愛について4
しばらく抱きしめあって、先に体を離したのはカカシだった。
少し浮き上がっていたイルカの体を、丁寧に寝床へ戻す。額宛をずらし、額をイルカの額へこつんと合わせた。そして、熱を測るそぶりをしながら、物騒なことを呟く。
「俺ねぇ、こうなったらイルカさんを監禁するしかないかなあって思ってたんだよ」
ぎょっとして、思わず顔を離してしまった。
カカシが苦笑して首を傾げる。
「気をつけろってどんなに言っても、仲間の目を盗んで抜け出して、ひっそり森のなかで行き倒れてて、ほんの数時間目を離しただけなのに、行く前は大丈夫って言ってたくせに、帰ってきたら行方不明のうえに意識不明になってて」
「……」
まったくその通りで、返す言葉も無い。
流した涙のせいでぐずる鼻を啜る。瞬きをすると、目のきわが少し熱かった。
「これはもう、俺の言葉なんて無意味なんだろうなって思って、俺のことなんてどうでもよくて、一人で生きてくんだろうなこの人、だったら俺が監禁しちゃっても良いよねって思ったの」
「…良くないです。…どうして、だったら、なんですか…?」
「誰かと一緒に生きたいって思ってる人じゃないってことでしょ、”だったら”、俺でも良いでしょ?」
突飛な発想に唖然としたが、顔も赤らんだ。
必死で言い募った自分の告白に、改めて恥ずかしさが襲ってきた。
カカシは赤くなったイルカに笑って、そして口を開けるように言う。
「ウチの忍犬くんが言ってた。イルカさん、吐いたでしょ。回復するのに、何か腹に入れとかないと」
「あ…すいません、せっかく作って」
言いかけた口のなかへ、ポトリと兵糧丸が一粒落とされた。頭を抱えられて、水筒が口元に置かれるから大人しく飲み込んだ。
頭が寝床に戻されて、布も首筋にまた置かれる。
「念のため、明日帰るときまで、外出禁止ね」
「え…」
咄嗟に、不服そうな声が出てしまった。
その声にカカシが眉を大仰に顰めて、イルカを覗き込んだ。なぜか怖くて視線が合わせられず、余所を見る。
「―――何か、言った? イルカさん」
「ぇえと…あの、ぁ、便所は…」
「したいならテント脇でね。遠出は絶対禁止。だいたいね―――」
すぅ、とカカシの目が細まった。
空気が、そんなわけはないのに冷えたように思えた。
叱られる子どもの気持ちで、イルカは滔々と述べられたカカシの言を聞いた。
「だいたいね―――火傷してる人間が夏の森のなかを包帯だらけでベスト着こんで歩くってどういう神経してるの。ちょっと考えれば分かるでしょう。それも倉庫係くんが止めたらしいじゃないですか。泡くって俺に言い訳してましたよ。かわいそうに。テントから抜け出したのもわざわざチャクラ使って抜け出して、一体自分の体の具合をどう考えてたの。昼間の夏の気温を甘く見てたんですか」
「……すいません」
何度目か知らないが、素直に謝った。
しかし、それでも帰るまで外出禁止というのは駄目だ。
どうしても外に出たい。
まだ見つかっていないのに。
カカシに探しにいってもらうわけにはいかない。
どうやって外に出ようか。
一瞬で考えたそれらの計算が目に浮き出たわけでもないだろうが、カカシが、そんなイルカをみて大きなため息をついた。
「―――…探し物は、これですか」
「…あ…っ」
カカシがポケットから出したもの。
チェーンに忍びの認識票と指輪が連なった、イルカの探していたものだった。
手が自然に伸びて、カカシの手からそれを受け取る。
握り締めて、思わず安堵のため息が漏れた。
戻ってきた先がカカシからというのも、この際かまわない気がした。
「よかった……」
見つかって良かった。
こんな小さなもの、探しだせないかもしれない、とさえ思っていた。
認識票も一緒にしていたから、いざとなれば里から探索専用の忍獣を借りて、絶対に探しだそうとも決意していたから、本当に良かった。
カカシを見上げると、苦笑のままイルカを見ている。
「…これも、カカシさんの忍犬が…?」
「いえ、違いますよ」
