黄金の月
召集場所に着けば、紫煙をくゆらせていた男がニヤリと笑ってきた。
アスマだ。
「よお」
短い挨拶も、ここ最近で聞きなれた。実力の僅差か、相性の問題か、最近よく彼とともに任務をこなしている。はじめ、その挨拶をうけたときには、彼独特の親しみやすさが出ていて、得をしてるなと関心したものだった。
だがそれを口に出しも、真似もせず、カカシは視線を向ける。
「どうも。人探しにご協力、ありがと」
「へっ、捻りのねぇ厭味だな」
「厭味なんかじゃないよ、ホントに」
アスマの底意のないからかいに、カカシは苦笑する。
彼には、なぜ自分が水底を慕うのかを、少なからず悟られている風がある。
「まあ、見物してもらいたいってものでもないけどね」
「根っこが深ぇもんだな、お前のそれはよ」
アスマはふうっと淡色を吐き出し、それが空中に霧散するさまを熱心にでもなく見ていた。カカシも同じようにそれを見る。
前回の任務終了後、共に酒を飲んだ。
肩を並べて戦い生き残ったことへの祝杯。名目はそんなところだったが、ようはアスマが良い酒をもっていて、野営地の月がとんでもなく綺麗だったから、そういう理由だ。美味いものは美味いときにいただくもんだ、とはそのときのアスマの言だ。
酒は本当に美味かった。だが悔しいことにアスマのほうが数段に酒に慣れていて、カカシはいいように酔わされ、普段は言わないようなことまで零してしまっていた。ぽつりと、その止めようとは思わない癖と、身を侵蝕する恐怖と。
アスマは笑わずに神妙に聞いてくれた。
面倒見の良い男だと思って、翌日に思い出し笑いをしたほどだ。
けれどそのときのアスマは黙って、カカシの杯に酒を注いだ。
胸をやく熱さが苦しく、目を上げれば月がよく輝いていた。辺りは虫の音が聞こえるばかりで、良い夜だった。そのなかで、随分と間をあけて、躊躇いがちにアスマがいっていた。
きっと、お前に必要なのは、帰る場所なんだろうな、と。
それが当たってんのかは知らねぇがな、とも言ったが、カカシは目を瞬いた。
これはそんな大層なものなのだったのか、と驚いていた。
忍びともなれば誰でも抱いているものだと思っていた。
人が人を殺す仕事をしている限り、いつかは自分も死ぬ。
櫛の歯より脆く欠けていく仲間、残される自分。残ったことに感謝をしつつも、それが酷く恐ろしいことのように思えたのは、はるか以前、戦場に出たばかりの幼子のころだった。けれど、その思いは幾度か色を塗り替えながらも、カカシを支配していた。
生きるために、死を恐れること。
そんなことはもう、カカシの日常で。
里の日常だと思っていた。
それを解決、とまではいかなくても、原因や理由、和らげる方法など自分でみつけるものだと。他人が何かを言い得るような大層な、そういうものだとは、知らなかった。
そうなのかな、と返すとアスマは苦く笑い、知らねぇと言った。
手前ぇで考えろ、と。
カカシは少し呆れ、無責任なの、と言った。
「誰でも、そうでしょ」
束の間の思い出から帰り、カカシは何でもない口調で返した。
「まあなぁ」
ぷかり、ひとつ器用に煙が上がる。
それはうまい具合に円く、かすかに真ん中の辺りが薄かった。ドーナツ状のそれに、カカシは感心してみせて、アスマはニヤッと笑った。
2003.6.11