黄金の月







 ずっと一緒に、なんて言われて、嬉しくないかと問われれば。
 無条件に嬉しいに決まっている。
 押し殺した心が震えるほど。
 たとえカカシが自分の温もりだけを必要としているのだとしても、一緒に居るということは、そこにカカシが居るということだ。

 カカシが自分を見、話し掛けてくれ、触れてくれる。

 それだけが、どれほど嬉しいかなど、人にはわからないだろう。
 同時に、カカシの無為な優しさがどれほど自分を傷つけていたかも。
 だから皮の小袋を差し出されたとき、その中身が指輪だと気づいたとき、ひどく傷ついた。合鍵のお礼に、という彼の台詞に傷ついた。どうしてそんなに優しいのかと詰りたくなった。
 そんなものは要らない。
 お礼が欲しくて、カカシに鍵を渡したわけじゃない。
 渡したかったから、渡せばカカシが喜ぶと思って渡したのだ。
 そのお礼に、と高価とわかる指輪をもらっても、嬉しくは無かった。まるで、金品で気持ちを贖われたようで。

 だが、カカシはそれを否定した。
 受け取れないと言うと、金銭よりもイルカが大事だと言った。
 なんとも思っていないくせに、と思って、彼の優しさでついた数え切れない傷をまた増やして、けれど、涙が出た。
 期待はすまい、見返りは望むまいと言い聞かせてきた心が、緩んだ。
 その緩みに涙が沁みて、止まらなくなった。
 カカシは優しすぎる。
 なんとも思っていないと、言ってくれる酷い人ならば、どんなにか楽だろうに。
 カカシはなおも言った。
 一緒に居て欲しいと。
 合鍵にこめられた意味とおなじように指輪をあげると言うから、いったいどういうつもりかと訊けば、そう答えたのだ。

 カカシの気持ち、カカシの望むこと。
 おもいもしなかった望みが、カカシの口から零れ出て、イルカはひっそりと沈んでいた想いがゆるゆると解けて、柔らかく溶けそうになるのを自覚する。
 カカシの一言一言で、殺していた自分の心が、息を吹き返す。
 まさか夢を見ているのだろうかと思うほど、カカシの言葉は嘘のように甘く、全てを信じられるわけではなかった。

 けれど、本当に一緒に居られるなら、どれほど嬉しいのだろう。
 何度も夢想した願い。
 それがカカシの言葉となって、イルカが聞く。
 そんな日がくるなど、思いもしなかった。
 どんな容でも良い。
 たとえ居場所だけでも、体だけでも。
 イルカがカカシに惹かれ、炎に焦がれる虫のように寄り添いたいと願っているのなら、イルカが望むことは最後にはひとつ。
 カカシと共に居ることだった。














 当たり前のように、帰り道を一緒に辿り、イルカの家の扉をあけた途端、イルカは腕を強くつかまれ、部屋のなかへ引き込まれた。どん、と壁に背中を押し付けられ、目をとじる間もなく、カカシに唇を奪われる。

「ん…ッ」

 喉が鳴って、唇の端から喘ぎが漏れた。
 扉も完全に閉まっていないのに、とうっすらと目を開けて抗議すれば、カカシが手だけを伸ばして、おざなりに扉を閉めた。壁を背にして、激しい口付けに応えきれないようにイルカの体がずり上がっていくが、カカシがそれを縫いとめる。
 額宛を乱暴に取られて、イルカは堪えきれずに抵抗した。

「カカシさん…っ、ちょっと待、てください…!」
「ごめんなさい、でもやだ」
「やだって…、俺もここでは嫌です」
「ここじゃなきゃいいの?」

 口布も額宛も取り去ったカカシの素顔が、至近で訊いてきた。左目の焔が、ちりちりと灯っているように見えて、イルカの胸の奥が痺れたようになる。

「…そ、その、風呂にも入りたいですし」

 誤魔化すように言えば、カカシが微笑った。色欲を含んだ、艶やかな笑みだった。

「じゃあ一緒に入ろう。洗いながらするのもきっと楽しいね」
「…! 違います! そういう意味じゃ…!」
「うん、だろうね」

 焦って言い返した言葉はあっさり頷かれて、ほっとするのも束の間。カカシが「ごめんね」と言った。

「あんまり嬉しくて我慢できないんだ、今すぐイルカさんを抱きたいな」

 表情は薄く笑んでいても、その色違いの眸には余裕などなかった。今にも喰い付きそうな飢えた色。イルカの喉が知らずに鳴り、魅入られる。
 返事のできなかったイルカの腰に、カカシが嬉しげに腕を回し、抱き上げた。

「たくさん、しようよ」

 嬉しさに満ちた声だった。




2004.08.5