おいしいカレーの作り方




「たしか最初にあれ、って思ったのが一楽のときだったんですよねえ」


 一楽?
 イルカ先生もナルトも贔屓にしている小さなラーメン屋で、オレもよくイルカ先生を誘う口実にさせてもらったけど、なんか変なことなんかあったかな。
 全く心覚えがない。
 そんな心中が顔にでてたのか、イルカ先生がオレを横目でみて、謎明かしをしてくれた。

「のれんがかかってるでしょう。一楽の入り口に。それをね、俺が入ろうとしたときに、カカシさんがはらって入りやすくしてくれたんですよね」
「…はあ」

 それのどこが変なんだろう。
 先に入るほうがのれんを上げるわけだから、店に入る前後が変わってれば普通にありえる状況に思えたんだけど、イルカ先生は苦笑いをしていた。

「まあカカシさんは覚えてらっしゃらないようなので分からないかもしれませんが、男同士で、ましてやカカシさんは上忍で俺は中忍。その腕の下をくぐって店に入ったってのはやっぱりちょっと変でしたよ。…つっても、そのときは俺も何にも思わなかったんですよ? 後になって、なんか変だったなあ、って考えて思いついた程度だったんですけど」

 それからイルカ先生は指を折って、俺の奇行を数え上げた。
 いわく、重い荷物を持とうとする。一度美味いと言うとこれ好きでしたよねと言って土産をくれる。
 人通りの多いところで人にぶつからないように腕を引く。
 扉を開けたまま待っている等々。

 最後に、一番酷かった事例として、呑み終わって別れて帰ったあと、自宅に着いたらカカシの忍犬がいつのまにか着いてきていて見送りをしていた、というものだった。
 た、たしかにした覚えがある。
 でもあのときは、確かイルカ先生が千鳥足すぎて心配だったからしょうがないじゃないか、というのはオレの心のなかだけの言い訳。
 イルカ先生は苦笑いひとしきりで、酒を傾けている。

「気づいたときは、俺も忍びなのにバカにされてんのかなって頭キたんですけど、なんかそういう風でもないし、いつまでもカカシさん、俺に敬語だし」
 可笑しそうに言われる。確かに何度も、そのバカ丁寧な態度はアレコレ誤解を生むからやめてくれって言われてたけど、惚れてる手前、尊大な野郎だと思われたくなくて無理だった。
 おかげでイルカ先生は、やっぱりアレコレ言われたみたいだと聞いた事がある。
 オレは肩を狭めて、ごめんなさい、と謝る。

「その…バカにしてるつもりなんてなかったんです」
「でしょうね。だから俺もそう思ってませんって。女に慣れてて意味不明で厭味なぐらい腰の低い心配性な上忍の方なのかと思ってたときもあったんですけど」
「いやいやいやいや」

 そんな、酷い。
 思わず腰を浮かしかけたオレを、イルカ先生は視線で座るように促してくる。酒でちょっと赤くなってる流し目に、オレは大人しく従った。
 で、と杯を傾けながらイルカ先生は言う。

「カカシさん、さっき思ってるだけで押し付けたいわけじゃないって言ってましたけど、俺はどうすりゃいいんですか? 知ってるだけでアンタの気持ちに胡坐かいてりゃいいんですか」
「え」

 オレを見るイルカ先生の目が挑発的だったのは、オレの勘違いじゃなかったはず。
 咄嗟にオレは言っていた。

「いえ、お付き合いでお願いしますっ」

 図々しい願いは百も承知、って勢いのオレに、イルカ先生は、じゃあ、って一拍おいて、なぜかこう言った。





「俺、美味しいカレーが食べたいんですけど」







 それが事の発端。




2009.4.23