上書き保存の恋




 二度目は、夜中の里通りでだった。
 夜道で、芽吹いた草木の匂いがしていた気がする。
 そこで俺は彼に犯された。

 夜中までの中遅番の勤務で俺は疲れていて、明日は休みだし早く家に帰って寝ようと、通りを歩いていたときに、ふいに物陰から腕を引かれた。
 逆らう余地もないような強さと素早さで、俺は瞬きのあいだに、閉店してまったく人の気配のない店路地へ引きずり込まれていた。コンクリの壁に、押し付けられる。
 俺はとっさに刺客かとおもって真剣に抵抗をしたんだが、あっさりと両手首を押さえられ、人の気配が俺に覆いかぶさってきた。

 そして、首を掻っ切られることもなく、はらわたを引きずり出されることもなく、俺はその人にズボンをパンツごと引き摺り下ろされ、チューブの先のような固いものがケツの穴に当てられたかとおもうと冷たくて気色の悪いものがにゅるっと入ってきて、その人の指が何度か動いたかとおもうと、その次の瞬間にはでかくて痛くて苦しいものが俺を圧倒した。

 そこはナニカを入れるところじゃねえっておもったけど、俺は悲鳴をこらえるので必死だった。
 ケツで感じる硬くて痛いものは生暖かくて、よくわかんなかったけど、最初に入ってきたものより冷たくなかったから暖かいっておもうだけなんだけど、とにかく道具じゃなくて、俺にもついてる男のアレなんだっておもったら、情けなくて、どうしようもなくて、泣きそうになった。

 なんで俺、こんなとこでこんなことされてんだ?
 勘違いされてんのか?
 やめろ、とか離せとか言って抵抗したから、女じゃなく男だって分かってるはずだ。
 それなのに、俺は、誰ともしらない男に、中忍なのに抵抗もできずに取り押さえられて、アレをケツに突っ込まれている。

 何度も俺のナカを突いて、俺の背中が壁に何度も当たって、俺の息が途切れ途切れになる。
 俺にしてみればもうダメだっていうぐらい痛くていっぱいだとしかおもえないんだが、突き上げられるたび、俺のナカを硬いソレが奥へ奥へとちょっとずつ入っていく。痛いのも、気持ち悪いのも、酷くなる。
 覆いかぶさってる人の息遣いが、俺の耳元で獣のようにしていて、一緒に体を軋ませてアレが俺を犯す。
 入ってくるときは出したくて気持ち悪くて、出て行くときは、排泄感に似ている。だから、ちょっとずつ入ってくるときは痛みしかないが、無理だとおもったソレが根元まで入り、ケツに体温を感じたあと、ずるっと引き出されたとき、俺は思わず息を呑んだ。
 背中がゾクッとした。
 けど、またすぐに容赦なく突っ込まれて、俺は泣き声のようなものを出す。
 何度も何度も、入れて出されて、揺さぶられた。

 いつのまにか押さえられていた手が自由になっていた。我慢できない気持ち悪さから出ていた涙で目が滲んでいたが、暗がりのなか、俺を犯す男の輪郭が見える。夜目にも白くみえる銀色の髪。背丈は俺と同じぐらい。体格は忍び。支給服のベストを着ている。
 悲鳴とため息と泣き声を切れ切れに零しながら、俺はなんとかそれだけを考える。
 そうでもしないと、この嵐のような暴力に、気持ちまで屈してしまいそうだった。

 自由になった両手が、迷う。
 俺を揺さぶっている男は、俺のケツを掴んで根元まで俺を犯している。熱さと痛みが、俺のナカで大きくなって、のけぞった俺の首筋に、ヒルのように唇が吸い付いた。

 俺は、この両手をどうすればいいんだろう。
 この男を拒むために使えばいいのか、それとも。
 迷った間は、そんなに長くはなかった。
 突き上げられた一点に、俺の犯されている粘膜が収縮した。

 とっさに上げてしまいそうなった悲鳴を堪えるために、俺は手を咬んだ。男のソレが確かめるようにソコを掠めて擦ってくる。俺はそのたびに太腿に力を入れて、この変な感覚を必死に堪えた。頭の芯が痺れて、下半身がむず痒くなるような、熱くなって泣きそうになるような、嫌な感覚だ。考えたくない感覚だ。
 俺は声を堪えようと、出た涙が頬から顎に流れているのを感じながら、拭えもせずに、ただ口を押さえていた。その手を、男の大きな手のひらが剥がして、男の肩口へと乗せた。

 揺さぶられる。
 俺は考えることもできず、一点を掠めた快感に悲鳴を出し、男の肩口へと顔を埋め、そして手を伸ばして男の背を抱きしめた。悔しさとか警戒心とかがこの瞬間吹き飛んで、ただもう、ぎゅうっと力いっぱい、しがみつく。男の手が俺の腰を掴み、ひときわ大きく腰が突き入れられ、痛みだか気持ち悪さだか、もう快感なんだか分からない奇妙な感覚と一緒に、大きくて熱いものが俺のナカで弾け、俺もまた自分の下腹を、自分で汚した。
 しがみ付いた手が震えていた。

