赤い実




「分かりました」

 イルカは納得した。
 来たことを後悔などしていないが、少年には申し訳なく思った。
 長もまた申し訳なくおもっていると顔で語っていて、イルカは微笑んだ。少年から敵意を向けられたときは驚いたが、経緯に悪意はないだろう。

「そういう事情であれば、仕方ないことかと思います」
「そうかい?」
「はい、むしろあんな立派な挨拶をできるほどです、新参者の俺などより、年少の子どもたちについては、馴れた彼にこのままま任せてみてもよろしいのでは?」

 彼のあの様子をみれば、イルカとの交代にまだ了承しているわけではないのだろう。イルカとしてもこれから三年暮らしていく場所で、波風を立てたくはない。
 事前に知らされた内容に、里の子どもの年齢や人数もあり、それには授業を受けはじめる七歳の子どもから、義務教育の終了とされる十五近くの子どもも居た。
それぞれの年齢の構成数こそ少ないが、下を彼に、そして彼を含め上をイルカが見ればいいのでは、と安易におもったのだが。
 若い長はますます苦そうな顔をした。

「それが…もうちょっと上の子も見てたりして」
「上、ですか? それは十二あたりでしょうか」
「いや…もう少し上だ」
「上…十三ですか?」
「いや、もう少し」

 ますます苦しくなっていく里長の顔に、イルカもさすがに頬が引きつり始めた。上、というともう後がない。

「まさか…全ての年齢を教えることができるのですか?」

 カカシより上であれば、六つも離れている者もいることになる。優秀といえど、教えるということはただ習得しているだけでは出来ない。それより先の学習を積んで初めて、教えるということができるようになる。
 ゆえに、十五を教えることができるということは、すでに十五の学習はゆうに済んでいることになり、それはつまり。

「うん、カカシ君はこの里の子どもをみんな教えていたんだ」
「そんな…いくら優秀といっても、それはさすがに…」

 言葉を選びあぐねて、イルカは口を閉じた。
 若い長もどうしたものかという顔だ。説明するべきか、やめておくかと迷う顔。
 イルカも言えるものなら言っていた。

 それはさすがに手前味噌に過ぎるでしょう、と。十五の年齢で修了しておくべき課程は、九つで修めきれるものではない。もし修了しているというのなら、課程のどこかが抜けている可能性もある。
 学院からの課程ごとの修了試験を受ければ、はっきりわかるのだが。

「四代目、彼は試験を―――」

 言いさしたそのとき、カカシとは違う足音が、襖向こうに鳴り、ほどなくして声がかけられた。食事の用意ができたのだという。

「まあ、詳しい話はまたのちほどしよう。今は腹も減っているし疲れているだろう?」

 さあ飯だよ、飯。
 促した長はほっとしたように見えて、イルカは首を捻りつつも、促されるままに腰を上げた。






 そののちに聞いた話になる。
 カカシは確かに十五までの課程を全て修了していた。
 しかも、イルカの知らなかった話だが、学院からの特待生としての招きも受けているという。カカシはその話を幼いからという理由で断り続けているらしいが、実際のカカシを見ていれば口実であることが分かる。

 どんな理由があって街へ行くことを拒んでいるのかは知らないが、カカシを言いあらわすなら一言だ。
 天才。
 それで終わる。
 たいていの場合、見出されるべき才能の持ち主は、里を離れて街の学院へと入学し、勉学に励むことが多い。特待生なら衣食住は保証され、将来も確実だからだ。
 だからカカシが学院の話に頷かないのは不思議だったが、人の詮索は好きではないし、得意でもない。

 カカシを交えての長との話し合いで、九つより下の子どもをカカシへ、十より上の子どもをイルカへと振り当て、授業をするということに決めて以降、イルカはろくにカカシと話をしたことがなかった。
 姿をみるのは朝晩の揃っての飯時と、たまの休日にふらりと外へ出かけていく様子をみるぐらい。あとはたまに書庫の前ですれ違うが、声をかける隙がない。

 子どもたちはみな素直でイルカに懐いてくれ、特にナルトは悪戯もする元気な子どもで、人一倍イルカを慕ってくれた。けれど、授業で苦労することが少ないかわりに、カカシとろくに会話ももてず、正直、情けなかった。
 赴任して早二ヶ月が過ぎ、里の景色が冬の始まりを思わせる色合いになってきてもまだ、まともな会話は朝晩の挨拶と授業の打ち合わせぐらいだ。
 里のだれよりも遠い場所にいる大人びた子ども、それがイルカからみたカカシの像だった。




2006.8