んなー。


 おもわぬほど耳元で聞こえたそれに、カカシはうっそりと目をあけた。
 気配はあった。それに小動物らしき草を踏む音は聞こえていた。警戒していたわけではないが、位置を計れていたとおもっていた。
 だが日差しの心地よさに誤ったらしい。
 目をあければ、広がるのは春の空。芽吹く緑。
 それと、覗き込んでいる黒猫の、真っ黒な瞳。

「―――お前ね、昼寝を邪魔するなんて、酷いんじゃないの」

 体を動かさず、声だけで抗議した。言葉が通じるとはよもやおもっていなかったが、黒い毛並みのネコは、まるでカカシのいったことが分かったかのように、なう、と首を垂れた。
 するとネコのひげが、カカシの口布にさやさやと触れた。
 微かだがくすぐったい。

「野良か。それとも誰か契約してるネコかな」

 いや、ひげがなにかに当たるような仕草をする猫が、忍びを助け戦場にでるとは思えない。そんな間抜けでうっかりしたネコは、やはり野良だ。
 しかもアカデミーで半飼い猫になっているような。
 おもいながら目を閉じようとすると、にあ、とネコがなく。
 気配が額宛のあたりや頭髪に移る。
 触れたかどうかの気配が、しきりとカカシの頭部あたりでうろうろする。
 あー、とカカシは唸った。

「マーキングしないの、俺で。俺は電柱でも木でもないよ、あっちいって。しっしっ」

 手をひらひらと頭あたりで振るう。
 ネコが人間の足一歩ぶん離れた。
 すっとしてまた目を閉じようとすると、今度はカカシの目の前でネコが、なーぁ、とないた。
 その小さな頭部にしては大きく口をあけて。
 あまりに大口をカカシの眼前であけるものだから、閉じかけた目がぱちりと開いて、ネコをみた。
 真っ黒な瞳が、陽光のなかできらきらと光り、その毛並みもまた艶やかに輝いている。

 んなーあーぁ。

 そしてまた大口。
 いや、あくび。
 ネコはくるりと丸まって、カカシのわき腹あたり、そこに陣取って座り込んでしまった。
 座り込む前に、カカシのベストに小さな頭をすり、と擦りつけたのをカカシはみる。
 カカシは苦笑をおとした。
 野良にしては人懐こい。
 害もないようだし、とカカシは陽光が降り注ぐ裏庭で、もうしばらく昼寝を楽しむことにした。



2005.5.7