てのひらのきおく
午後から、また眠った。
イルカはカカシに薬湯をだしたあと、村人に呼ばれたといって出かけていった。
カカシは溜まりかけていたチャクラを使って、見えない警戒線を張り、そして口寄せを試してから眠った。
現状と情報の一致を計りたかった。
目が覚めると、イルカはまだ帰ってきておらず、体の重みはすこしマシになっていた。
けれどまだ目は開かなかった。
最初は目の上にのせられていた薬湿布のせいかとおもったが、そうではなく、なにも無い状態でも瞼はカカシのいうとおりにはしてくれなかった。
どうも写輪眼に引きずられて、チャクラが溜まるまで強制的な自衛が両目に為されているんじゃないかと疑ってしまう。
不便で仕方が無い。
上半身を起こして、隙間風のよく通る壁にもたれた。
壁の向こう側から、カカシにしか聞こえない程度の声が聞こえてきた。
村の世帯数はイルカを含めて五世帯ほどで、周囲にとりあえず敵の影はなし。
カカシは礼を言うと、今度は里への現状報告と情報、任務服を調達してきてくれるように頼んだ。
音もなく、小さな気配が去るのを待って、カカシはため息をつく。
夕刻に近づいて気温も下がってきていた。
ただでさえ隙間風が酷い室内は、外気温とほぼ同じで、いろりを熾したいというのに、薪がどこにあるのかが分からない。
たとえ分かっても、そこから埋め火をうつすことも難しく、火遁を使うにも目標が定まらない。目が見えないことは不便で仕方が無かった。
将来、このやっかいもののせいで訪れるだろう生活が、いま予備体験できているのだと喜ぶには、現状は危険すぎる。
とりあえず壁を支えにしてたちあがった。
昼間よりずっと容易く動くことができ、安堵する。
目が使えないから壁から離れることはできないが、ゆっくりとならよろめかずに歩くことができた。
嫌な体の軋みも酷い筋肉痛ぐらいだと思えば、思えないこともないレベルになってきた。
チャクラは眠る前に使ったので、またゼロに近い状態になってしまったが、昨日よりはよほど良い状況だ。
この分では、早々に退去できそうだ、とおもった。
目が見えるようになり、手足が動いてある程度の体力さえ戻れば、いったん里へ戻ってチャクラを手早く回復し、また任務に戻れる。
そして、この目さえ開けば、あの声や掌の温かさとも、お別れ。
歩く足を止めて、考え込む。
現状は危険だと充分認識して、回復にも全力を尽くして、実際、目に見える速度で回復していっているというのに、どうしてたった二日ほどの生活が惜しいと感じているのだろう。
それも大半は寝て過ごしていたようなもので、快適とはいいがたい場所だ。
離れがたいと思う理由がない。
けれど、カカシの内側から、イルカから去りがたい気持ちが湧き起こる。
カカシの居場所がある、とイルカがいった場所は、イルカの傍らに他ならない。弱ったカカシに触れて、水を暖かい手で飲ませてくれたのも、イルカだ。
足先から冷えてくる室内に立ち尽くす。
室内は暗いのだろう、昼間なら瞼に透ける光もなく、カカシの閉じた視界は暗い。
こんな状態では、敵に襲われたりしても刃向かうことなど不可能だし、日常生活さえ不便極まりない。
壁伝いに進む、それだけの動作でさえ足の一歩先に何があるのかも分からず、先の検討もつけられず、手で確かめられない範囲になにがあるのか、分からない。
世界がとても小さい。
その小さな暗闇の傍らに、イルカが居る。
イルカの傍らに、無力なカカシが居る。
むしろ、暗闇に閉ざされているからこそ、イルカの傍に居ることが出来ているのだと、気づいた。
もう、歩ける。
兵糧丸も摂れるし、昼から寝たから少しぐらいはチャクラも溜まった。
目さえ見えるなら、もう。
里に帰るぐらいなら。
「俺が、自分で…?」
呟いて、壁側でないほうの手の先で、自分の目を探った。
眼球を確かめると暖かく、薄皮の瞼が柔らかい。自分の顔の皮であるのに、まるでイルカの肌のようだとおもった。
ふと耳に、わざと立てているかのような、しっかりとした足音が聞こえた。
あれ、もしかしたら。
わざと、俺に聞こえるように?
ガタンと立て付けの悪い音がして、まっすぐな声がカカシに向かう。
「ただいま帰りました。すいません、遅くなって」
部屋で突っ立っていたカカシにびっくりするでもなく、すぐにカカシに寄ってきて、腕に触れた。
2007