それ、お願い?




 翌朝。
 すぐにその誓いは破られた。破ったというより破られた。
 元凶に。

「あ、そこの顔にでっかい傷のある間抜けそうな中忍!」

 朝っぱらにいきなり呼ばわれて、昨日のことの説明があるのかそれともやっぱり関わりにならない方が良いことで呼ばれるのか、って躊躇った数秒間。
 周りにいる人影も気にせず、大声で。

「あんた、俺付きになったからよろしくー」

 うわぁ!
 この時ほど、呼ばれたら素直に行けば良かったと後悔したときはなかった。
 一斉に周囲の視線が俺に集中。
 冷や汗がドッと吹き出して、オレは慌てて、ゲラゲラ笑ってる銀髪の上司に駆け寄った。

「じょ、冗談はやめてください!」

 小声で言い返すと急に真顔になって、

「それ、お願い?」

 と訊いてきた。
 とっさにオレは首を横に振る。
 覗き込んでくるような姿勢とともに言われた声音が真剣そのもので、本能的に首が動いていた。

 絶対、ヤバいと思った。
 なんか迂闊に「お願いです」とかいおうものなら、引き換えに大事なもんをとられそうな気さえした。
 結果的にはそれは正解だったようで、なーんだ、と呟かれた声は、一転、つまらなさそうなもので。

「ま! 冗談でも何でもないから。アンタ、この任務のあいだはオレの身の回りの世話ね」
「だ、だから、可笑しいでしょう! 俺はマンセルを組んでますし、誰かの付き人するためにここに居るわけじゃありませんから!」
「そんなこといっても決まったし」
「アナタがどうせ決めたんでしょう! オレは戦えます! 付き人なんて嫌です!」

 言った!
 言い切ってやった!

 もう昨日からオレの沸点低い血圧は上がりっぱなしだ。
 不敬罪で前線に回されたって本望ってやつだ。

 顔を真っ赤にして肩を怒らせてるオレを、はたけ上忍はたっぷり五秒は眺めてから、またしても「それ、お願い?」などと訊いてきやがった。
 オレは当然、叫ぶ。

「ちがーう! 違うつってんだよ、このボケ! オレはあんたの理不尽な命令に抗議してんだよっ、この…ッ、タコやろう!」


 ―――。
 当然ながら、―――言い過ぎた。


 全員とは行かなくても少なくない上忍や中忍が居て、こっちをチラチラ気にしてるような公衆の面前で、現場の最高責任者を、しかも暗部姿の面をつけた忍びを、ボケだのタコだの罵ったのだ。
 前線どころか懲罰ものじゃないか。

 言ったとたんに、赤い顔から青く変色したオレの顔。
 じっとこっちをみる面が、当たり前だけど無表情でこっちを見てるのがさらに不気味で、オレは唾を飲み込んだ。
 いまこの瞬間に、首の骨折られてもしょうがないかもしれないとさえ思った数秒間はとてつもなく長かったが、やがてあっさり言われたのは、

「命令ってそういうもんだから。じゃ、そういうことで。顔洗ってメシ喰ったら俺のテントにきてね」

 とかいう言葉で。
 そのまま上司は何事もなかったかのように去って行き、昨日の晩と同じように、オレは取り残されたのだった。




2008.6.8