愛について4
帰りの行程は、順調とはいえなかったが、翌日の昼には里の大門をくぐることができた。
途中、何度も重体の人間が、担がれたまま息絶えそうになっていたが、追加配備された医療忍者と女が手を尽くして、生きながらえたようだった。
そのまま、骨折の重傷を負っている二人の怪我人とともに、木の葉病院へと連れられたようだ。
その際、怪我人を担いで走っていた倉庫係の男も、治療にあたっていた女も、ほぼ全員が一旦病院へと向かうことになり、報告書がイルカへ回ってきた。
本当なら私がするべきなんだけど、と女はいいながら、イルカへ書き上がった書面が手渡される。事が事だから、あとで火影様に事情を説明にいくから、報告書自体は出すだけだというそれを、半ば押し付けられるように受け取って、部隊は解散した。
当初の予定より随分と短かったはずなのに、とてつもなく長い任務が終わった気がして、イルカはため息を吐く。
大門をくぐった時点で、カカシの腕から降ろしてもらっていたから、傍らのカカシに行こうと促した。
「カカシさんも任務をうけていらっしゃるんでしょう? 報告所、行きましょうか」
「そうだね。じゃあ、行こうか」
「ええ、…って、ぅわっ」
踏み出そうとしたイルカの足が、空を切って、あっというまにカカシに抱え上げられた。
「ちょ、大丈夫ですよ…っ。もう通りを歩くだけですし、一人でいけます!」
「なに言ってるの。通りのほうが影もなくて人も居るし、よっぽど危ないよ。いいから、家に帰るまで抱えられてて」
「家に帰るまで…っ? いやその、お願いします、せめて大通りと報告所は…っ」
「―――イルカさん」
「…、はい」
眼光に射抜かれて、イルカはぐったりとカカシにもたれた。
帰る際も、前で抱えるのでなく、背負うか、麻袋のように肩に担いでもらって良いといったのだが、いかんせん火傷の部位が体の前面だということで、即座に却下となり、前で横抱きにされるのは論外、残ったのは左右どちらかの腕に尻を乗せて抱え上げられる格好だけだった。
昨夜、宿をとったときに、最後の仕上げだと治療してもらい、包帯もおおかた取ることができ、見た目は健康体にみえるから、余計にみっともなく感じる。
もういつもどおりに動けると思うし主張しても、前科を例に挙げて、カカシの態度は変わらずに怪我人扱いだ。
言い分としては、急激に治したから当分は大事をとって然るべきだということらしいが、そんなものは通りや報告所の忍びにはあずかり知らぬところだろう。
カカシの眼光が鋭すぎて逆らえなかったが、イルカの胸中は居た堪れなさで穴に入りたいぐらいだ。
せめて顔を隠そうと、カカシのぴったりと寄り添う。
報告所までの道のりはいつもよりずっと長く感じられ、カカシは機嫌が良かった。
イルカといえば、身を切られるような恥ずかしさで、むしろ寿命が縮みそうだ。
だから、報告所前についたときはホッとした。
出すだけだから、カカシも降りるなとはいわないだろうと、極めて安易に「降ろしてください」と口に出したのだが、反対に足をぎゅっと締められてしまった。折れるほどでなくても痛い。
抗議すると、いいからこのまま行くよ、と屋内に入っていく。
「カカシさん!? 頼みます、駄目ですって、あなたに抱えられてちゃ、俺、何言われるか…っ」
「いいんじゃない? だって、イルカさんは怪我人だから」
「歩けますよ!」
興奮して声を張り上げることによって、さらなる周囲の好奇心の的になりながら、二人はざわつく報告所の中を突っ切って、受付の前に立った。
周囲の目が、イルカとカカシに集中する。
受付の奥の、管理職のような男まで目を丸くして腰を浮かしていて、変な汗が出そうだ。
変な風に顔を覚えられませんように、と無駄に祈る。
胃が痛い。
「イルカさん、報告書、出して」
「―――……はい、これです」
何をいってもどこ吹く風のカカシに疲れ果て、イルカは遠い目で、カカシに抱えられたまま報告書を出した。
受け取ったのは、顔なじみのあの中忍で、声も無く絶句してイルカとカカシを見比べている。
「おつかれ…さまでした、受付いたしました」
受付員として最低限の言葉も途切れ途切れで、イルカは申し訳なく思う。まさかカカシほどの上忍が、中忍を抱えて受付にやってくるなど、有り得ない事態だ。
ただカカシのほうはまったく気にしていないようで、あっさりと声をかけていた。
顔見知りだったことに、余裕は無いものの密かに驚く。
「どーも、世話んなったね。お陰で無事帰ってこれたよ、ありがと」
「い、いえ! ご無事でなによりです!」
「……、お前が何を言ったか知らないけど、……ありがとう」
「イルカ、良かったな!」
「……」
彼に罪は無い、むしろ感謝するべきだ。会話から察するに、カカシがイルカの状況について何某かの情報を流したのだろう。
結果として、イルカは助けられたのだから、感謝したいと思う。
今のイルカにその余裕はなくても。
ぐったりとカカシにもたれて、帰りましょうと囁く。
このまま衆人の注目になっていては、身体的な問題より心因的にどうにかなりそうだった。
だが、カカシが、
「じゃあ次は火影様のとこですね」
というに至って、疲れが吹っ飛んだ。聞き間違いかと訊きなおしたが、執務室に間違いないと言う。
「火影さまから直接もらった任務なんで、報告も火影様通すんですよ。渡す物もあるし。あと、イルカさん、連れて来いって言われてるんで」
「俺、ですか? どうしてですか。俺、全く関係ないとおもうんですが」
「さあ。一筆書いてくれるそうですよ」
「一筆…? 火影様の書は欲しがる方も多いと聞いたことがありますけど、俺に下さるわけは無いと思うんですが…カカシさん、あの、何か聞き間違いをされていませんか? 呼ばれることはしてないと思いますし…」
「まあ行ったら分かりますよ。戻ったら二人で来いって確かに言ってましたもの。聞き間違いじゃないですって」
「二人?」
腑に落ちない。
たとえ呼ばれるとしても、二人一緒でという指示が変だ。
用は済んだとばかりに、さっさと受付所を出て執務室へ向かうカカシは、あっという間に扉の前まで来てしまった。
2007.05.13