それ、お願い?




 まだ前線部隊は再出発してないかとキョロキョロしつつ歩いていると、包帯を巻いて、いかにもさっき怪我してきました、な風体の忍びたちの顔が、一様に明るい。
 やたらニコニコしている。

 ふと、この任務が大規模ながら、予定では短期間で終るという見通しだったことを思い出した。
 もしかして、戦闘が終結したのだろうか。
 期待と不安が沸き起こる。
 早くあの陰険上忍から解放されるって期待と、彼女と親しくなりきれないまま解散しちまうかも、って不安だ。

 気持ち足早に、野営地を突っ切っていく。
 上忍のテントはこの扇形に広がっていた野営地の付け根のようなところにある。
 中心には作戦本部としての大き目のテントがあって、人が入れかわり立ちかわりに出入りするから、ちょっとした広場のようになっていた。

 一昨日からのやりとりで、オレの顔はけっこう知られてて、広場の真ん中をつっきって行く間にも、頬に視線を感じてた。
 まあ、現場長に役立たず扱いされてたてついて、あげくその付き人にされてりゃあ、野次馬根性の穂先ぐらいはくすぐるだろう。
 毎日リンチされてんのかな、とかさ。

 あいにく、というべきかそういう虐待は受けてないけどな、ありがたいことに。
 酷い扱いはうけてるけど。

 テントを目の前に、オレは少し足を緩めて、そして戸布の前にきて、立ち止まってしまった。
 中に先客がいる。
 しかも、声から察するに、なんと探してた彼女だ。
 居ないと思ったらこんなところに居たのか、と安心できないような場所だ、ここは。
 中から、ときどき声が漏れてきてるけど、明るい穏やかなものでなくて、緊迫した硬いものだし。

 オレは立ち止まって、躊躇う。
 結界がテントの周りにはられてなかったってことは、入っていいってことなんだけど、だからって深刻な話の邪魔をしていいってことじゃない。
 時間にすれば短いあいだなんだろうけど、オレがウンウン悩んでると、ふいに声がはっきり聞こえてきた。

「そんな…! 私、そんなつもりじゃ!?」

 ぅおっとー。
 ビビったオレは思わずのけぞった。
 それぐらいの剣幕だった。

「―――…だよね、残念だけど」
「嘘です!」
「そんなの―――…第一、ウソ…、得にも…―――」
「だって…!」
「仕方な――…って、…じゃないの?」
「そんなこと…! ただイルカが困ってたみたいだったし…っ」
「イルカが? そんなのミエミエで―――」

 緊迫しすぎてるやりとりに、オレはもう逃げ出したかったけど、そうはいかなかった。
 だって、声の片方、彼女じゃないか。
 なに話してんだよ。

 しかもほぼ怒鳴りあいって、どういう話し?
 オレの名前がでてるのも不穏すぎる。

 ここはテントに乱入したほうがいいのか、それともやっぱり聞かなかったことにして逃げた方がいいのか、まごまごしてたオレだったが、いきなり、テントの中の声がひときわ甲高くなって、バサッと入り口の垂れ布がまくれあがった。

「分かりました! すいませんでした! 失礼します!」

 威勢の良すぎる啖呵ででてきたのは彼女で、しかも入り口間近でオロついてたオレとばっちり目があってしまった。
 完全に吊りあがった彼女の目。
 咄嗟に、宥めるように笑ったオレを誰が責められる?

 シュッ…と風をなにかが掠める音が響いた。
 次の瞬間。
 オレの頬が、バチンと盛大な音を立てていた。

「悪かったわね! もう声なんかかけないから、安心してよね!」

 頭がぐわんと鳴るぐらいの衝撃と、その絶叫。
 間違いなく、広場中に鳴り響いてた。
 な、なんで。

 張り手の痛さと衝撃でよろめいたオレを放って、彼女はさっさと広場を横切っていってしまった。
 踏みしめる足取りと怒っている背中が、あまりにも力強かった。

 それを追いかけようと何歩か足を踏み出したけど、あまりにも自分が情け無いような気がして、力なくオレは立ち止まってしまった。
 項垂れる。

 オレ、なんかしたっけ?
 公衆の面前で平手打ちされるようなこと。
 昼間の時点では、凄くいい感じだったのに!

 わけが分かんなくて、でも頬が痛くて手を当てたら余計惨めな気がしてきて、涙が滲みそうになったオレに、容赦ない、軽すぎる声がかかった。




2008.6.8