下忍の指導と、上忍としての任務の合間、あまりの陽気に誘われるように平和そのもののアカデミーの裏庭あたりで昼寝をしていた。そこへ迷い込んだかのような、毛艶の良い黒猫いっぴき。
うとうととしかけて気持ちがよかったことで一緒にうたた寝をした。
ほんの一刻ほどしてから目を覚ましても、まだネコはそこにいた。
丸まって。
カカシが目を覚ましたというのに、ネコは起きる気配もない。
ひげが風にそよいで、気持ちよさげな昼寝姿だったが、カカシは首を傾げてしまった。
ネコにしては、というより動物にしても、警戒心が薄すぎるんじゃないのだろうか。
こまった奴だなぁ、と眺める。
黒い毛並みから、ピンクの口元がちらりとみえて、口をあけて昼寝するネコなんていかにものん気な景色だった。
それも悪くない眺めだったが、起こしてしばらくじゃれていると、やはり誰かの使役猫ではないかと思えてきた。
まるで言葉が分かるような反応を返すから。
それならそれでも良いが、誰かと契約しているとなれば、こんなふうに自分に懐いてくるのはどうしたものだろうと思った。
自分は構わない。
だがこの猫の主人がもし、こんな場面をみたとしたら、この猫の信用はガタ落ちだ。
カカシが悪いわけではないが、尻から地面におちるような間抜けな猫なんだから、きっと実践では役にたっていないはず。
それなのに信用まで失わせてしまっては可哀想だとおもった。
よく見れば、愛嬌のあるネコだ。顔に一文字の傷があるが、ネコの武勇伝だろう。それに良く見なければ、毛並みにうもれて分からない。
真っ黒な目は、まっすぐにカカシを見るし、全身でカカシに懐く様子をみせる。
ただの野良だったなら、連れて帰るかどうか考えてしまったかもしれない。
いかにも和みそうだ。
だが、そんな未来もあっさり、ネコが一目散に逃げ去ってしまって消えた。
あっというまに草をけって建物の角へ消えてしまった後姿を、カカシは苦笑で見送った。
機嫌を損ねたかな。
忍犬と契約しているといったのが悪かったのかもしれない。
わずかに傾いた日差しをみて、カカシは木々のあいだを移動して上忍待機所へとむかう。
手のひらに、抱き上げたネコの柔らかな体の感触がまだ残っている気がした。
その途中、待機所ちかくの廊下でイビキをみかけた。
相変わらずのバンダナにコート姿。いかつい顔もいつもどおりだ。
知らぬ相手ではないが、直に声をかけたい相手でもない。
横目で通り過ぎようとかしたとき、イビキのあきれたような声が聞こえた。
「お前、さっそくなにやってるんだ」
にゃーぎゃ、ぎにゃー。にゃんにゃん。
思わず、バッと体が手前に戻った。
あのネコだった。
イビキの高い肩のうえに、体ごと乗っかっている。腹全体を乗っけて、カカシからはイビキの背中にだらりと垂れる後ろ肢がみえた。ぴんくの肉球が、濃い色のコートと毛並みのなかで、くっきり目立っていた。
「まったく、ふらふらしてくれるなよ。何かあったら俺がまずいからな」
にゃーぁ、と素直そうに返事をする猫をみて、カカシは口布の下で口端を下げた。なにか面白くない気分。
そりゃあんな間抜けなネコと契約してるなんて知れたら、イビキも面目がないだろうな。
でも、ふらふらするぐらいはまずいことでもないでしょ、と思う。
一人と一匹の姿が廊下を行ってしまってからも、しばらく、カカシは面白くない気分だった。
次に、その黒い毛並みをみたのは、一週間もすぎたころだった。
昼より一刻ほど前の時刻。散り急ぐ桜はとうに葉桜にかわっている、その桜の木のたもとで、毛虫が気にならないのか、座り込んでまたあくびをしていた。
ピンクの口の中がおおっぴらに見えて、本当に忍びと契約しているネコとは思えないほどの無防備さ。
そのままカカシに気づく様子もなく、くるっと丸まった。
頬が緩む。
カカシは受付所へいく足の向きをかえ、その姿へ近づいていった。
そばに立って
「なーにしてんの」
声をかけると、丸まっていた黒い丸まりが、にゃっ、と驚いたようにびくっとした。
たぶん、本当にびっくりしたのだろう。
こののん気なネコは。可笑しくて自然と目が細まった。
今日は、下忍指導の任務も休みで、カカシ自身も休日とされていたが暇をもてあまして、何か簡単な任務でももらおうかと受付所に向かっていた。
けれど、遊ぶ相手がいるなら、休日を満喫してもいいかもしれない。
しゃがみこんで、その小さな頭と顎の下をくすぐってやると、驚いていたのを忘れたように、ゴロゴロと気持ちよさげに喉をならしている。
もっと、というふうに手のひらに擦り寄ってもくる。
思いついたら、するっと言葉がカカシの口を滑り出た。
イビキの忍猫だ、なんてことも、すっかり忘れて。
「ね、お前、俺んちおいで」
2005.5.7