てのひらのきおく




「もう寒いですね、すぐに火を熾します。少し待っていてくださいね」

 カカシは触れられた手を掴んでみた。
 薬草と土の匂いがする、手のひらの皮が厚く硬い。
 まめがある。
 忍び生業由来のものか、畑仕事のものかはあいにく分からなかったが、働き者の手であることは分かった。

「どうしたんですか?」
「いえ、なんとなく」

 あったかくて気持ちいいなあと思っただけだ。
 自己懐疑に陥りそうになったカカシを浮上させる、暖かさで。
 だが正直にいうのも子どもみたいで誤魔化すと、勘違いしたのか、

「あ、もしかして目が痛むんですかっ? どうしよう、俺、湿布ぐらいしか知らなくて…っ」
「ああ、違うんです。ごめんなさい、痛くはないんです。ただ…開かないだけで」

 カカシは離したくないと思いながら、手を離した。

「大丈夫。イルカ先生のおかげでこんなに元気になったから、目もすぐ開きます」

 目が見えなくなってから、気配にいっそう敏感になった気がする。イルカが心配そうにするから、カカシは安心させようと、思いついたまま適当なことを言ってしまった。ウソではないけれど、正直者でもない。

「それより俺が手伝えること、ないですか」
「え? カカシさんにですか?」
「はい。お世話になってばかりだし、俺にできることがあれば」

 しばらく考えていたイルカが、じゃあ、と言い出したのは乾燥させた薬草をすりつぶすことだった。
 円盤状で真ん中から両側に取っ手のついたものを、根気良くきしらせていけば良いです、とイルカは言い置いて、バタバタと慌ただしく動き始めた。
 いろりを熾すことから初めて、夕飯の支度のためにだろうか、いろりの辺りに何かを運んではいじっている。その拍子に味噌の匂いがして、控えめにカカシは言いだしてみる。

「あのー…、もしそうだったら悪いんで、違ってたら恥ずかしいんですが、俺のメシだったら心配しないで下さいね。忍び用のね、手持ちのがあるんで、暫らく食べなくても平気です。だからイルカ先生は俺のこと気にしないで下さいね」

 一瞬、まじまじとイルカからの視線を感じて、カカシは間がもたなくてちょっと笑ってみせた。途端に、えぇ!? というイルカの声。

「そんな駄目ですよ。あなたは病み上がりなんですよ。精のつくもの食べなきゃっ。威張れるようなのは出せませんけど、まずいと思うんですけど、食べないと!」

 おっとー、とカカシは軽くのけぞった。
 カカシがおもったより激しい反論をされてしまった。けれど嬉しい気がして、頬が緩む。

「―――いや、もう充分お世話になってますし、こういうとき用のために持ってきてるようなもんなので、本当に気にしないで下さい。あ、でも水だけもらえれば嬉しいです」
「そんなのお安い御用です。でもメシは」
「俺の、忍び用だからイルカ先生にあげられなくて残念です」

 微笑ながら、厭味にも聞こえるようなことを、心底残念だとおもって言ってしまった。言ってから、イルカの本当の立場も知らないことを思い出して、内心汗をかいたが、イルカは引っかかったような間もとらずに、

「そんな! 忍びの方のものなんていただけませんよ!」

 本気であるとしか思えない恐縮の態に、カカシは微笑むだけにしておいた。
 改めてイルカの背後関係が気になるが、忍犬も里へやってしまっているし、帰ってこないことには情報も手に入らない。

「本当にごめんなさい。あとで水だけ下さいね」

 そんな慎重になってしかるべき現状だというのに、自分から飲み水をねだり、相手を気遣って夕餉を断る状況に、カカシは本当に可笑しくなってきて、ますます笑みを濃くしたのだった。




2007