カカシが手短に語ったのは、イルカが意識を失っている間の話だった。
昼をすぎて帰ってきたカカシはまずこのテントを覗いたのだそうだ。そうすればテントのなかはイルカどころか誰の気配もなく、寝床に手を当てれば、テント内の気温そのままの温度。
用足しに出たとしても寝床が冷えるまで長いということはないだろうと、舌打ちをしたらしい。
外に出て、真っ先に捕まえたのが、近くで撤収作業をしていた男。
イルカが居ないことをいえば、かなり仰天して言い訳を始めたらしい。
それでイルカが自発的に行方をくらましたことが分かり、次は忍犬を呼び出したわけだが、そこにイルカの様子をみにきたという女が鉢合わせし、事情を話すうちに、女がポケットからこれを出したという。
様子をみるのはついでで、本当はこれを渡そうと思っていたらしい。
一昨日の夜に治療をしたとき、女のテントに落ちていたそうだ。
すぐに返そうと思っていたが色々とたてこみ、今になって悪かった、と言っていたとカカシは苦笑した。
その後は忍犬を使って、すぐにイルカは見つかり、このテントに運ばれたということだ。
「じゃあ、俺をテントに運んだのも…」
「俺ですよ。ちなみに服を脱がせたのも意識のないイルカさんに水を飲ませたのも体温下げるよう指示されて手当てしたのも、全部、俺です」
「……、…すみません」
「どういたしまして」
カカシがあんなに怒っていた事情を納得してしまった。
「…これを、無くしたかと思って、探していたんです」
「そうみたいですね。あなたがわざわざ外に出て、あんなところに居る理由は、聞いたところそれぐらいしか考えられなかったから」
「怪我をしたときに外して、気絶してしまったので、どこで無くしたのかもわからなくて…」
「そっか…見つかって良かったね」
「はい」
顔が自然と綻んだ。指輪を親指と人差し指で確認して、存在を確かめる。この手に戻ってきて良かった。
何度も矯めつ眇めつ見ているイルカを、カカシは眺めていたようだったが、ふと思い出したようにポーチから蜜柑色の丸いものを取り出した。
「イルカさん、けっこう元気そうだね。これ、食べれる?」
訊かれて視線を指輪からカカシの手元に移した。
丸いそれはカカシの両手のひらで覆えるぐらいの大きさで、伊予柑によく似ていたが、ヘタの部分がすこし見慣れない。
ぼこ、と盛り上がっている。
暑さで目が回っていたが今はもうカカシのお陰で、寝ている分には何とも無い。美味しそうだと思って、頷くとカカシが盛り上がったヘタの部分に爪を入れた。テントのなかに、甘酸っぱい匂いが広がる。
自然と唾が出るような美味そうな匂いだ。
「さっき行ってきたところの名産品なんだって。病人の見舞いに人気です、っていうから一個だけ買ってきちゃった」
蜜柑色の表皮の下は、蜜柑と同じく白い袋が並んでいるようだった。カカシの指先が器用にスジを取って、綺麗な房が皮を剥かれずにイルカの口まで運ばれた。
「そのまま食べれるんだって。はい、どうぞ」
「…いただきます」
「うん」
口を薄く開けると、房が入ってきた。咬むと、匂いよりもずっと甘く、新鮮な酸味が口いっぱいに広がった。果汁が体に染み渡るような気がした。
「すごく美味しいです」
「良かった。俺も食べよ」
口布を下ろし、自分で齧って、うん美味い、とカカシは言いながら二口目をイルカにくれる。口を開けて雛のように入れてもらう。三口目をもらって、ひとまず満足した。
「もういいの?」
「はい、ごちそうさまでした」
吐いたときのことを思い出して、今は食べ過ぎると胃に悪いかもしれないと考えたからだ。
「まだ調子、悪い?」
「…自分ではちょっと分かりません。明日になれば大丈夫だと思います、…俺は頑丈なので」
「そういってる人のほうが、実は無茶するんだよね」
言い返しは出来なかった。まったくその通りだ。
残りの房を口に放り込んでいるカカシを見上げて、気にかかっていたことを訊いてみた。
「あの…―――、…甘いものと生ものをどうしたんですか?」
