黄金シャワー







 というわけで、オレはいま、木のてっぺんあたりで気配を完璧にけして潜んでまーす。
 季節が季節だからさむーい。
 なんでって。
 あのあとイルカ先生、見つかんなかったんだよね。
 中忍なのに!
 オレ、上忍なのに!
 上忍のコケンとかいうやつもないよねー、とか上忍室にタムろってる奴らにからかわれたけど、イルカ先生だからいいの!
 恋は人を強くするのです。

 でも次の日も、そのまた次の日も、里中探しても居なくて、え、あれ、なんで? って不安になったんだけど、そこはそれ!
 オレは鼻が利くと評判の男ですよ。
 イルカ先生は、いつ終わるともしれない他国の内戦鎮圧の、前線へと派遣されていたのでした。

 受付君からこころよく教えてもらったときには、おもわずこの理不尽な世の中にたいして、殺気がでちゃった。
 でも、こんなところで無垢な人たちを脅かすヒマがもったいないってことで(だがしかし、イルカ先生がそんな任務受けるの引き止めてくれたらいいじゃない! お前が行けお前が! とおもったけど、なんだか受付君が顔色ミドリ君になってたから調子悪いのかとおもって止めてあげた)オレはさっそく、イルカ先生のもとに飛んだのでした。
 ところが話はうまくいかないのでした。
 オレは首尾よく、このよく効く鼻で、イルカ先生の位置を割り出したものの、戦況はまったく不利らしく、引き上げ中だったらしいんだよね。
 で。
 里の方針としては、政治上での問題で、里の忍びを消費させたくないってんで、犠牲がでるまえに引き上げろ、ってことだったらしいんだけど、隊のなかに、現地非戦闘員の引き上げも同時に行うべきだ、って人がいたらしく。
 それがイルカ先生かはわかんないけど。
 結果的に、隊の一部の人間が、現地住民を守って、里とは反対の国境へと向かったらしいんだ。

 そしてもちろん、そのなかに、イルカ先生が居る、と。
 バッカじゃねえの!?
 とオレは言いたい。
 里の忍びの基本は、依頼と金だ。
 依頼でもなく、金にもならないものを、すすんで引き受けることは里の主義に反する。

 だから、馬鹿だ。
 でも、馬鹿だから、イルカ先生なんだ、…よな。
 おっきな矛盾と建前っていう荷物を背負って、それでも助けを必要としてる人を助けに行っちゃうのがイルカ先生だ。

 それを知ってるからオレはイルカ先生が好きなのだし、かつ押し倒したいとおもうわけだ!
 ムラムラするわけだ!
 重い荷物を背負ったイルカ先生が、嬉しそうに笑ったときにはドキドキするし、しんどそうに笑ったときには、楽にしてやりたいなあ! と心底おもうわけだ。
 気持ちよくして、楽しくさせてやりたいなあ、って。
 大好きイルカ先生!

 っと、いけない。
 今はじつは隠密中だった。
 そうそう、だからオレはいま明け方直前のしらじらとした、真冬の空を眺めつつ、木のてっぺんでたそがれてまーす。
 こんもりしげった木の根元のほうには、イルカ先生とその他、この他の忍び君たちが寝てます。
 疲れ果てて。
 木の葉露のふりをして




 イルカ先生の顔に涎を垂らしてみたいな




 と思わないこともなかったが、他のヤツに落ちたらイヤだからやめておいた。
 まあ、戦闘ができなさそうな人も居なくて、木の葉の額宛してる奴らばかりだ。
 位置を考えても、無事に国むこうまで送り届けてきたみたい。
 おつかれさん。
 そしてオレは、せっかく追いついたというのに、こうやってイルカ先生じゃなくて朝日を眺めつつ、周囲に散開したオレの忍犬くんたちが、警戒の唸りをあげないかと、耳と目をこらしているわけだ。
 あ〜、オレってけなげ。

 まあ実をいうと、まだこのあたりにいるだろう敵さんの残党処理隊がちょろっとこっちにやってきてくれないかなあ、とかおもってた。
 そんで、イルカ先生が危機的状況に陥ったときに、オレがさっそうと出ていったらカッコ良くない? ね、ね。
 きっとイルカ先生オレに惚れるね!
 そしたら二人でイチャパラだ!
 なーんてことをウフフムフフ考えていたら、遠くで

 ウォン!

