夜の先生




 それからの日々は、これまで、あ〜和むとかいってた日々さえ退屈な日々だったといえるぐらい、オレにとって世界がバラ色になった。
 何もかもが美しくみえるってホントにあるんだね!
 夕方にイルカ先生と待ち合わせて晩酌つきあったり、昼飯をアカデミーの食堂で食べたり、オレの食生活は格段に楽しくなった。
 イルカ先生が好きなものってなんだろうって、周りへの興味は増えたし、イルカ先生に好かれるように行動してたら、なぜか周りのオレへの接し方もよくなった。
 そう、オレはイルカ先生が好きになってしまった!
 タヌ吉、ありがとう!
 きっかけをくれたアイツを大車輪で空中大回転のうえ撫で撫でして可愛がってあげたいぐらいだ。

 もともと、イルカ先生にウソの告白するっていうのも、ちょっとでも嫌いなら、男相手に告るなんて、土台無理な話しだった。イルカ先生相手だから、しょうがないか〜っていう気にもなったんだった。
 でも嫌われたくないって、ギリまでうじうじしてたのも、今から思えば納得だ。
 今でも、あの悪ふざけが知れたらどうしようって思うぐらい、ビクついてるんだけど。

 ちなみにイルカ先生には、オレの気持ちはまったく伝えてない。
 オレはあくまで、親切なナイスガイの上忍なのだ。
 ナイスガイってのは、もちろんあの濃い男のアドバイスだ。  イルカ先生はあいつと気が合ってるみたいだったので、ためしに聞いてみたら、あれこれのやりとりのあと、イルカ先生は面倒見の良いアニキな人柄に惹かれる人なんじゃないかな、という推測がオレのなかで成り立った。

 ガイはしきりに、熱く語れ! とか言ってたけど、無視です。
 それは恋とは路線が違うから。
 ほかにも色んな奴がちょっかいかけてきたり、イルカ先生に声かけてたみたいだけど、オレの恋敵にはならなさそうだったので、爽やかに無視しました。
 さて、そんなわけで二日に一回はイルカ先生に会う努力を続けているオレだったわけですが、そろそろ気持ちを仄めかしてもいいかな〜って思い始めてきたのは、秋の匂いがするころだった。

 イルカ先生も、このころには大分くだけてきて、お互いの家で呑むっていうのもできるようになってきた。
 もはや親しい友人レベルだ。
 名前の呼び方も「カカシ先生」から「カカシさん」になった。
 ふっふっふ。
 恋ってのがこんなに、毎日楽しくて波乱万丈で浮き沈みが激しいものとはついぞ知らなかったよオレは!
 先生が、さん、に変わっただけで、オレは、空にうかぶいわし雲さえつかめるんじゃないかっていうぐらいに、舞い上がった。血管切れるかと思った。

 オレを「さん」付けで呼んだときの、イルカ先生の顔も悪いと思う。ちょっと不安そうに、照れくさそうにしながら、「カカシ…さん」って言ったんだよ!
 そのとき、何も持ってなかったのが幸いしたね!
 なんにも落とさずにすんだし、にっこり笑って、「やっと呼んでくれた」ってからかうことだって出来たんだ!
 すごいよオレ!

 でもそろそろ、そういうオレの心を揺さぶるイルカ先生に、特別な意味で触れないのが、辛くなってきた。
 心を揺さぶられて、フラフラふわふわしてるのが楽しい時期はまだまだ続いてるけど、もっと先に進んでみたいな、って欲がでてきたんだ。
 なんだかイルカ先生も、ふとした拍子に照れたりするから、どうも期待持てそうなんだよね〜、とオレは上機嫌に、今日も彼の家に向かう。

 手土産は一升瓶。
 別に、イルカ先生を酔わせて、その隙に告って手篭めにしようとかじゃないぞ!
 どっちかの家に行くときは、訪れる方が酒か肴をもってくのが、最近できたルールなんだ。

 今日のは、このあいだイルカ先生がラベルがカッコ良くて飲んでみたいな〜っていってた、甕仕込み紅芋焼酎。
 酒ってラベルで呑むものだったっけ、と思いつつも、そういうボケたところが何より好きだって思ってる今のオレって、まさしくあばたもえくぼ状態だ。

 首尾よく目的の酒を手に入れて、夕飯過ぎたころに、彼の家の前に到着。
 古ぼけたアパートの窓に、灯かりがついてるのがみえる。
 イルカ先生が居るんだと思って嬉しくて、足取りも軽く錆びた鉄階段を登っている途中、オレはアレ? と首を傾げた。
 なんか気配がする。

