。

「あれ、怒ってる? どうして?」
「……」
「今日は人前で“イルカさん”って呼んでないし、手を握ったりしよーとかしてないでしょ? 何か悪いことした? 俺」
「……っ、いえ、特になにも!」
「嘘でしょ、いつもより大声だ」
「…っ」

 図星を指されて腹の立たない人間というのは、少ない。
 イルカだとてムカッとくるものはくる。
 それがムカつきの原因から図星を指されれば、余計に。
 足を速めて、イルカはずんずんと帰り道を急いだ。
 まるで後ろからついてくるカカシを引き離そうとする勢いで。

「ねぇ、なんでそんな怒ってんの? おととい、昼寝してたのがそんな悪かった? ごめんなさい、前の日にあんまり寝てなくてちょっと気持ちよくて―――」
「別にあんたがどこで昼寝しようと俺のしったことじゃない!」
「あ、喋った」
「それにあんたがどこの誰とどこでイチャつこうがあんたの勝手だ!」
「! それ、もしかして」
「…っ不愉快です!」
「アンコのこと? それ、アンコが俺にくっ付いてたから怒ってんの、イルカさん」
「別に!」
「こっち向いて、怒んないで。理由いってよ」

 追いかけてきた声が、気配が、イルカの二の腕を取って強引に振り向かせた。
 少なくは無い通りの人通りのなか、数人が何事かと横目を向けていく。
 イルカがその視線を敏感に察し、盛大に眉をよせ、囁きに近い声で「離して下さい」といった。だがカカシはイルカを真直ぐにみつめてさらに問う。

「あなたは怒るばっかりだ、あんとき俺があなたに好きだって―――」
「うるさい!!」

 声が通りに響いた。
 今度こそ、少なくない人がイルカとカカシを見た。
 何事かと伺うような視線。

「…っ! 離せ! 俺は帰るんだ!」
「イルカさん!」

 取られた腕を振って、イルカは身を捩った。はねつけるような拒絶の仕草に、カカシの掌は緩みそうになったが、それを留めてさらに強く握った。イルカの顔が痛みに顰められたが、かまわずに引き寄せた。

「こっち、来て。もうちょっと話をしてよ」
「…離せっ、離して下さい! 嫌だ! 離せ!」
「聞き分けがないなぁ、―――あなた、路上で犯されたいですか」
「な……ッ」
「うん、そうそう、大人しく付いてきてね」

 絶句したイルカを引きずって、通りから路地へ入り込むカカシ。手馴れているとはいわないが、躊躇もなくどんどんと人気のない方向へイルカを連れて行く。

「…さ、最低だ! やっぱりあんた最低だろ! この変態!」
「あー最低変態でけっこう。これで生きてきたんで。自覚あります」
「離せよ! 俺は帰るんだ!」
「離す気はありません」
「うっさい! 離せ!! 俺はあんたの冗談に付き合ってるヒマなんてねーんだ!」
「…冗談?」

 聞き咎めた単語に、カカシの声音がすっと冷えた。だがイルカはそれに気がつかない。どんどんと明かりの少ない細路地を進んでいるために、声はよく響いて聞き取りやすいが、焦った心地のイルカにはカカシの変化まで気を回している余裕がなかった。

「そういう冗談ならもっとお似合いの奴がいるだろっ、俺みたいにカノジョも居ない一人モンからかって楽しんでんならもう充分でしょう!? いい加減にして下さい!」

 路地を抜けた。
 出た先は木の葉の里公園の横手。今の夕餉時には通りかかる人一人見当たらず、二三本の蛍光灯だけが木々や遊具ををぽつぽつと照らしていた。
 今までイルカの手を酷い力で引っぱっていたカカシが、くるりと振り返った。
 ここに至って、やっとイルカはすこし様子が違うことに気づく。
 しまった、興奮しすぎて敬語忘れていたがそれがヤバかったか、とヒヤッとする。が、口を開いたカカシが言ったのは別のこと。

「冗談、てなんですか。からかって楽しむってなに。どいつもこいつも、しかもあなたまで。どうして俺が真剣になってんのに笑うの。真面目じゃないくせにって見下すんですか」
「え…、笑うとか、見下すとかなんの話で…」
「そうでしょ。人が真剣になってんのに、どうせ、とか言ったり、面白がったり、なんか俺のすることがまるでお遊びみたいに言う。アスマもアンコも、イルカさんも」
「そりゃ…あん…あなたみたいな人が…」