「……どうしたって、なあに?」
綺麗な唇がにっこりと笑う。
「朝、テントの外で話されていたでしょう? 聞こえてしまったんです。臨時で里から人がくるかもしれないというのは聞きましたが、甘いものや怪我人が増えたことは分からなくて、治療していただいたときに訊いたら、カカシさんに訊けばいいと言われたんです」
「そう。そうなんだ」
「カカシさん?」
どうしようかなあ、とカカシが呟いている。
その様子に、女の言っていたことを思い出す。
カカシが困れば良いと笑っていた。
「あの…なにか俺が訊いてはいけないことでしたか…?」
そんなことはないだろうと思いつつも、逃げ道をつくるつもりで言ってみれば、カカシが小首を傾げる。
「うん? そんなことはないよ? まあ確かに俺がしたことだから、俺からイルカさんに白状しろってことなんだと思うよ」
「白状…」
「そう、白状。俺、悪いことしたの」
悪事をしたといいながらも、美味そうに房を口に放り込みつつ、唇は笑んでいる。
「悪いこと、ですか…?」
「うん、多分ねえ、イルカさんが知ったら俺のこと怒るだろなあ、って思ったんだけどね。イルカさんの寝顔みてたらもうムカついちゃって、我慢できなかったんです」
「俺が怒る? …どんなことをされたんですか?」
「えとねえ、砂糖とか食いもの、あの自業自得野郎にふりかけてあげたの、夜のうちに」
にこやかに房を食べながら言った内容は、イルカの言葉を失わせた。
夏の森だ。
野生動物はもちろん、虫はどこにでもいる。
とくに糖分を好む虫の筆頭といえば、まず頭に浮かぶのは蟻だ。
「それは…」
「ね? 怒るでしょ? もう、朝から大喜びだったらしいよ、いろんな生き物が」
そういう意味だったのか。それは女も呆れるだろう。
朝に虫たちがたかっていたのだろうが、夜行性の虫や動物も居る。
あの男の寝かされていた場所は分からないが、テントに寝ていたのならカカシはそんな手段を取らなかっただろう。きっと、女も残念だと吐き捨てていたことを思えば、扱いも同様に、露天で寝かされていたのではないだろうか。
夜の森。
甘く美味そうな匂いによってくる生き物たち。
苦しみとその恐怖を思えば、充分すぎるほどの報復に思えた。
「カカシさん…」
諸手をあげて賛同もできず、かといって怒るという問題でない気がして、名前を呼んだ。
カカシが眉を顰めて、そっぽを向く。
「いいんです。そりゃ確かに俺にはこういうことをする権利はないかもしれないよ? でも木の葉の上忍として、俺個人として、別に反省はしてないよ。報いはうけるべきだよ、どんな形であれ」
「それは…そうかもしれませんが…」
「まだ俺なんて甘いほうだよ。むしろ里に帰ってからのほうが地獄をみるかもね。もう手続きしちゃったし」
軽く言って、カカシは最後の房を口に放り込んで、剥いた蜜柑色の表皮を手の中に丸めた。わずかに柑橘系の匂いが広がる。
「手続き、ですか?」
「うん。イビキに薬物実験の被検体にどうかな、っていう」
内心、絶句した。よりによってイビキか、と思う。個人的には信用の置ける気持ちの良い男だと思うが、忍びとしては筋金入りのサディストだと聞いたことがある。そのイビキに。
実際、他人が手続きできるものかは知らないが、カカシも思い切ったことをするものだ。
「…怪我人が増えたというのは…?」
「あぁ…気になる?」
訊いているのだから気になるのは当たり前なのに、カカシは手の中の皮を弄んでそんなことを言う。
「なります。第一、俺はここまで治療していただいたんですから、歩いても帰れます。なのに」
「どうして人手がいるか、でしょ? だよねえ、気になるよねえ…ていうか、イルカさん、見なかったんだね」
「何をですか?」
「俺がボコった残り二人の共犯者」
「……」
言われて、いまさら思い出した。そういえば、イルカに暴行を加えた人間はあの副隊長だけではなくて、もう二人居た。正確には三人だが、実行は二人だ。
