それ、お願い?
「…あらー、なにかな、その吸い付きたくなるよーなたるんだほっぺた。朝の仏頂面はどこいったわけ」
開口一番そんなセリフで、オレはそれを丸っと聞かなかったことにして、無言で仕上がった防具やら薬やらをずいっと彼の前に押しやった。
「―――これができあがった分です。それではオレはこれで」
って、そそくさとテントの中から去ろうと思ったのに、すかさず奴の指がオレの頬を容赦なく引っ張った。
いてえ!
痛いって、その力加減!
暗部のすげー爪、喰い込んでるし!!
「ちょっとー、どうしたのかって訊いてんだから答えなさいよ」
「いてててててて」
「聞いてんの?」
聞いてるって! その前にこの指離せよ! じゃなきゃ話せねえっつーの!
…というのは心のなかの声で、実際は涙が滲みそうな目で、顔を面の境目あたりを睨み上げただけだったけど、なんでかパッと離してくれた。
「ぃてー…いえ、別にたるんでません。失礼ながら見間違いではないでしょうか」
「ふーん?」
「それでは失礼しますっ」
とにかく逃げろとばかりに背を向けたオレの首根っこは、即座にがしっと捕まれた。
当たり前だが、後ろから引っ張られて、ぐえっと変な声がでてしまった。
「ちょっと、あんた俺の付き人でしょうが。なにソッコーどっか行こうとしてんの。弛んだ顔はまあ今はいいことにしといてあげるけど、仕事はちゃんとしてよね」
うぅ…。
とりあえず誤魔化せたのは良かったけど、オレは再びどっさりと仕事を与えられ、明日の朝までに必ず仕上げておくようにと、いいつかったのだった。
人使い、荒ぇ。
忍びとしては尊敬できるけど、人としちゃ全く尊敬できないどころか単なる嫌な奴だよな!
とブツブツ呟きながらの徹夜作業。
戦闘能力はあるのに後方に回されて一日裏方作業だ。
腐るなっていうほうが無理だよ。
だいたいいっつも顔を面で隠してるし、性格も顔も悪いんじゃねえかとか言いたくなる。
絶対、ひねくれてて顔が歪んでるに違いない!
そりゃあ…なにかの意図があるのかもしれないけどさ。
昼間の彼女は、そういってオレを慰めてくれたけど。
薬品で脚甲を擦りながら、彼女の優しい言葉を思い浮かべて、一晩中手を動かし続けた。
ニマニマしてたかもしれないけど、多少頬が奴のいうとおり弛んでたって、一人で作業してたんだからそれぐらいいいじゃないか。
単純だと笑わば笑え。
あんな、正面きって現場の長にたてついたオレにわざわざ気を使ってくれるって、絶対に幸せの予感ってやつだよ。
人生初のそれに辛くても浮かれてたって仕方ないってもんだ。
そして翌朝、疲れた顔をだしたオレに、はたけカカシ上忍はいった。
「あんた、昨日、薬品部のテントで作業してたんだって?」
唐突にいわれて、怪訝ながらも頷くと、はたけカカシはオレの磨いた武具を身に着けながら、小さく顎をしゃくった。
ふと、そのつけている面が、昨日オレが磨いたものだと気づく。
「薬品部のうるさい奴が、忙しいから人回せっていってきたからあんた手伝ってきて」
はい、と頷いてテントから退いたあと、オレは小さく「ぃやったー」とガッツポーズをした。
なぜなら昨日の彼女は薬品部の子だからだ。
もう少し話せば、里の電話番号とかきけるかもしれない、なんて浮かれてたオレは、テントの透間からの、ヤツの視線に気づくわけもなかったのだった。
2008.6.8