それ、お願い?
上忍の言葉の、それも後半部分だけだけど、意味が分かったのは夜のことで、迂闊にもオレは自分が役立たず扱いされたことからまだ立ち直れていなかった。
森も静かになる夜半。
突然に、不貞寝していたテントの布むこうで、出て来い、という男の低い声が聞こえた。
あんまりいきなりの声で気配もなく、驚いて飛び起きたけど、腰を上げるにはちょっとした気合が必要だった。
だって、男の声は隊を組んでる仲間のもので、テントの外は暗い森。周りからは荒んだ気配。要するに、制裁ってやつだ。
動機は、同じ隊の間抜け面のおかげで昇進のチャンスが無くなったってところだろう。オレだって制裁まではいかなくても、一発殴りたいぐらいは思うから分かった。
分かったけど、ヤキ入れは正直勘弁願いたい。
ヤツ当たり、やっていいのは、アカデミーまで!
なんて標語(字余り)まで頭に浮かびながらテントを出ると二人の黒い影がオレの脇にスッとついた。
威圧感に背中を押されて、足が向かっているのは森のもっと奥だ。
ホント、冗談じゃないよ!
逃げようとしたけど、相手は二人で中忍として経験も上で、隙をみたつもりで走り出してみたけど逃げられずに、オレは高い木の上で追詰められてしまった。
うわ〜、どうすっかな。
遠くない場所で、オレを探して草を踏む音がガサゴソうるさい。
一発ぐらいならいいかな、と思わないでもないけど、どうもオレが一目散に逃げたことで余計に血が上ったみたいで、いまさら一発で終らせてくれそうにない。
それに、なんでオレが殴られなきゃいけないんだ!
悪いのは見掛けで判断しやがった、上司のアイツだ!
なにが写輪眼だよ、ただの思い込みの激しい若白髪じゃないか!
あんなヤツに負けるか!
絶対に出世してやる!
そう夜空の月に向かって、拳を握って誓った。
下じゃ、ガサゴソがもうほんとに近くなってたけど。
うぅ、やっぱ殴られなきゃダメか…。
硬い拳のまま、がっくりとオレは肩を落として、じゃあ覚悟をきめて下に降りるかって枝から腰をあげたとき、どこからともなく、軽薄な声が響いた。
「ねえ、助けてあげようか」
「!?」
驚いたオレは、思わず枝から滑り落ちそうになって、助けるどころか反対に危なかった。
心臓が一瞬止まったぞ!?
聴こえた声は、下でオレに怒鳴ってる声じゃなくて、若くて、通りが良くて、ちょっと間延びした…昼間にめっちゃムカついた声だ!
「はたけカカシ!」
思い出しムカつきが激しくて、つるっと呼び捨てにしてしまった、小声で。
すると枝葉の暗がりから、くつくつと笑い声。
うわ、キモい。
同業者にもどこ居るか分からない忍びっぷりって、凄いとおりこして、怖いしキモイ。
「覚えててくれた? ま、昼間のこともう忘れてるんだったら、ある意味トリも羨むお気の毒、ってやつだろうけど」
なんだその言い回し! トリ頭って言いたいならそう言えってこの遠まわ白髪!
…ていうのは心のなかの罵倒だった、っていうのは一応言っておく。
だって、下じゃまだ罵声は続いてるし、仮にも上司だってのは、トリ頭じゃないオレは覚えてた。
でも声は続く。
「でさあ、殴られるのもお気の毒だよねえ。俺ならぱぱっとヤっちゃうよ? 反対にボコっちゃうよ? ね、俺に助けてほしい?」
聞き間違いじゃないだろう、そのワクワクした声音。
お陰で反対に目が覚めた。
なにいってんだこのやろう!
「…ってか、止めんのはアンタの責任だろーが!」
そうだよ!
だいたい個人的事情で同里の忍びに危害を加えることは、里の内外問わずに禁止されてるし、任務なら現地の責任者が事態を収拾すべきなんだよ!
下のこともかまわずに叫んだら、一拍おいて、アハハ〜なんてクソ呑気な笑い声が響いた。
代わりに下の怒声はぴたりと止んだ。
「ざーんねん、トリ頭かと思ったのにちゃんとアタマ回ってるじゃない。泣きつくとこが見たかったのにぃ」
「な…っ」
あんまりなセリフに言い返そうとした瞬間、下で「グオッ」だか「グェッ」だか分からないような呻き声が聴こえて、それきり何も聞こえなくなった。
ついでに銀髪上忍の気配も綺麗に消えて、しばらくして恐る恐る降りてみると、オレを追いかけていた二人も見当たらず、オレは取り残されていた。
自分のテントまで戻りながら、オレの出した結論は、上忍の八つ当たり、または気まぐれにつき合わされたんじゃないだろうか、いやきっとそうだ、そうに違いない、というものだった。
ていうかあの上忍は絶対ヤバイ人だ。
アッチいってる人だ。
関わらないほうがいい人間だ!
とりあえず出世はしたいけど、この任務は大人しくしてよう。
素直に後方任務でさっさとおさらばしよう!
オレは拳を握り締めて、そう誓ったのだった。
2008.6.8