 犬の咆哮が響いた。
 来た!
 おいでませ!
 案の定、敵さんのほうは突如響いた警戒の鳴き声に、あたりの空気をピンと張り詰めさせた。
 その気配に、こずえで休んでいた鳥たちが羽ばたき、もちろん、木の下のイルカ先生たちもあっというまに飛び起きた。
 うんうん、速さはごうかっく。

 目覚めたばかりで、周囲を警戒するイルカ先生たちをオレは観察する。
 敵さんの気配はどんどんこちらに近づいてきて、イルカ先生たちは場所を移動するかどうか目配せをしたみたいだった。
 けれど、休憩をとるまえに、イルカ先生たちはこの周囲に罠をはっていた。
 だからいま慌てて移動するよりも、やり過ごしてからのほうが有利だと判断したみたいだ。

 結果からいえば、それは計算違いとなった。
 オレからいえば計算どおりなんだけど。
 敵さんはあんがい賢く、イルカ先生たちを取り囲むことができたみたいで、あたりは緊迫に圧し包まれた。
 木のてっぺんにいても、それは伝わってくる。

 オレはするすると木の枝を慎重に滑り降りて、枝葉のわずかな隙間からイルカ先生の姿の一部をみえるぐらいまで、近づいた。
 もちろん、イルカ先生の危機一髪を助けるために!
 そのまえに危機一髪に陥ってもらわないと!

 オレ的事情のために、敵さんたちはじりじりと間合いを詰めてくる。
 でもあと一歩のところでなかなか進まない。
 なにしてんだよもう!
 さ っ さ と 襲 え っ て !

 オレがイラ…ッとし始めたときに、敵さんの囲いのなかから声がした。

「誰だ! 誰が隠れてやがる!?」

 おっとー。
 オレとしたことがピンク色の未来を夢みてうっかりしちゃったかー。
 と思ったけど、木の下のイルカ先生たち、そろって「は?」とかいってる。
 いやいや、「は?」じゃなくて。
 そしたら向こうさんもツッコンだ。

「シラばっくれるな! 怪しい気配がしやがる!!」

 まいったなー、向こうさん、気配に鋭いやつが来てるのかなー。
 オレ、どうやってもいま不審者だもんねえ。
 でもいま出てっても、タイミング的にオイシくないんだけどなー。
 颯爽とヒーローになりたいわけですよ!
 と思ってたら、

「ナニわけのわかんねえこといってやがる! オラ! さっさと来いよ! その首かっきってやらあ!」

 と威勢良くイルカ先生が啖呵を切った。
 おっとこまえー!
 そういう人をぜひアンアンいわせてみたいです。
 ともあれ、イルカ先生は勝算があるんだろうけど(罠がまだ生きてるのがあるし、膠着状態を避けたいってのも分からないではないけどー)そういう危険な手はあんまり褒められませーんよ。

 まあ、今のオレには願ったり叶ったりなんだけど。
 くふふー、とほくそ笑んでるうちに敵さんの殺気がビンビンに膨れ上がってくる。
 よしよし。しめしめ。

「このヤロウ! 弱っちいくせにホザきやがって! 思い知らせてやるぜ!」
「へッ。ビビッてるヤツに限ってキャンキャン鳴きやがる! おら! かかってこいよ!」

 ううーん、男前!
 それにしても、ほんとにイルカ先生、オレにまったく気づいてないみたい。
 まあ、あとはこれで双方が衝突寸前を狙って、相手さん殲滅しちゃえばオッケーじゃない?
 よしケッテー!

「はッ! それで挑発してるつもりかよ! その手は食うか! てめえらの手はミエミエだ! お前の後ろにデカいやつが隠れてやがる! 上忍だろう! 変な気配がビンビンしやがる! 出てきやがれ!」
「ビビってんの言い訳してんじゃねーよ!」
「しらばっくれるな!」
「してねーっつーの!」
「ウソつけ!」
「ついてねえ!」
「ウソだ!」
「じゃねえって!」

 あの、どんな言い合いデスか。
 内心、ツッコミをいれたとき、イルカ先生がもう最高潮にデカい声で叫んだ。

「あのなあ! わざわざこんな森ン中に潜んでる上忍がいるほど、木の葉にゃ、そんな ヒ マ 人 、いねぇんだよ!!
























  出 に く く な っ た 。





















 え、どうしよう!
 ここで出ちゃったらオレ、ヒーローじゃなくて ヒ マ 人 確 定 じゃん!
 とかアワアワしてたら戦闘が始まっちゃった!
 しかもイルカ先生、自分から敵さんのど真ん中に突っ込んでった!
 ダメだって!
 あとでオシオキ決定!
 もー、しょうがないなー!

 オレは焦って、とっさに思いついた土遁の印を切った。

「―――…な…ッ!」

 一瞬、驚いたような敵さんの声を最後に、敵さんの気配は土のなかー。
 オレ勝利。
 土遁で一気に埋めちゃった。
 大技です。

 そして、あっけにとられたイルカ先生たちをオレ置き去り!
 よーく考えれば、ここで颯爽と登場してもよかったんだけど!
 オレのえげつない手で滅殺しちゃった事態にぽかーんとしてるイルカ先生たちに、これまたえげつない目で見られたくなかったわけで!
 ひーん!



 泣いて帰りました。




2007.2.4