てのひらのきおく




 里へ帰って、カカシは医療班から大目玉をくらい、しばらく入院した。
 疲労した身体のまま、さらに術を使ってヘロヘロになって帰ってきたのだから、当然ともいえる。
 その件については申し開きのしようもない。
 任務も結局、他のものが単独でなくスリーマンセルであたることになったらしいし、失敗だった。

 だが後悔はしていない。
 任務は自分でなければ死んでいたということだろうし、もし自分が助かってイルカとであったなら、きっと今に至る。
 きっと、イルカに恋をした。
 けれど。
 退院したあと、大通りを歩きつつ、カカシは反省する。
 強姦まがいはいけなかった。
 イルカは結局、痛みで気を失ってしまい、カカシはうろたえて手当てと処理をしたあとに、力技で術をかけて帰ってきてしまった。
 しかも現場をあのカエデとかいった少女に見られている。
 あれではイルカの任務を邪魔したも同然だったろうから、本当に申し訳なかったと思う。

 イルカが目の前にいないから謝りようもないが、会ったならもちろん謝ろう。それから、もう一度最初から、口説く。もし他里の忍びだったというなら、寝返らせても良い。
 それぐらい、後ろ髪を引かれているのに。
 はあ、とため息をつきつつ、受付所の扉を押した。
 こんなに恋にうつつを抜かしているのに、退院したとたん、また任務か、と憂鬱だった。
 カウンターの前まで行き、顔も上げずに、やる気も全くない態度で立つ。かったるくて仕方が無かった。

「あのー、はたけカカシですけど、任務…」
「はい、はたけ上忍…―――、あ!!」

 はい?
 突然の大声に、カカシはぼんやりと顔を上げた。
 カウンターの向こうに座る、受付所員の顔をみる。

「―――…え!?」

 一瞬、眼を疑った。
 そのすきに、カウンター向こうの人物は、ダンッとカウンターを乗り越え、カカシの胸倉を引っつかんで、こう叫んだ。


「い、慰謝料を要求します!!」


 しん、とざわめきの消えた受付所。
 いちはやく正気に戻ったカカシは、ふーふーと毛を逆立てたネコのようなイルカを、担ぎ上げた。

「あ! なにするんですか! 離してください! 触るな!」
「あとでね」
「後でっていつだこらー!」

 受付所には、イルカの叫び声の「こらー」が、しばらく静けさのなかに余韻として響いていた。




2007