 カカシの声がいつになく硬く、不機嫌なようで、イルカは思わず出そうになった乱暴な口調を改めた。なんだか掌に要らない力が入りそうだ。さっきは忘れていたが、この人は上忍、だった。本来ならもっと手の届かない人なのに。

「俺みたいな、っていうのは何なんですか」
「ぇ、えと…」
「人をたくさん殺して歪んでるような人間っていう意味ですか。俺みたいな人間が、好きって言っちゃダメなんだ?」
「それは…ッ、違います! その言い方は間違っている! 馬鹿にしないで下さい!!」
「馬鹿にする? 誰を。あなたを?」
「いえ、あんた自身をだ! ―――その言い方はあんた自身を貶めている!」

 ハッとイルカは掌で自分の口を塞いだ。
 言い過ぎた、と思った。
 口調を改めようとしたのに無駄だった。
 カカシが、一歩、イルカに歩み寄った。思わず、同じように後退ったが、それをまた追いかけられ、ずいっと真剣な口調が間近で。

「イルカさん、俺、あなたのそういうとこが好きだよ。それはダメなことなの」
「…っ」

 逃げられない近しさで、イルカは言葉に詰まった。
 駄目だと言いたい。
 イルカの持ち得る全ての勇気と常識と良識をかき集めて、カカシに「駄目だ」と嘘をついてしまいたい。
 あなたのような里の誇る忍びが、俺のような才の無い男に言い寄るのは、まったくの無駄で浪費で詰まらないことだと気づいてください、と諭したい。
 だが、言葉に詰まった。
 こんなにも近くでカカシがイルカを見つめている。
 真剣な目で、真直ぐに見られている。
 それと対峙して、嘘のない声音で「好きだ」と言われて、どうしても喉が震えた。
 声が出ずに、頬が紅潮し、目の奥が潤んだ。
 痛みのような熱がどうしようもなく頭の芯を焦がし、涙がなぜか出そうになった。
 駄目ですよ、とたったの五文字が言えない。

「カカ…」
「駄目に決まってるじゃないの」
「ぇ…」


 不意に割り込んできた女の声。
 驚いてイルカが振り向いたのと同時に、ふわっと風が動いた。
 一瞬の出来事。
 目の前にせまった女の白い面がみえたのは、一瞬。
 次の瞬間には、身体を押しのけるように緑色のベストが目の前を覆った。とん、と肩で胸を押された。その緑がカカシの背中だと気づいたのは、押されてよろめき、蹈鞴を踏んだ後。
 そして眼前で、手を振り上げた女が、カカシにそれを掴まれていた。
 細い手首が、高く上げられたままで掴まれている。

「カカシ先生…! いったい…」
「何よ! あなたなんか! 一体、何なのよ! カカシの何!? ねぇ! おかしいわよ! あなた何なのよ、男のくせに! 出てくるんじゃないわよ!」
「…ッ?」

 泣き声に近い声。
 イルカは呆然とそれを見た。
 歪んだ顔、きっとそれなりに整っているはずの女の顔が泣きそうに歪んでいて、退くところのない声がイルカへと突き刺さった。瞠った目はイルカをひたと見据えていて、それから目を逸らすことができない。
 それほど女の様子は鬼気迫っていた。
 これまで生きてきて、イルカはそんな「女」をみることは初めてだった。だから、なのかもしれない。カカシが平然と女に声をかけ、その声で我に返ったのは。

「なんなの、あんた。まだ居たの」
「離してよ、ねぇ、カカシ、離してよ。痛いわ。お願い、ちょっと話がしたかっただけなのよ」
「離したらあんた、イルカさんを叩くつもりでしょ。話なんかするつもりないでしょ」
「そんなことないわ、ねぇ、お願いよ、ねぇ」
「止めて。どっかいって」

 淡々とした声に、再びイルカは呆然とする。女がカカシに対しては猫なで声をあげたことに驚きもしたが、なにより、カカシがあまりに冷たく女に対していることに驚いた。

「俺にもう関わらないで、って言ったでしょ。忘れたの」
「忘れてないわ。今日だってホントはこの男に思い知らせてやろうと思って、でもあなたが一緒に居たから私のせいじゃないわ。この男がどれだけ身の程知らずか教えてやろうと思ったの、ねぇ、そうでしょ? ホントは遠くで見てようと思ったのよ、でもこいつがあんまり身の程知らずだから、つい…」
「うるさいよ、どうでもいいから、俺に関係しないで。どっかいって」