「―――いい子だね」

 呼吸を整えるまでの僅かの間に、男が俺の耳元で囁いた言葉に、俺は死にたくなった。





 俺を犯した男が、はたけカカシだということは、すぐに分かった。
 思う存分、路地の暗がりで俺を疲労させたあとに、彼は俺を、彼の自宅へと連れ込んだ。

 灯かりをつけた室内で、彼はまるで平然として俺に顔を晒した。俺はまさか、こんなありえない暴行を働いた愚かな男が彼だとはにわかに信じられず、呆然としたが、彼はそんな俺の服を完全に剥ぎ取ると、風呂へと俺を連れ込み、あちこちを洗い立てた。
 砂や泥のついた足の指から、唾液でべとつく首筋や、ヌルつくケツの穴や。暗がりでうけた暴力とは程遠い丁寧な仕草で、念入りに洗われた。

 力尽きそうな俺の精一杯の懇願や抗議など、そよ風よりささやかなものだったろう。
 俺はもうなにがなにやら考えられず、命の危険はないようだと、彼の仕草から本能的に感じ取ると、そのまま気を失うような眠りに落ちていった。じっさい、力が入らない俺は、浴室の壁に背を預けて座らされ、彼の柔らかな手とタオルが俺の腕や腹を拭っていくのを感じていたが、その心地よさは、驚くほど簡単に眠りを連れてきた。

 重くなる瞼に、疲労しきった身体は逆らえずに、俺はあっけなく一先ずの逃避先、つまり夢の世界へ逃げたのだった。
 もちろん、それで問題が解決するわけもなく。
 起きたとき、問題の元凶は、俺の横に寝転び、俺をみていた。

 一瞬、ぎょっとして身体が跳ねた。
 だって、あまりにも無表情で人形のようだった。
 しかも、顔がいい人形だ。
 昨日はそんなことを気にする余裕もなかったし、いま思い出しても、浴室で口布を取っていたかも覚えていない。けれどこうして改めて見る、はたけカカシという男の、額宛も面布もない素顔は、ほんとうに綺麗だった。
 作り物でない、と分かったのは、イルカをみて、男がゆっくりと瞬きをして、目を細めたからだ。

 微笑んだようにもみえる、よく分からない曖昧な表情。

「―――おはようございます」
「お、おは…よ……」

 言い返しかけて、俺はハッとして口を噤んだ。俺は間抜けだ。一瞬で昨夜の理不尽な仕打ちが脳裏に蘇った。
 俺はとっさに上半身を腹筋で起き上がろうとして、けれど腰の後ろ辺りが麻痺したように感覚が無く、バランスを崩して、寝ていたところに無様に逆戻りする。一瞬だけ浮き上がった体が、ベッドらしいスプリングで跳ねて、痛かった。うぅ、と呻いていると、手がそっと伸びてきて、俺の背を撫でる。
 俺は全裸で寝かされていた。
 頭に血が上る。
 後も先も考えず、がむしゃらに手を振り払っていた。

「…大丈夫ですか」

 手を振り払うために体をひねったせいで、余計に呻くはめになった俺を、男は淡々とした声音で、心配してきた。穏やかな温もりが俺の背中にあてられ、労わり深い動作で背中をさする。俺は丸くなって痛みをやりすごしながら、嫌な予感に肝が冷えていくのを感じていた。

「痛み止め、飲みますか」

 いまこのときに至ってなお、俺に丁寧語を使ってくる上忍であり強姦魔である男なんて、不気味以外のなにものでもない。
 上忍ってのは、中忍に対してほどほどに威張ってて偉そうにしてて、ちょうどいいんだ。強姦魔ってのは、強姦した相手に顔を晒したりせずにアタフタ逃げるのが普通なんだ。

 俺は首をなんとか動かして、はたけカカシの顔をみた。
 その顔はやっぱりなんともいえず平坦で綺麗にみえて、それでいて、わずかに寄せられた眉根のあたりに、心配そうな表情が現れていた。
 ぐっと唇を噛み締める。

 俺は懸命に頭のなかでいろんなことを計算していた。
 鬱憤がたまった上忍に乱暴を働かれたなら、一度きりの苦痛だ。
 人違いでも一度きりでいい。
 そして乱暴されたのが女の場合、たいてい、乱暴を働いた忍びが罰せられる。
 男の場合、しかも忍びだった場合は、たいてい表沙汰にはならずに決着がつく。泣き寝入りするか、仲間内で闇討ちって手だ。
 それ以外のパターンの場合が、一番嫌なパターンだ。
 上忍命令、ってやつだ。
 俺は、閉じられてる左目じゃなく、ガラス玉みたいな濃い青の右目を睨みつける。

「…痛み止めはけっこうです。飲めと仰るなら、飲みますが」

 相手の意図が分からない。
 俺ははたけカカシの出方をはかる意味で、そう言ってみた。とはいえ、口の中が粘ついて痛く、しわがれた爺のような声で、格好悪かったが。
 はたけカカシは、右目をゆっくりと瞬かせてから、答えた。

「アンタが…必要だと思うなら飲んでください」

 俺の腹のなかの嫌な予感ってやつが、またグンと大きくなった。
 上忍命令されるより、嫌なパターンってやつがまだある。
 でもそのパターンはおこがましいっていうよりも、ありえないし想像したくないやつだ。

 うわ、嫌だ嫌だ嫌だ。
 一心にそう思いつつ、言ってみた。

「―――命令であれば従いますが…」

 むしろ命令してくれ! と思ったのに、はたけカカシは、やっぱり瞬きでしばらく考えてから、答えた。

「…いえ、命令ではないので…アンタが必要であれば、俺は痛み止めを用意しますが―――」

 目眩のしそうな頭痛が俺を襲い、血の気が引いていく。
 少しだけ寄せられていた眉根が、そんな俺をみて、今度はグッと寄せられて、怒ったような顔になったのを見ながら、俺は笑い出したくなるのを堪えていた。




2007.08.16