それ、お願い?




 墨染めの暗闇のなかで、オレはまず猿轡をはめられ、両手をひとまとめに拘束された。
 あっというまの早業だった。

「ごめーんね。樹の上だし、安定悪いから大人しくしててもらおうと思って」

 ごめんと言いながら、全然悪そうにきこえないどころか、弾むような声。
 耳元で吹き込まれた声と吐息に、反射的に身体が竦んで強張った。
 クククと喉を鳴らす笑いが聞こえる。

「土下座しろ、だって」

 ベストの前が開かれ、アンダーの下に掌が滑り込んできた。
 容赦なく裾がたくし上げられて、んなとこ触るかっていうような胸板のあたりを探られる。
 指が乳首をぎゅっと捻った。

「…ッ」
「たくさん居たよね、人。みんなの前で、土下座」

 すげぇ、と耳朶にかかる熱い吐息が気持ち悪い。
 首筋に生暖かいヌルついた感触が張り付いて耳裏まで移動していく。
 変な感覚と鳥肌が一緒になって下腹に溜まる。

「土下座して、アンタの足を舐めたよ」

 強く何度も首筋を吸われる。

「ふ、…ぅ…っ」
「他人の見てる前で、アンタの足に口付けた、この俺が」

 粘ついた音がオレを支配していく。

「すっごく、興奮した」

 たまんない、と上擦った声。
 ぐるんと体が返されて、頬にごつごつしたものが当たって、後ろから圧し掛かられた重みで、擦れた。

 木の皮の臭いが、鼻についた。
 手は縛られてるから、痛いのに、木の幹に手をつくこともできない。
 手が傍若無人に胸をまさぐっていて、もう片方の手が下衣に突っ込まれた。

「…っ、んーっ、ぅー…!」

 柔らかなそれをぎゅっと掴まれて、咄嗟に怖くて身じろいだら、余計にぎゅぅっと掴まれて、それから緩めて、竿を捕られた。

「ふふっ、やーらかいの。あったかいし」

 本当の耳の真後ろから聞こえる声と、背中にびったりと圧し掛かる体重。
 それがもう怖くて、下も掴まれて、オレの涙腺が弱まる。

 身体は正直に逃げようとして、見えない闇のなか、真っ黒な幹らしきごつごつした壁に、肩を押し付けてるんだけど、それも向こうからしたら、背中と尻が無防備になってるだけらしかった。
 闇のなか、息遣いと恐ろしさだけが鮮明だ。

 酷いだとか逃げよう、なんて言葉はもう恐ろしさに溶けていた。
 真っ暗な目に映るのは、いいよ、と囁いた奴の、嬉しげな素顔だけ。
 涙が滲んできた。

 まさぐる手が、だんだんと硬さをもってきたオレに、何かを塗りつける。
 ひんやりとしたそれは、下半身の奥のほうにまで垂らされて、オレは震える。

「ほら…じっとして」
「んー…っ、んんっ、ふ…っ」

 ぴちゃ、と音が聴こえた気がしたけど、それは生暖かいものがオレの耳朶裏を這っていたからだった。
 ぬるついたものに、耳朶が嬲られ、生暖かいものが耳の穴に入ってくる。
 生理的な嫌悪感に首を捩っても、まるでヒルのようにくっついてきて、出入りする音がイヤらしくて、涙が滲む。

「う、ぅ……っ」

 ずびっと鼻を啜ると、アハハと軽快な笑いが耳に吹き込まれる。

「泣いてる? かーわいいなあ!」

 殺してやろうかと思った。
 なんでオレがこんな目に!
 ていうかその下の手、どこもかしこも触んな!
 変になる!

「んー、そろそろいいかな?」

 いきなり、猿轡が外された。
 新鮮な空気が、塊になって肺になだれ込んで、オレはひゅぅっと音を立てた。

「ちゃんと口で息してね、ズビズビいってちゃ、俺、萎えちゃうよ」

 くくく、と喉を鳴らず笑いが耳朶間近で響く。オレはひときわ音高く、ずびぃっと鼻をすすり上げてやった。
 そしたら、心底可笑しそうに、

「いいんじゃない? そのうち、鼻水と涎垂らして喘ぐんだし?」

 なるか、クソッタレ!
 吐くならあっても、誰が喘いだりなんかするもんか!

 なんて。
 心のなかで、めいっぱい大声で叫んでたオレが実際のとこ、言えてたのは、やっぱり奴のいうとおりに喘ぎだけで。

 しなやかな手が暗闇でオレをまさぐって、その手の後はどこもかしこも、熱くなった。
 オレの前が雫を垂らしはじめて、オレは項垂れる。
 信じられないほど器用な指が、先のほうや根元や袋を掠めては撫でて、摘んで刺激を与えていた。

「は…っ、あ、ぁ…」

 覆いかぶさってる重みはそのままに、指先だけはまるで自由なように思えた。
 ぬるついたものが、オレの後ろのほうに伸びる。

 オレの身体が、竦んで強張った。
 小指だから大丈夫、なんてささやきが聞こえた。
 うそ、つけ!

「…ゃ、いや、だ…! 」

 絶対に今オレに入ろうとしてるのは、小指なんて細いもんじゃない。
 人差し指だってこんな太くないし気持ち悪くない。

 ヌル、と入ってくる感覚が、オレの背筋を強張らせる。
 ぐぐぐ、と突っ込まれたものが、やんわりと出入りを繰り返し、同時にオレの前も刺激が激しくなる。

「あぁ、あ…っ、んぁ…っ」

 後ろの気持ち悪いのと、前の熱くて融けそうな感覚が、暗闇の視界に混じっていく。
 吐きそうな塊が腹のなかに溜まっていくようで、でも体中が熱い。

 しごかれる敏感な部分が、もう解放されたがって震えていた。
 後ろの刺激が気にならないほど、熱くて気持ちよくて堪らなかった。
 出して、と声が漏れる。
 ふふ、と吸い付かれた首筋で笑われた。

 指がゆっくりとした動作になる。
 かわりに尻の奥で抜き差しされている指が、大きく中に入り込んで、オレは息を詰めた。

「う、ぁ…、気持ち、わるい…っ」
「痛くないんだね、よかった」

 よくねえ!
 オレの内臓は要らない挿入物に全力で抵抗していて、とにかく異物が気持ち悪くて、でも下腹に溜まる熱さがそれを覆い尽くしていたから、本当は気持ち良いのか悪いのかも正直わからなかったけど。

 でも、そのときの酷い言葉にオレはまた涙ぐんで。
 気持ち悪いっていってんのに、止めてくれない圧倒的な力と、抗えないうえに勃って濡れてる自分が情けなくて。
 鼻を啜り上げたら、なぜか慰められるように前を撫でられた。

 きっと、それもヤツの計算のうちで。
 オレは喉をのけぞらせて、破裂しようとする熱を、なんとかやりそごそうとした。
 後ろで蠢いてる気持ち悪い指に意識を集中して、敏感な先を擦って、ぎゅぅっと締め付けてくる快楽を堪えようとして。

 でも、無理で。
 後ろの指が、いっそう奥に押し込められた瞬間。

「―――、ふあぁぁ…っ、…!」

 搾り出すように前を弄られ、オレは熱を吐き出した。
 二度、三度と身体が震える。

 腕を一括りにされているから自分ではよく分からないけど、むぅっとした臭いがオレの鼻について、いつのまにかむき出しにされてた太腿のあたりにも、滴のようなものを感じた。




2008.6.8