 二度、放逐の台詞を言い、カカシは無造作に女の手首を開放した。むしろ投げ捨てるように、乱暴な仕草で。女は小さく甘えた声を出し、そしてゆらりと身体を立て直したかと思うと、カカシの肩越し、ぎらつく視線をひたりとイルカに当てた。

「カカシは本当は女が好きなんだから、あなたなんかどうでもいいのよ。胸のおっきな女がいいのよ、知らないでしょ、女がいいんだから、気の迷いなんだから、いい気にならないで。勘違いなんてしないでよ、カカシに言い寄らないで。消えて。消えて。消えなさいよ。ねぇ消えなさいよ!」
「……ッ」

 イルカは息を呑んだ。これほどのはっきりとした率直な悪意を感じたことは、久しぶりだった。しかも戦場ならいざ知らず、里のなかで、面識の無い女からの言葉。
 返すべき言葉が思いつかず、まごつけば、―――声がした。
 圧倒的な殺意を織り込んで。


「――――――、あんたさ、殺して欲しいの?」


 ひやりと、闇に溶けるような音色だった。
 発したのはカカシ。
 背中からではその表情は見えない、だが、その声音はけして言葉だけのものでないことを、カカシは気配で示していた。その、立ち昇る殺気。圧し潰す様な威圧。
 ぞく、とイルカは背筋を粟立てた。
 それは、女も同じだったろう。いや、カカシの殺気が一直線に女に向かっている以上、対面する恐怖はどれほどのものか。
 女の顔がカカシに向き、唇が戦慄き、見る間に血の色を失っていった。

「や、やだ、冗…談よ、カカシ、なによ、なにそんなに怒ってるの、前だってしつこい女を追い払ってあげたじゃないの、どうして? どうしてそんな目で私を見るの? どうして? どう…い、いや、止めて、止めて…!」
「うるさいよ、消えて。あんたが。俺の目の前から」
「ヒッ……! い、いや、いやあぁ…!」
「カカシ先生!」

 咄嗟に名を呼んだ。
 恐怖に声を上擦らせ身を翻した女へ、カカシが一歩を踏み出したから。

「カカシ先生、もう…!」

 その声が切羽詰ってしまったのは、本当にカカシが女へ刃を向けるような気がしたからだ。それほどにカカシの殺気は本物だった。
 だがその肩へ手をかけることもできず、声だけで呼び止めた。それが如何ほどの静止になるかもわからないが、呼び止めずにはいられなかった。
 カカシの冷たさと、女の恐怖。
 もう止めてください、と呼んだ声は、途中で途切れた。
 カカシが半身だけ、イルカに振り返ったから。

「―――本気にした?」
「……え、―――…っはぁ!?」
「まさか本気で殺すと思った? しないよ、そんなこと」
「な…っ、あんた、さっき…!」
「ああでもしないとしつこいんだ、さっきみたいなのは特に」

 ふぅ、と溜息を落としたカカシをイルカは呆れ果てた目で眺めた。
 同時に、物慣れた言い様にカチンときた。
 実際、慣れているんだろう。こんな場面は。
 だが褒められたものではないだろうが。
 なんだその態度は。
 イルカの心中で悪態が沸いた。

「さっきみたいなの、って、お知り合いでしょう」
「顔を知ってるってんならそうだね。でもそれだけだよ」
「…そうですか? どうもそれだけじゃないようでしたが」
「え? それだけじゃないって…あぁ、寝たかってこと?」

 恐ろしく真面目な顔で問い返されて、イルカは怯んだ。悪びれない、というのはこういうことをいうのだと辞書にでも書き込みたいほどに、カカシは平然とした風でイルカに訊いてきた。
 イルカは口角をぐっと引き下げて、ひとつ首を縦に振った。
 するとカカシは首を傾げて、

「一度か二度、ね。胸も大きかったし。でも性格の不一致だよね、ああいうの。たまらなくなってもう会ってない。そういうのって、知り合い、っていうんじゃないの? 違うの?」

