上書き保存の恋




 最初に出会ったのは、正式にナルトの担当上忍になるからと顔合わせをしたときだった。

「はたけ、上忍でいらっしゃいますか?」

 アカデミーの卒業試験からしばらく経っていて、俺の包帯もとれて、みっともない姿をみせずにすんでよかったとホッとしたのを覚えている。

 彼の名は、それまでにも、もちろんその名はきいていた。
 はたけカカシといえば、木の葉の里で知らない人のほうが少ないだろうというほどの忍びで、他の里にさえマークされているような凄腕の上忍だ。
 受付もしていた俺が知らないほうがおかしい。
 同僚なんかは、報告書受け取っちゃったぜ、とかいいながらハシャいでたのを見たことがある。

 まあ残念ながら、俺は報告書を受け取ったことはないが、顔も名も、俺は知っていた。
 だから、ナルトの元担任だってことで俺が挨拶にいったとき、怪訝そうな顔をされて黙られても、俺はまあそうだろうなって納得した。

 だって、そうだろ。
 俺はあっちを知ってても、あっちには俺はその他大勢の中忍なわけで、しかもわざわざ下忍の元担任が挨拶にくるってことは珍しいもんだ。
 彼の名の高さを思えば、こうして挨拶にいくことでも、顔を売っておこうとする行為に見られるだろうし、また彼も煩わしく感じるだろうなとは思っていた。

 けど、俺はナルトという、他の生徒が受け取る家族や友だちからの応援がないだろう子どもを、境遇だから仕方がないと放り出すことができなかった。
 しかも、いくらあのはたけカカシだといっても、いままで一度も下忍をとったことがないというじゃないか。部隊を率いるのと、下忍の育成は勝手が違うだろう。

 とんだお節介なことは分かっていた。
 それでも俺は、訝しそうな目で俺をみる彼に、ナルトや、それにサスケのことを話し、どうか一足飛びに彼らの能力だけをみるのではなく、彼らの孤独やそれをバネにして伸びる力を信じてあげてほしいと、頼んだ。
 これはどの子でも同じだ。子どもってのは、大人には分からない成長をするもんなのさ。

 でもそれはあくまで俺の考えで、百戦錬磨の上忍の理屈じゃないだろうな、とは分かってた。
 忍びの下忍育成ってのは、幼稚園ごっこじゃないからな。
 俺には俺の考えと立場があって、彼には彼の考えと立場があることは、当たり前に承知していた。

 だから、話しながら、俺はいつ自分の首が締め上げられるのか、心臓が踊っていた。
 やることは大胆で大雑把だが、小心者なんだ俺は、くそう。
 普通、こんな差し出がましいことをいえば、良くて無視、悪くて私刑だ。
 いままでだって、首を絞められたことなんか数えるのがバカらしいほど経験した。
 だが。
 彼はなにもすることなく、ゆっくりと頷き、「わかった」とだけいった。

 静かな青灰色の片目が俺をじっと見る。
 猫背でエロ本をいつも持ち歩いているくせに、隙がなくて捉えにくい。クセのある上忍、という像がそのまま服を着たような彼だが、俺の目の前にいる彼は、強い意志を目に浮かべて、静かに俺を見ていた。

「あの…?」

 俺は、わかったと彼が頷いたものだから、それ以上言葉を続けることもできず、だが彼があんまりにも俺をじっと見ているものだから立ち去ることもできず、恐る恐る声をかけた。
 すると、啖呵を切るような短い言葉で

「―――アンタ、名前は」
「え、あの、うみのイルカと申します」
「そう」

 最初、声をかけたときに言ったはずなんだが、聞き逃していたようだ。意外とぼんやりしている人なのかと思いたかったが、正直、背筋がゾクッとした。
 初めは聞き逃して、俺のお節介この上ない話しが終った後で、俺の名前を聞きなおすっていうのは、素直に怖い。
 やっぱりリンチか? と心のなかで天を仰ぎそうになったとき、彼はくるりと俺に背を向けた。そのまま遠ざかっていくから、びっくりして思わず声をかけちまった。

「あ、あの…はたけ上忍…」
「カカシでいい」
「は」
「じゃあね、イルカせんせ」

 抑揚も愛想もない、淡々とした口調で、彼はそのまま姿を消した。残された俺は、首を捻りつつも、彼が最後に俺のことを名前のほかに先生と付けて呼んでくれたことで、私刑はなさそうだと胸を撫で下ろしてから、俺の話しを聞いてくれたらしい彼に、ちょっとした好感を抱いたのだった。


 それが、最初の出会い。




2007.08.12