それ、お願い?
行きたくねえ! と思いつつ渋々向かったテントで、オレは散々こき使われた。
作戦が始まるまでの短い間だっていうのに、血糊のついた面やベストや甲をたんまり渡されて、綺麗にするようにいわれたかと思えば、それが終わったらクナイを磨いで、ついでに千本も数セット用意して、そのあとに備品から術と薬のセットをいくつか用意しておくように…等々、前線任務なんて妄想の産物だったのかも的な雑務に埋め尽くされてしまった。
トドメとばかりに、「あ、それが終るまで戦闘に参加しなくていいから。てか、来たら命令違反だから覚悟しといて」とか出立前に言われて。
昨日の晩にオレを追い回してた奴らは何故か、はたけカカシと一緒に前線に回されたっていうのに。
オレはちゃんと戦える! って叫びたい気分だ。
もうピカピカに輝いてるクナイを、腹いせに寝袋に試し投げしたいほどだった。
けど、補給部隊のテントの片隅を借りて、研いだり擦ったり磨いたり揃えたりしてる中忍に、そんな目立つことができるはずない。
それに昨日から悪目立ちしすぎだし、オレ。
はあぁ…とため息をついた。それぐらいはしょうがない。
ため息ついても憂鬱なのは晴れないけどな。
まったく、この任務についてから、オレにはいいことが一つもないな。
さーて次はこの血塗れの欠けた豹面を修復するか、と手を伸ばしたオレの視線の先に、不意に、すっとつま先が入ってきた。
見上げると、知らない女の子が立っていた。
オレと同じぐらいかな。
「あの、さ。もうお昼だから…配られてたし、もらってきたよ」
目の前に差し出されたのは緑葉にくるまれた握り飯の包み。
差し出しているのは、肩までの水色の髪と、ちょっと吊り目できつそうな顔だけどぽってりとしてる唇がピンク色で、全体的にあどけなくて可愛い、ぶっちゃけこれで胸がメロンだったら深夜番組に出れるなっていう感じの女の子だった。
オレは自慢じゃないがこのかた女の子にモテたことはない。
犬猫を驚かせて友だちと遊べば眉を潜められ、ちょっといいなと思った子には話しかけるきっかけが欲しくて、色のついた口を囃し立ててたら女の子は先生にリップを取り上げられて嫌われたり。
ちょっと成長した今だってそう大差ない。
要するにこんな場面は生まれて初めてだ。
ぽかんと見上げたままのオレに、女の子は包みを足元に置くと、横に腰を下ろした。
薬の匂いのなかに、ふわんと違う匂いが広がった気がした。
「朝からずっとやってたでしょ? ちょっと休憩したら? …はたけ上忍もそこまで言って無いんでしょ…?」
気遣うように横から覗き込まれて、オレはハッと我にかえった。
「え、ああ、うん。…大丈夫」
「良かった!」
ぱぁっと開いた笑顔はまるで花のようで、オレはさっきまでの腐った気分が嘘のように消えていくのを感じた。
代わりに、ふわふわと尻が落ち着かなくなった。
「じゃあ一緒に食べましょうよ。こっちとそっちのは具が違うのよ。あのね、こっちが―――」
悲運のなかにも思いがけない幸運が突如湧いて出たような気がして、オレは彼女の説明を聞きながら、半分夢見心地だった。
日が沈みきる前、前線部隊を引き連れていったん戻ってきた上忍が、一目で浮かれ気分を見破るぐらいには。
2008.6.8