黄金の月







「―――あ、あぁ…! も、…ゃ…ッ」
「もうちょっと…」

 カカシの上で、苦しげに息をついて、イルカが声を途切らせる。弓なりに反った背中が、明かりのついていない寝室でも、ぼんやりと分かる。自分のものを飲み込み、身体を揺らすイルカを、カカシはうっとりと見上げる。
 気持ちよかった。全てを剥ぎ取って、風呂に入りたいというイルカを強引に連れて、寝室で縺れるように抱き合った。シーツを体液と汗で汚して、唾液でイルカの肌を濡らす。思うように自身をイルカに突き立てれば、イルカが腕を伸ばして抱きしめてくれて、何度も達した。
 幾度目かに達したあと、ぐったりとしたイルカを抱いて湯を浴びて、それからまた抱き合った。ゆっくりと胸の突起を弄って、そこらじゅうを唾液でべとべとにして。
 イルカは躊躇いながらも反応を返してくれ、キスをし合い、抱きしめあった。
 内壁を擦り上げれば、イルカが苦しげに眉をよせ、けれど止めてとは言わない。イルカ自身もぴんと張り詰めたまま。それが嬉しくて楽しくて蕩けるように悦い。

「イルカさん…」

 呼べば、応えるように内壁は収縮し、熱い溜息とともに腕がカカシに伸ばされる。その掌を重ね合わせて、指を絡め合わせた。
 暖かい。
 どこもかしこもイルカでいっぱいになり、包まれ、埋れていた。

「一緒に、イルカさん…」
「んぁ、ああ…っ、…シさん、カカシさん…ッ」

 極まったイルカを引き寄せて唇をふさぎ、ぎゅっと閉じた瞼の裏で、光が白く弾けて、カカシは快楽を放出した。同時にイルカも精を吐き出して、吐息を漏らす。
 声もなく抱きしめあって、息を整えて、それからキスを交わす。
 舌を絡めて、唇を噛んで、お互いがお互いを食い尽くすように。

「イルカさん…」
「ん…」

 明かりのない部屋では、確かに感じるのはイルカの熱だけ。声と、吐息と、肌と。
 一緒に居たいと願って、こうして抱き合えること。
 下半身を疼かせるような熱とはべつに、胸に灯るような暖かさを感じて、カカシは微笑む。

「指輪、受け取ってくれてありがとう」
「そんな…」

 イルカが恥らうように顔を伏せるから、見えた耳朶にキスを落とす。お互い、もう精もこれ以上ないほどに吐き出し、腹も空き、くたくただった。けれど互いの体温を求めるように、一つのベッドから出ようとしない。カカシも、イルカも。
 吐息を付けば、まどろみが瞼を重くする。

「それは俺のいうことです、指輪をありがとうございました」
「うん、良かった」
「嬉しかったです、大事にします」
「うん」

 二人、重なり合って、囁きで言葉を交わす。情交の後の、飾らないイルカの声音が心地よい。部屋の外はもう闇。抱き合ううちに夜になっていた。満ち足りて重くなる瞼を感じながら、イルカを抱きしめる。

「あなたを喜ばせたなら、俺も嬉しいよ」

 いつか、心から嘆いた願いが思い出された。閉じた瞼には、月など見えないのに。イルカが身じろぎをして、カカシの首筋に鼻先を埋めた。犬が甘えるときにするような仕草。

「ん…どうしたの?」
「…カカシさんが」
「―――うん」

 あぁ、幸せな眠りがやってくる。
 まるで水底へ沈んでいくような緩やかな入眠に、カカシの全てが柔らぎ瞼に暖かい闇が降りる。


「カカシさんが居てくれるだけで、…俺はいつも嬉しいんです」


 その闇に溶けてしまうような優しい声が、ひそりと囁くのが聞こえたが、カカシには遠く、そのまま暖かな眠りに包まれてしまった。
 その夜みた夢は、とても幸せな夢だった。
 身体は泥のように疲れていたし、腹も空いていたまま眠ったというのに、カカシは酷く幸せな気分で眠りを貪った。

 夢のなかには、黄金の月の光もなく、また月の姿もなかった。水底の静かな冷ややかさもなく、見透かすことのできない透明な壁もなかった。
 あったのはただ、イルカを顕すような、仄かな暖かい温もりと光。そして銀色の合鍵と、蛇のつがう銀の指輪。
 突き放すような冷たさは夢の闇にはなく、カカシはただ包まれる。
 イルカがあの指輪を付けてくれなくてもいい。仕舞いこんだまま、どこかにやってしまってもいい。受け取ってくれたことが嬉しい。
 一方通行である自分の想いが、受け止めてもらえたかのような。
 安堵に似た喜び。

 この先、幾度もこの夜を思い出すだろう。
 確かに喜びを感じたこの夜を。

 水底で得る安らぎでもなく、言葉を曖昧に濁した居心地の良さでもなく、人と、イルカと共に居たいと願うことのできた自分を。
 自分はどうしようもない人間だと今も思う。
 けれど、イルカが頷いてくれ、自分もそう願うなら。
 どんなにか幸せだろうか。










 この先、幾度もこの夜を思い出すだろう。  黄金の月などない、幸せに満ちたこの夜を。




2004.08.5

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