おいしいカレーの作り方
「美味しいカレーが食べたいんです」
金曜の夜、イルカ先生から聞いた、その言葉から始まったんだ。
オレとイルカ先生はナルト、サスケ、サクラという彼の教え子たちを、オレが現在指導しているというところから関係が発生している。
彼は忍術アカデミーの先生で、オレはいうなれば現場での先生といったところか。
里は今のところ平和で落ち着いているので、ナルトなどは請負う任務がつまらないと騒いでいるが、アカデミーを卒業したばかりのヒヨコたちはそれでも失敗続きだ。
その監督を暖かく見守っているのがオレこと、はたけカカシ上忍というわけだが、あいにくと子どもの頃から任務に関しては失敗することのほうが珍しかったので、彼らがなぜ失敗するのか、とんと検討がつかない。
そこで、いつもオレの悩み相談にのってもらっているのが、中忍のイルカ先生、というわけだった。
なにせ彼は、幼少時そうとうなイタズラ坊主だったとアスマから聞いたし、なにより今まで面倒をみていた先生だ。奴らの心を掴んでいる。忍術ならどうにかできても、子どもの心を掴むのは実に難しいと、しみじみ分かってしまった。
だから、今のオレにとってイルカ先生の存在は必要不可欠なものなんだ。
というのは建前で。
本当は、オレはイルカ先生にこっそり惚れているからだ。
大した悩みでもないのに、いちいちアカデミー門前で待ってみたりとか受付所で居座ってみたりして、イルカ先生と話す機会をせこく稼いだりしてる。
その日も、ナルトが大変だったんですよぉ、ということをネタにイルカ先生を呑み屋に誘った夜だった。
オレが彼に惚れてから今に至るまでの数ヶ月、なにかにつけて彼をメシだと呑みだのに誘っているが、告白はしていない。
イルカ先生が同性の恋人を持っていたという話は聞かなかったし、話してても極々一般的な異性愛者だ。
オレときたら、基本どっちでも好きなら好きでOKというこだわりの無さ。
畢竟、告るなんてデキねぇな、という結論で、同じテーブルでビールに濡れた唇を彼の舌が舐めるとこなんて見てムラムラしてれば幸せとかいう可愛い恋愛をしていた。
その夜も、バカ話しなんてしながら幸せを噛み締めていたわけで、告白するつもりなんて毛頭なく。
きっと、なにかのきっかけで口が滑ったんだと思う。
南瓜とひき肉の煮つけが美味しくて、そういえばゲンマが南瓜が好きで、ゲンマといえばモテる男なんだよね、そういうカカシさんこそ、なんていう流れだったような気がする。
気づけば、ぽろっと言っていた。
「オレ、イルカ先生のこと、好きなんですよね」
「え?」
一瞬の間が空いて、オレは自分が言ったことにハッとして、咄嗟に口を押さえていた。
その仕草に、また間が空く。
イルカ先生が何も言わずにオレをじっと見てるのが痛くて、焦っていいわけみたいに付け足した。
「いやその、なんていうか、その…あ、そう、お、思ってる、思ってるだけで、絶対、イルカ先生に押し付けたいとかそういうんじゃないし、ホントもう、思ってるだけっていう」
なに言ってんだか支離死滅な、いいわけにもならないことをまくし立てるオレを、やっぱりイルカ先生はじっと見てたけど、オレがなにを言ってるか自分でも情けなくなってきて、最後には、ごめんなさい、って言ったあと、はぁぁってデカいため息をイルカ先生はついた。
「―――なんか、そうじゃないかと思ってたんです」
「…は?」
ジロッとイルカ先生が三白眼気味にオレを睨む。
イタズラをして怒られるアカデミー生の気持ちが寸分無く分かるオレ。
姿勢を正したオレから視線を外して、イルカ先生は温燗をちびりと舐めた。
「初めて会ったころはそうじゃなかったと思うんですが、いつのころからだったかな…カカシさん、なんか変だったんですよね、俺に対して」
「へ、変ですか」
そりゃあ変だろう。
これでも冷静沈着が身上のオレだが、イルカ先生の前じゃ、覆面の下で赤くなったり蒼白なったり大忙しだ。
どんな些細なことにも過剰に反応していることは自覚している。
けど、イルカ先生が言いたかったのはそういうことじゃなかったらしい。
「たしか最初にアレ? って思ったのが一楽のときだったんですよねえ」
2009.4.23