「話、聞いて、やっぱりここは平等にね、やっちゃった。さすがに砂糖が足りなかったから、大喜びはナシだったけど、二人まとめてその近くに転がしてあるんだよ、今」
「そう…ですか…」
カカシの昨日の激怒ぶりをみれば、やるかもしれないとはうっすら思っていたが、本当に実行していたとは。容赦のないところがいっそ清々しいとも言える。朝、女はカカシに呆れていたようだったが、実害をこうむったイルカは呆れつつも、仕方が無いかもしれない、と納得できる部分もあった。
ただ、報復したのが自分でなくカカシだというところに、やはり引っかかりは覚えるが。
「カカシさん…」
「謝らないよ、俺は。反省してないからね」
そっぽを向いてイルカと視線を合わせたがらないカカシへ、手を伸ばした。腕に触る。
「―――ありがとうございました」
「……イルカ、さん」
驚いた顔のカカシに、笑いが漏れた。
「褒められたことではないかもしれませんけど、…カカシさんがあんなに怒ってくださったのは、俺が怪我をしていたからなんですね…昨日、俺が間違ってました。順番、間違ってました。カカシさんが怒ってくださったことに、お礼をいうべきでした」
開き直って、それでもイタズラを叱られる前の子どもの顔になっているカカシを見ているうち、こだわっていたものが馬鹿らしく思えた。
素直に、カカシに礼も言っていなかった。
自分が傷ついたことに、我がことのように怒ったカカシが嬉しかった、と言うべきだった。
誰がやったかどうか、なんて拘っている自分も馬鹿みたいだ。
「つまらない意地を張ってたんです。顔も体もみっともないし、俺がやり返すんだ、って。でもカカシさんがそれだけやってくださったら、もう、充分ですね。…ありがとうございました」
カカシからの返答はなく、イルカの手のひらを、カカシの手が掴んだ。
しばらくして、カカシがぽつりと言った。
「俺、心配したよ?」
「えぇと…すいませんでした。嬉しいです、ありがとうございました」
「ほんとに? 嬉しい?」
「はい。心配をおかけしてすいませんでした」
言うと、素直なイルカさんだ、とカカシが呟いていた。苦笑する。
確かに、いつになく素直だという自覚はある。
あまりに突き抜けたカカシの報復に、意地を張っている自分が可笑しくなった。
カカシが手の中の屑を脇において、イルカの横に寝転がった。片腕の肘をたてて、高枕にしてイルカを見てくる。顔の近さが先ほどよりずっと近くなった。
視線が、まじまじとイルカを眺める。
「なんですか…?」
「素直なイルカさんを見てるんです」
どんな自分なんだろうと、イルカは思った。カカシがぽつりと言う。
「いつも、これぐらい素直だといいのに」
「いつも素直な方だと思うんですが」
「子ども相手にはね。俺には全然素直じゃないよね」
真顔で反論された。
「―――ね、俺が来てどう思った?」
「…どうされたんですか、急にそんなこと」
「素直な内に訊いとこうと思って」
ふざけているのかとカカシを見たが、まったく真面目な顔だ。戸惑いつつ、暫らく、自分の中の言葉を捜す。
躊躇いながら言った。
「素直に…正直に言っていいんですか…?」
「うーん、そこでそう言われると怖いけど、うん、お願いします」
「……正直、カカシさんが居るのを見たとき、なんで居るんだよって思いました」
朝もやのなか、居て欲しくないと思っていた姿をみたときは、現状否定したいほどだった。
「カカシさんには遠く及びませんけど、これでも忍びの端くれなので、ヘマして負傷してるところなんて見られたくありませんから…」
「もし、…もし俺がそのとき、心配で見に来ましたって言ったらどうなった?」
「あー…、きっと、あっち行けって心底思ったと思います」
「……」
真顔で絶句したらしいカカシに、イルカは苦笑いして、続ける。
「だって、バカにしてるんですかって思いますよ、そりゃ」
「でももしイルカさんが俺の様子見に来ても、絶対そんなこと思わないよ」
どこか必死にカカシが言い募る。
