上書き保存の恋




 結局、なしくずし的に俺は、はたけカカシと肉体関係を持たされている。
 だってしょうがないだろう。
 帰る前に次の約束をさせられたんだから。

 しかも、口調がまた苛つく言い方だ。
『明後日の晩、受付の仕事が終ったらそのまま、ここに来てください』
 来てください、だ。
 来い、じゃない。
 命令じゃなくてお願い口調なんだ。上忍のくせに。強姦魔のくせに!
 しかも丁寧語だ!

 ああ苛つくなあッ、と俺は夜道の石っころを思いっきりけった。
 石は三日月の灯かりをちらっと受けて、すぐに脇の川にポチャンと落ちる。
 ため息がでた。
 さっきまで、何度目かはもう忘れたが、豪勢な夕飯をはたけカカシと差し向かいで食べて、奢られてきたところだ。

 着飾ったお酌番がついてもおかしくないような料亭がほとんどで、最初こそ緊張したのと意味が分からなかったのとで味もろくに分からなかったが、最近じゃ開き直ってガツガツ食べている。
 そんながっついてる俺を、はたけカカシは手酌で飲みながら、いつもよりちょっとだけ嬉しそうに目を細めて見ていた。

 俺が覚悟していたアッチのほうは、実は数えるほどしかしていない。
 拍子抜けするぐらいだ。
 今日もメシだけで、このあいだもそうだった。
 しかも、抱き方も怖ろしく変わった。
 人を無理やりいいようにした一度目とは打って変わって、二度目は、まるで女を抱くように丁寧で壊れ物でも触ってるようで…俺は情けなさで泣いて止めてくれと頼んだけど、さすがに止めてくれることはなかった。
 気持ち良いことは悪いことじゃないというやつも居るけど、この際、俺にとっては苦痛だ。
 行為自体が不本意なのに自分自身に対しても悔しさを覚えなきゃならなくて、しかも気持ちよくて、それを拒否して、でも受け入れなきゃどうにもならない快感が目の前にあって、俺はそれに負けるんだ。

 一度目よりずっと、死にたくなった。
 徹頭徹尾、無理やりのほうがまだ救いが有るってもんだ。
 憂鬱だあと俺はため息を堪えきれない。

 はたけカカシの目をみるのが嫌だ。
 俺が「はたけ上忍」って呼んだら項垂れた犬のような目になって、カカシって呼んで下さいといわれてしょうがなく「カカシさん」って呼んだら、目が嬉しそうにキラッとなって一直線に俺を見た。そのときに、俺は彼の目が黒じゃなくて、濃い蒼なんだって初めて知った。
 あと、普段、無表情のように平坦なくせに、俺を見るときや呼びかけるとき、あと抱くときにやたら顔が緩んでるのも嫌だ。
 ナルトから聴いた話じゃ、あいつらの前だと無表情でも平坦でもないらしい。ふざけてるのかといいたくなるような、のらりくらりとした態度なんだそうだ。俺の前でみせる表情のことは黙っていたほうがいいな、と俺は思って、ふぅんって返事するだけにしておいた。

 それから、触るときの、腫れ物みたいな触り方も嫌いだ。
 どこの生娘だよ俺は。
 最初にされた酷い仕打ちを俺は忘れられない。
 だからこそ、悪態もでる。
 メシと同じで、まるで償いのように思えてよけいに腹が立つ。

 あと一番嫌いなとこは、あのお願い口調だ!
 アンタさえよければ、って言い回しを俺は何回聞いただろう。
 『〜して下さい』は当然のように言うし、酷いときには『お願いします』って言い方も、ためらいもなく言う。何度、そういう言い方はせずとも構いません、命令でいいです、むしろしないで下さい、といっても無駄だ。
 しかも丁寧語。
 そうだ、さらに彼は俺のことを、先生、と呼ぶ。


 イルカせんせ、と―――。


「―――…あ〜!! もー!!」


 俺を呼ぶ、はたけカカシの声音を思い出して、俺は夜道だというのに絶叫した。
 こんな気持ちは嫌いだ。
 大嫌いだ。
 はたけカカシの目をみて息苦しくなったり、タダ飯をかっ食らう俺をみて嬉しそうな彼に泣きそうになったり、俺の名を大事そうに囁く声が堪らなく感じたりする自分が、なにより嫌いだ!

 あいつは強姦魔強姦魔ゴーカンマ!

 自分に言い聞かせて夜道を急ぐ。
 明日も仕事だ。
 早く帰って寝よう。
 こんな悲しいような、切ないような、もどかしい気持ちは嫌だ。嫌いだ。
 たらふくご馳走で脹らんだ腹にこの気持ちをしまって、独りでぐっすり寝よう。
 明日も仕事だし!

 そういえば彼と寝た次の日は、俺は半日ヘタってしまうんだが、そのせいで仕事を休んだことがないよな、と気づいたが、気づいたその事実がやっぱり腹立たしくて、俺はすこし先にあった小石をダッシュして思い切り蹴り上げてやった。
 夜空にまっすぐ飛んでいった小石は、暗い樹木の月影に入って、すぐに見えなくなってしまった。




2007.08.20