愛について4
帰り道は、大通りが夕日色に染まっていて、ゆっくりと二人で歩いて帰った。
道沿いの店の看板に灯かりがともり始める。
カカシが抱いて帰るというのを、ゆっくり歩いて帰りたいとねだった。
無理に止めてくださいというよりはずっと簡単に、拍子抜けするほど容易に、カカシは引き下がった。
お陰で、二人で並んで、通りを歩いている。
夕闇が空の向こうから滲んで、星がちらりと輝いていた。
大勢の人と話したせいか、なんとなく互いに無口だ。
カカシのほうは後半はむっつりと黙っていたから、話し疲れもピークなのだろう。
手を繋ぎたいな、と思いつつ、先ほどのことを回想する。
楽しい午後だった。
カカシの一面を新たに知れたこともあるし、少なくない人々が、カカシに言及しつつも無事で良かったなと言ってくれた。話のネタにされたと苛立っているカカシには悪いが、無事でよかったと言われるたびに、カカシの行為を含め、良かったといわれているようで安堵した。
カカシのお陰だ、と何度言ったか分からない。
今回のことでカカシに害が及ぶことがあってはならないと思う。
そういえば、しきりとカカシに礼を言っていた一団があった。
聞こえてきた単語からは、彼らがイルカと同じようにあの男に暴行を受けたために、処罰を里へ申請していたらしいことが分かった。
今回の任務で、ついにあの男に天罰が下ったのだと思った、と感極まった様子だった。
イルカにあわせた速度で歩くカカシは、心なしか不機嫌そうだ。
そのときも、べつにあなたたちのためにしたわけじゃなくて、と素っ気なかったように覚えている。
イルカが帰ることを渋ったせいで、疲れさせたのだろうと思いながら、歩く。
カカシとの沈黙は苦にならないが、やはり気になって口を開きかけたところへ、静かな声が言った。
「―――疲れました?」
訊こうと思った台詞を、カカシに横取りされた。
疲れたのはカカシだろうに、と思う。
「なんか、イルカさん楽しそうだったから、帰ろうって言い出しにくくなっちゃった」
「いえ、俺が帰りたがらなかったから…それにとても楽しかったですよ」
「すごくよく喋ってたよね」
「ええ、みなさん、カカシさんのことを話して下さいましたから」
今日出会った人間の関心ごとの大部分は、カカシだった。
確かに中忍のイルカが、名の有る上忍のカカシに抱え上げられて里の通りを歩いた、となれば話が多くの口に広がるだろうが、それでもあれだけ人が来ては去り、去った分だけまた来ていたのはカカシにみんなが興味をもっているからだ。
忍びの業は恨みを背負うから、良い面ばかりを見ても仕方が無いが、今日ばかりは悪意は感じることが無かった。
カカシが里を出たあとに流布した噂が本当だった、とみんな笑っていた。
いったいどんな出方をしたのか知らないが、周囲の可笑しげな様子をみていると、もういいか、という気持ちになった。受付の同僚と、火影の件も、どちらもさして不都合がないならいいじゃないか、とも思った。
「…下らない話しばっかりだったでしょ」
「そんなことありませんよ。全部、楽しかったです。カカシさんの忍犬も聞きました、一度見たいです。すごく賢いそうですね」
「見せたことなかったね、そういえば。イルカさん、暫らくお休みだよね」
「? はい。一応、長期任務扱いなので、三日は確実に休みです。はっきりと確認する間はありませんでしたが…」
カカシに抱えられた状態で、休みの確認ができるほどイルカは豪胆ではない。
「あー。そっか。怪我のこともあるし、休暇の確認が要るね。俺が確認しておこうか?」
「いえ、明日にでも行って来ます」
カカシにそんな雑用をさせるのは、更に受付に胃痛の種を撒く気がしたから、素っ気ないかと思ったが即座に断った。
カカシは気を悪くするでなく、心配げに眉をひそめる。
「明日? 無理しちゃダメだよ」
「そんな、今も元気ですよ。心配しすぎです。それで、休みがなんですか?」
「あ、それでね。忍犬呼びだすのは良いんだけど、あいつら図体も大きい奴が居るし、部屋のなかじゃ無理だから、広いところに出かけて、ついでに散歩も一緒に行こうよ、って思ったんだけど…駄目かな」
気弱なカカシの態度を吹き飛ばすように、イルカの顔が輝いた。
「―――うわあ、それいいですね。俺、一度忍犬の散歩って見たみたかったんです」
「普通だよ? 訓練とは違うし、広いところで遊ばせるだけだから」
「充分です。楽しみです。俺と遊んでくれるでしょうか」
「それは大丈夫ですよ。あいつらもイルカさんに会いたがってましたから」
普段からイルカの話をするために、興味津々なのだそうだ。面映いながらも、とても楽しみだ。
ひとしきり忍犬の話になった。
一番小さい犬の名前ががパックンで、と話すカカシも、不機嫌な顔をやめて楽しそうだ。
通りに落ちる影が、ゆるやかに長くなり、二人の影も長くなる。
夕食をラーメンで良いとイルカが言い、カカシが難色を示す。
とても美味しいラーメン屋で贔屓にしていて、一楽というんですよ、と誘うと、まあイルカさんがそういうならと頷いてくれた。
嬉しくて思わず笑顔になると、カカシも仕方がなさそうに笑った。
「なんかラーメンって聞いたら急に腹が減ってきました」
「…まあイルカさんの元気があるのはいいことです。無理は駄目だけど」
「しません。カカシさんと約束しましたから」
「うん。守ってね」
火影にもらった巻物は、カカシの小脇に抱えられている。
ふと、駄目だろうと思ったが言ってみた。
「手、繋いでもいいですか」
「えっ?」
「あ、駄目だったらいいんです、すいません」
「駄目じゃないけど、―――…ちょっと驚いた」
言って、カカシは巻物を抱え替えて、イルカ側の腕を自由にする。
するりとイルカの手のひらと、カカシの手のひらが重なった。
「どうしたの、急に。…避けてたのに」
「あ、あれはちょっと、その、みなさんが恥ずかしくて」
「今も大通りで人が居るよ?」
「…まあ、昼間のことに比べたら、陽も落ちかけてるし、目立たないかなあとか」
「ふうん…まあ、俺は嬉しいけど」
少し素っ気ない言い方だったが、手のひらが離されることはなかった。
イルカはホッとして、なんとなく体で繋いでいる手を隠すようにしながら歩く。
二人の体が寄り添って、ときおり影が一つにみえる。
2007.05.24