「それは俺が中忍で、あなたが実力も実績もある上忍だからです」
「でも…」
「実際、俺は傷だらけで、あなたは俺の代わりに副隊長を殴って黙らせることができて、…他にも色々して、そうですね…もしかしてカカシさんはものすごい心配性なんですか?」
問いかけると、カカシは、あー、だの、うー、だの意味をなさない声を上げていたが、しばらくして観念したように、うん、と答えた。
「なんかね…心配で堪らなくなって、……来ちゃった」
その言い方が、報復したと白状したときよりもよほどこわごわとしていて、思わず笑ってしまった。今、素直なのはイルカばかりでなく、カカシも相当素直になっていると思う。
「笑うなんて酷いですよ…俺、真剣なのに…」
「すいません。でもカカシさんが心配性だなんて思わなかったもので」
「まあ、確かに言われたことも無かったですよ」
「ですよね」
笑いの欠片が零れる。
カカシの外見から判断するのは失礼だろうが、とてもそうは見えない。どちらかというと、冷静沈着、泰然自若といった言葉がお似合いだ。慌てふためいたり心配して堪らなくなるなど、想像がつかない。
だが一方で、この任務で見たカカシからは、心配だったという言葉がすんなりと信じられるほど、真実味があったように思う。
言葉や怒りが、肌に刺さり痛いと錯覚するほど。
本当に、イルカのことを心配で、居ても堪らず、様子を見に来てくれたのだろう。
ふいに胸が詰まった。
ありがとうございます、と考えるより先に感情が言葉を紡いでいた。
驚いたように、目を瞬かせるカカシに、もう一度言う。
「心配してくださって、ありがとうございます、カカシさん」
つくづく、自分とカカシは普通なら通るだろう感情を蔑ろにして、お互いを分からなくしていたと思った。
カカシは一度も、上忍だから心配になったとは言っていなかった。
ただ、イルカのことが心配だと繰り返し、その心を受け入れて欲しいと態度で示していた。
その態度に対して、中忍だからと突っぱねたのはイルカ。
どちらも頑なだった。
一人で生きていくために必要な強さは、時として、傍らに立ってくれている人を拒絶する強さにもなるのかもしれない。
胸を占めた、感謝のような感情は、ゆるりと反省に代わり、暖かな嬉しさにも代わった。
カカシは束の間黙っていて、腕を動かしてイルカの手をやんわりと握った。
火傷のあとの肌触りを確かめるように指先や手のひらを触ってくる。
不快でなく、むしろ心地よくてするがままにしていると、カカシが呟いた。
「―――もう、しない?」
なんのことかと考えて、カカシを庇ったことだと思い至る。
考えて、嘘はつきたくなくて、でも頑なな言葉は嫌で、苦労して言葉を選んだ。
「……気を、つけます」
我ながらどうかと思う台詞だったが、カカシは笑わずにイルカを見返した。
「本当に?」
「…本当です。しない、とは約束できませんが、精一杯気をつけます。カカシさんだけじゃなくて、自分の安全も考えて動くようにします」
カカシの満足のいく答えだったのか。
よく分からなかったが、カカシは小さく息を吐いて、またしばらくイルカの手を弄んでから言った。
「じゃあ…いいよ。俺も気をつけるから。あなたが危ない目にあわないように、俺も気をつける」
考えてみれば、カカシとイルカが同じ任務につくことがこの先あるかどうかも分からないのに、杞憂に過ぎる話だったのかもしれない。けれど、カカシも、カカシを安心させたいイルカも真剣だった。
「だからイルカさんも、気をつけて。俺の帰る場所―――無くさないで」
とても、幸せなことを言われた。
顔に血が上っていくのが自分ではっきり分かる。
そんなことを言われたら、絶対に死ねないと思った。
口が勝手に、はい、と返事をする。
「…はい、気をつけます…絶対、最後まで頑張ります」
「うん…お願いします」
生き残るための努力を最後まですること。
カカシは苦笑いをしてイルカの答えを聞き、体を寄せて軽いキスをくれた。
2007.05.13