 あまつさえ、そう訊くものだから、イルカの眉が険しくつりあがった。血管が浮かびそうなぐらいだった。

「―――〜…! あ、あんた、最ッ低! ですね!! 信じられません! なんでそんなドン底なんだ! 最悪! あんたに関わった女の人が可哀相だ!!」
「え、え? なんでそんな怒ってんですか? 俺に? あの女にじゃなくて? てかなんで俺に? わかんないです」
「わからんのはあんたの頭のなかです! どうしてそれであんな態度取れるんです! あの女の人はあんたが好きなんでしょう!? それでどうしてあんな冷たいんです! もっとちゃんと話して…!」
「話しても無駄ですよ」
「そんなこと…!」
「俺はもうあの女に関わるつもりはありませんし、顔も覚えてないし、名前ももう忘れました。覚えてんのは、あの女がやたら胸がでかいのを自慢してた女だってことぐらいです」

 そういえば去っていった女は、やけに胸の大きく開いた服をきていた。あんな格好の女が「カカシは女好きで巨乳好き」というのなら、と説得力があった。

「け、けど、それだって関係したことのある人ならもうちょっと誠実に…」
「どうして。もう二度と自分に関係しない人間だって分かってるのに、なんで余計な力使う必要があるの? もったいないじゃない」
「もったいない、って―――…あんた…ホント、最低…」

 がっくりとイルカは肩を落とした。
 怒った瞬間に使ってしまった熱量がもったいなく思えるほど、がっくりきた。
 イルカとて、カカシに関する良い噂も悪い噂も耳タコなほど聞いたことがあるが、悪い噂は尾ひれのついたものだろうと思っていた。だが、この分では良い噂はデマ、悪い噂は全て真実だった、と解釈したくなる。
 忍びとしては一流かもしれないが、人間としては。

「最低ダメ人間…」

 力尽きるように呟いた言葉に、カカシが答えた。

「そんな最低最低って言わないでよ、自分で分かってます。でもそれでさっきみたいな目にあうんだから釣り合い、取れてるんじゃないんですか? 人生的に」

 なんでもない言い方にイルカはカカシをみた。
 カカシは先ほどの殺気が微塵も感じられない、のほほんとした顔で言っていた。

「いつか、アスマに言われましたよ。俺がこういうのだからそれに引かれて、そういうもんが寄ってくるんだって。自業自得だって。けど俺、それで安心したんですよ」
「…?」
「俺は俺で、勝手に生きて、他の人間も勝手に生きて、それでなにかの必然性のようなもので良い目にあったり悪い目にあったりで。そしたら俺がどんなに外れて歪んで、最低でも、それは俺の勝手で、相手のせいじゃないでしょ? 俺がどんな奴でも、周りは勝手に進んでるし、俺が関わんなきゃ俺のせいで迷惑、しないでしょ? こんな俺が嫌なら、離れていけばいいんだから。だから、俺はこのまんまでいいんだって」
「―――…なんでそんな結論に…」
「まあまあ。あの女も、あの女の人生を勝手に生きてるだけですよ。俺はごめんだけど、向こうが勝手に関わってきてるだけでね」
「……」

 心で、再度、最低、と呟いた。
 だがそれはつい先ほどまでとは、僅かに色を違えていた。
 カカシの言っていることは甚だ自己中心的で身勝手な言い分だったが、なぜかそれ以外の思いも見えるような気がしたからだ。
 最低人間。
 それに関わるのも離れるのも、相手の自由だと。
 引き寄せも惹き止めもしないから、自分の勝手にさせてくれ。
 換わりに、相手も勝手にしろ、と。

「―――…だからって、あの態度は酷いです」
「うん、だから自覚してますって」
「自覚してるなら、どうにかしたらどうですか」
「どうにかしたほうがいい?」
「…もちろん」

 街灯のみの光りで、良くは分からなかったが、イルカにはその言葉でカカシが笑ったようにみえた。だがイルカには、さきほどの台詞で、どこにカカシの笑う部分があったのかが分からず、目を瞬いた。 すると、瞬いたあとに見えたのは、やはり平素どおりの掴めない表情。
 カカシが言った。

