愛について4
約束を、思い出した。
最後まで生きることを諦めない約束は、言い換えれば、生きて二人で歩むことを約束することだった。
これまでも、願ってきたこと。
これからも、ずっと願っていくこと。
カカシと共に居る未来を願う。
そのために最大限の努力を払うことを、カカシだけでなく、自分自身にも誓った。
カカシもまた、願ってくれるだろうか。
共に在る未来を。
イルカと歩む、これからの道のりを。
欲張った己の願いを、封じたいと思う臆病な自分を感じながら、手のひらに感じる温度と、カカシのくれた言葉が、イルカに約束を強請らせた。
「―――…俺とも、約束して下さいますか?」
「ん? 何を?」
「最後まで、死なないように頑張ることを」
返答に暫らくの間が空いて、カカシは答えた。
「うん。死なないように努力する。イルカさんのところに帰るんだって…最後まで、頑張るよ」
なんだか涙が出そうになった。
もう、この言葉をもらえただけで、何もかもを許容できそうな気がした。
二人で寄り添う未来。
互いが分かり合い、手を取り合う生き方は素晴らしい。
素晴らしい日々がくればと思う。
だが、それも相手がいればこそだ。
カカシが、なにものにも代えがたい相手が居てこそだ。
二人で居ることが、二人が他人だと実感して辛いと泣いた、イルカを抱きしめてくれたカカシに、生きていて欲しい。
それがイルカにとっての、幸福の条件だ。
願う未来だ。
赤い毛氈の絨毯が広がるわけでもなく、時間を共有するだけで想いが通じるわけでもなく、ただ日常を一緒に生き、ときに苦しくも感じる幸福。
こうして手を繋いで帰る家路が、胸の詰まるほどの幸福だということ。
辛さも幸福も訪れる毎日を、素晴らしい日々を、願う。
「―――カカシさん」
「なに?」
「これからも…」
臆病な自分の中になど、無いと思っていた勇気の欠片が、言葉になって零れた。
少しだけの勇気。
願う日々と幸福を、手に入れる貪欲さを赦す、勇気を。
出会ったときは、こんなことを願う日がくるなど想像もしなかった。
願える日がくるなど、無いと思っていた。
自分の中の壁を、自分で乗り越えていく瞬間があることを知る。
長い間に自分で勝手に築き上げてしまった、諦めの壁は、今もなおイルカの中に高くそびえていて、ときおり影を落とす。
いつまでも守っていくと思ってたそれは、いつの間にか、イルカにとって乗り越えるべき壁になっていた。
それが良いことなのか悪いことなのか、今は分からない。
ただ、乗り越えようとする気持ちは、大切にしたいと願う相手からもらった。
分かるのは、その事実だけ。
ほんのちっぽけな自分の勇気さえも、壁の向こう側からもらった。
だから、言うことは怖くない。
一緒に、歩いていく日々のために。
「これからも、一緒に居てくださいますか」
手が、震えていた。
カカシがその手のひらを、柔らかく握って、当たり前のように笑った。夕映えの中、染まった銀髪がことりと傾いてイルカを覗きこむ。
もちろん、とカカシが目を嬉しげに細めていた。
「これからもどうぞよろしくお願いします、イルカさん」
その返事が嬉しくて。
イルカはまた、泣きそうになってしまった。
はい、とだけ答えて、唇を噤んで我慢をして、笑った。
素晴らしい日々を願う。
とても素晴らしい未来を、願う。
お互いが分かり合い、お互いを分ち合える日々がくればと願えるように、なれた。
遠回りをしたように思う。
分かり合えていない部分も多いだろう。
臆病の壁はまだ、影を落としている。
けれど、願いは言葉になり、相手に届く。
その日々はきっと素晴らしいものだろうと思う。
二人で手を繋いで帰る家路に、言い尽せないほどの幸せと約束と願いを込めた。
この日に見た、夕日色に輝く景色を、イルカはきっと忘れることが無いだろう。
臆病な自分に恐れながら、言葉を振り絞った思いを。
手を取り合って往ける未来を願って歩いた時間を。
温もりを。
言葉を。
これからも、嫌なことや、信じがたいこと、臆病になるときもあるだろうが、そんなときは思い出そう。
この日の約束を。
素晴らしい日々を願った、二人の約束を。
互いを分かり合えないと嘆く夜に。
相手を信じられないと臆病になる夜に。
思い出そう。
この日の約束を。
素晴らしい日々を願った、二人の約束を。
2007.05.25