 イルカ先生のひそひそ声もオレは聞き取って、階段を登り終わった通路で、立ち止まった。
 イルカ先生の部屋で、誰かがイルカ先生と話してる。
 でも誰だかはわからない。

 知ってる奴のような気もするけど、全然違う気もする。
 今日の飲みはべつに約束してたわけじゃないし、一昨日に、じゃあこんどは俺の部屋で飲みましょうね、ってイルカ先生がいってたから、一日は我慢したオレが今日やってきた、っていうだけのタイミングだ。
 とりこみ中なら帰ろうかな、と踵を返した俺に、ふと、知った名前がうっすら聞こえた。

「さんざ…」

 あれ、とオレは足を止める。
 耳をすました。
 でも、さすがにドアの向こうの気配の有無はわかっても、囁き声の内容は、離れていると難しい。
 単語ならちょっとは分かるんだ。
 さっきみたいに、さんざ、だとか、イルカ先生、とか、だから、とかそういう言葉は。
 オレは、ごめんね、と思いながら、イルカ先生の部屋の前に移動した。

 気配を消して中をうかがう。
 室内にはどうやら二人。一人はイルカ先生で間違いないけど、もう一人は、じゃあ、三左衛門か?
 派手な物音はしない。
 言い争いもしてないみたいだけど、オレは無性に気になって、壁に背をくっつけて耳をすます。

 くそー、もっと大きな声か、もしくはいつもの大きさの声で喋ってくれたらいいのに。

 イルカ先生の声はよく通るからすごく聞き取りやすい。
 でも今のイルカ先生の声は、低くくぐもっているみたいだ。ほとんど聞こえない。
 焦れたオレは、もうヤケだとばかりに、アパートの屋根に飛んだ。
 本当はしちゃいけないし、早々やりたくもないんだが、天井から覗き見だ。
 イルカ先生も忍びだから慎重にしないとね!
 そんな決意を胸に、オレはするりと天井裏にもぐりこんで、慣れたもんだから即行でイルカ先生の部屋の上にたどり着いた。

 透間から覗きこんだら―――居た。
 二人。
 イルカ先生と、もう一人、見知らない姿の青年。

 髪が茶色いぐらいしかわからなかったが、そんなことより問題は、その男がイルカ先生を押し倒してることだった!
 オレときたら、呆然。
 思考が止まるほど衝撃をうけるって人生初だよ。
 そんなオレの目下で、

「…頼む、な…? よく考えて」
「……」
「俺ももう一度、よく考えてみるから…ん、…おい、やめ…ぁ…」

 男の手は、明らかに畳へ押し倒してるイルカ先生の服の下に入ってた。
 オレ、真っ白。

「どこでこんな、…ぅ、く…こんなこと、覚えてきたんだ」
「イルカ先生が教えてくれないから、見て、覚えた」
「見てって…んなの、無理……ア…ッ」
「無理じゃないよ、だってイルカ先生、気持ちよさそう」
「ばっかやろ、くすぐったいだけだ」

 なんていってるイルカ先生が強がってるんじゃないかっていうのは真っ白なオレでもわかったよ。
 うぅ…。
 なにが悲しくて好きな人の濡れ場をのぞき見なくちゃいかんのだ。
 合意の上かは知らないが、イルカ先生が無理に抵抗してないところをみると、強姦ではないんだろう。
 だったら、オレの出番はどこにもない。
 あと、オレがするべきことといったら、尻尾巻いて家に帰るだけだ。
 衝撃のあまり真っ白なオレは、イルカ先生をまさぐってる男は、イルカ先生の生徒なのかな、とかぼんやり思った。
 だってイルカ先生、なんか押し倒されてるのに「先生」してんだもん。
 顔紅くしてるくせに、怒るみたいに目線強くしてたり、崩れないぞって身体硬くしてたりするのなんか、すごく「先生」してる。

「そんなことないよ、だって、ここ、ちょっと硬い」
「うわ、ァ、んな、とこ…触んなッ、ィ、やめ、三左衛門…ッ」
「イルカ、先生…好き…」

 それに、押し倒してる若造も、せんせい、って呼んでるし…。
 ん?
 え、あれ?
 さんざえもん?
 …………………。



「――――――、…こおおぉぉぉらぁあ!!」








2007.9.2