「あなたがそういうなら努力します。最低だけど、あなたにとって迷惑かもしれないけど、一緒に居て、こうやって俺を最低から引き上げてくれる?」
「―――…」

 ちか、と脳裏で赤色が点燈して点滅した。
 迂闊に頷くと危ないよ、と警告している。

「ね。そうじゃないと、俺、いつまでもあなたにとって最低男のまんまだよ」
「なら俺はあんたから離れますから」
「それムリ」
「? どうして」

 先ほど、嫌なら自分から離れていけば良い、と言ったじゃないか。酷く寂しくて身勝手な言葉を、平然と口にしたくせに、どうしてイルカが離れるのは無理なのか。
 イルカはごめんだった、こんな性格ボーダーライン上の男と共にいるのは1秒だって。ただ黙っていればそれなりに好感がもてそうなものなのに、中身が最低なら意味が無い。
 腕が立ち顔もスタイルも良い、イルカも羨むものを持っているのに。

「俺はあんたの性格が我慢できません。なら離れるしかないじゃないですか」
「だから俺をどうにかしてよ、最低からもうちょっとましに」
「それこそ無理でしょう。てかなんで俺が離れるのが無理なんですか」
「え、だって」

 ずいっとカカシがイルカに近づいた。
 いきなりの動作に、驚いて仰け反ると、にんまりと笑ったカカシが。
 ああ、そんな表情でさえ、生来の顔の良さで見惚れるほどなのに。

「あなたが逃げても俺、追いかけるから、離れるのはムリなんじゃない?」
「―――…ッ、追いかけんでください!」
「それもムリだなぁ」
「あれもこれも無理って、じゃあなにが出来るんです! 本当にあんたは最低だ!」
「ははっ、だから、イルカさんが俺を躾けて? ね?」

   小首を傾げるように、間近で言う。

「な、なんで俺なんですか! 他にもたくさん、居るでしょう!?」
「俺はあなたがいいんだ。他はいい、要らない。あなたと居て、あなたの良いように俺はあなたに関わりたいんだよ。ダメ?」
「〜…ッ」

 警鐘はまだ鳴っていた。
 ガンガンと大いに鳴り響く警告が聞こえなかったわけではない。
 だが、この見目と性能だけは里随一の、だが中身はポンコツもいいところのこの男に、「勝手に」関わることを決められてしまった。イルカの意思に関係なく、カカシは関わってくるのだ。
 共に居たい、と。
 イルカの望む様にしても良いと言う。
 最低なのは自覚しているから、そうでない自分にしてほしい、と。
 その上で、―――好きになって、と。
 イルカの頬がかーっと赤くなって、それを誤魔化したくて、叫ぶようにイルカは言った。

「―――〜…ッ、った、分かりましたッ、あんたには我慢できないところがありすぎます! けどそれを片っ端から叱っていいんですね!? 俺だってそんな間違ってることなんて山ほどあります、それでもいいんですか!?」
「はい、それでいいんです。あなたの基準で」

 全面的な信頼の言葉。
 それをぱあっと花開くような全開の笑顔でいったのだから、堪らない。

「…っ知りませんよ! 後で後悔しても!」
「はい。俺が、俺の勝手で、あなたに関わりたいんです。ずっと」
「…それは俺の都合が全く入っていません!」
「そうですよ〜。言ってるじゃないですか、俺の勝手って」
「じゃあなんで俺の基準なんですか。あんたの勝手で、俺の勝手なんですか」
「なんか言葉遊びみたいですね〜。でもそれでいいんです」
「どこが」
「だってね」

 にこにこと緩んだ顔。

「俺はイルカさんと、ずっと一緒に居たいから」
「――――――〜〜ッ! か、勝手に言ってろ!!」
「はい、勝手にします。だから、ね、イルカさん。俺を見捨てないでね」

 やっぱ最低ダメ人間だ、こいつ。
 これ以上ないほど染まった顔で、イルカはそう断じた。
 幸せそうな顔して、見捨てないで、なんて言って恥じない男。

「好きだよ」
「……っるっさい! 恥ずかしい! 黙れ!!」
「は〜い、好〜き〜で〜すよ〜」
「黙んなさい!」
「ふふふー、イルカさん、顔真っ赤ですよ〜」

 大声の裏で、やはり早まったか、とイルカはちらりと思った。
 だが。
 ほんの一瞬。
 こんな最低男がここまで言うんだ、こっちも本気になってやろうじゃないか。
 そんな風に思って。
 ふと、カカシの笑顔が可愛く見えてしまったことは、内緒だ。




2003.11.19