ネコまで愛して!









 受付業務にも休憩時間がある。
 あんまり長いあいだとっていると年かさの人に睨まれるが、こんな天気の良い日には、ちょっとぐらい大目に見て欲しいとイルカは思った。あくびをしながら、休憩所の自販機から缶コーヒーをとりだした。
 ぽかぽかと、外の陽気な日差しが、室内をてらしている。
 あー、こんな日には昼寝が最高。
 思いながらも、仕事しなきゃなー、と缶をあけたところに、声がかけられた。
 振り返ると、あったのは見上げてしまう巨躯に、子供も泣き出す強面。


「あ、イビキさん、こんにちは」
「おう。受け付けかと思ったんだが、なんだ、休憩中か」
「? 俺をお探しで?」

 休憩所にはイルカとイビキのほかには誰もいなかった。
 同僚などにいわせると、イビキとふたりきりになるぐらいなら、サメのうようよする海をバタフライで横断したほうがまだマシだ、ということらしいが、イルカはそんなこともない。のべつくまなしに人を怖がらせる性癖でもなければ、出会う人みなに拷問をかけようとするわけでもない。むしろ、イルカはしっている。
 強面の彼が、実は大のネコ好きだということを。
 動物好きに(たいてい)悪い人はいない。

「このあいだの10歳未満の詐称における視線の動きについてのレポートはあいにくまだですが」
「あれは今月末までだよ。違う違う、仕事ってわけじゃないんだ」

 この良い陽気に手袋までしている手のひらをふって、イビキは苦笑した。
 そして濃く重そうなコートのポケットから、一本の試験管を取り出した。なかには、まるでウサギの糞のようなころころしたものが三つ、入っていた。
 目の前に掲げられたそれをまじまじと見て、イルカは質問する。
 これ、なんですか?
 にっこりと強面を爽やかに微笑ませて、イビキは答えた。



「ネコになれる薬さ」


















 イビキが去っていっても、イルカは休憩所の長いすにすわって、試験管をふったり眺めたりしていた。
 糞、もといイビキ命名『にゃんとネコダフル!』(イビキさん、これって突っ込むポイントですか?)という丸薬は、振ると見た目どおりにころころと音をたてる。けっこう硬そうだ。
 ふー、と息を吐く。
 どうしたものか、とおもう。
 イビキがいうには、趣味と実益をかねて作ってみたが実用化されてしまい、これは実用化手前の試作品の残りらしい。
 実用化されたほうのことは何も言わなかったが、こちらの試作品は、飲めばチャクラを消しまったくネコ同然になれ、しかも人としての思考と記憶が残るが、あいにく戻るタイミングを決められない代物らしい。
 3時間もすれば必ず戻る分量らしいから安心だが、それが欠点のように言うということは、実用化された完成品はそれができるということだろう。

 まあそれはこの際どうでもいい。
 イルカとしては、どうやって使うか悩むことになったわけだ。

「・・・まぁ、サボりたいとき?」

 呟く。
 ネコだろう、ネコ。
 あの日向で光合成しながらうつらうつらと寝そべってる気ままな生き物だろう。
 なかには忍びに使役されるネコもいるというが、そんなのは一握りで、たいていは本性のままに生きている。

 うらやましいな、とおもったことは一度ぐらいならある。
 でもなりたいとおもったことはない。
 あえて、ネコになってなにをするか、と問われれば、いつかみた風景のように、草のうえで日向で、昼寝してみたいぐらいだ。
 きっとあれは気持ちいいはずだ。
 イルカは試験管をベストの胸の収納にしまうと、長椅子をたった。
 きりっと冷えていた缶コーヒーもぬるくなっている。
 飲み干して休憩所を出た。

「くれたもんはありがたくもらっとくとして、どーすっかなー・・・」

 午後早くにアカデミーも終わっており、子供の影もない。日差しのふりそそぐ建物の廊下は、穏やかな風景そのものだった。
 イルカはまたあくびをひとつ。
 昼寝ならこんな午後にこそしたいものだけれど。
 廊下を歩きながら、さきほどの薬をつかってネコになって昼寝をする自分を想像する。
 あんがい悪くない気がして、不真面目な自分に苦笑した。
 そのとき、ふと窓の外に気づいた。

「あれ・・・カカシ先生だ」

 二階の廊下を歩いているイルカから、建物の外の茂み、芝生に寝転がっている姿が見えた。
 本来なら「はたけ上忍」だが、さいきん元生徒の言い方がうつってつい「カカシ先生」といってしまう。
 そんなに親しくないのだが。
 木の影の部分に銀色の頭部を重ねて、あとの体の部分は日向にだしてゆるく丸まっている。まるで、想像していたようなネコを彷彿とさせる格好。
 思わず頬がにやけた。

 さきごろ生徒を介して見知りあった程度だから、カカシのことをよく知っているわけではない。
 だが、仮にも名の知れた上忍であり下忍の担当をしている忍びが、無防備にみえる格好で昼寝している午後、というものがまず可笑しかったし、第二に、あまり親しくないからこそ想像したネコと重なるような行動をしている男が可愛く思えた。生徒から聞く評判も、好意を持つにさしさわりないように思えた。

 愉快になってきて、イルカは「よし」と呟いた。
 思いつきで行動するのも悪くない。
 瞬身の術をつかって、ある場所へ急いだ。
 午後いっぱい、休みをもらうために。



2005.5.7