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    実録・オフイス・トィ・ガン物語

     第一章
     それは、いつもの雑談から始まった。
     安谷屋電総株式会社の社員の、輪島と瓶野の二人は先輩・後輩の間柄である。
     今日も朝から電機のメンテナンスの仕事を2,3件終え、そろそろ昼休みだという車中の事であった。
    「瓶ちゃんよ、今日のな。」
    「はあ。」
     あまり気乗りのない返事を、返す瓶野にかまわず
    「新聞の広告でな・・・。」
    「はあ・・・・・。」
     相変わらず、なんじゃいなという顔の瓶野。
    「聞いとんかいな。」
    「聞いてますよ、はよ続きゆうてくださいな。」
     いつもながらの漫才談話をかわす、二人であったが今日は少し話す内容が違った。この何気ない
    会話が、将来関西で一番大きな組織の、バトルチームに発展していく為のものになるとは、神ならぬ身の
    二人には知るよしもないことであった。

    「ラジコンの戦車がな、出とってん。」
    「ラジコン?輪島さん、ラジコンなんか興味あるんすか。」
     また、いつもの与太話かいなと思い、適当に相槌を打っていた瓶野だったが、彼も少しは興味のある
    話なので(いつもは適当かい。)、丸い顔をさらに丸くして聞き返した。
    「30センチぐらいの大きさで、何や弾も出るねんで。」
    「弾?銀玉ですか?」
    「そやろな。そらそれしかないやろ。」
    「二人で戦車こうて、それで戦争ごっこせえへんか?」
     今年で50を廻ろうかと言うのに、いつまでもガキの心が抜けない輪島は本気でいった。もっとも
    本気といってもその日が過ぎて2,3日も立てば、もう戦車の事など忘れてしまう。
     ただし10の話のうち、1つぐらいはしつこいほど夢中になるのが、輪島の性格といえばいえるのだが。
    
     今回は瓶野もつい、輪島のその勢いに乗ってしまった。
    「あっ、それやったらプラモらしいのん、売ってるとこありますよ。」
    「もうすぐ昼休みやから、見に行きましょか。」
     そういう事には異常にくわしい瓶野が、勢い込んで言った。
    「そやな・・・。」
     少し考えて輪島は
    「今日は大きな仕事もないから、いこか。」
    「場所はどこや?」
    「千日前の向こうの方ですわ。10分もあったらいけますわ。」
     といいながらハンドルを右に切った。
     
     暫く走ると、
    「ここですわ。車とめられるかな。」
     といいながら慣れた手つきで、道路際に車を寄せて止めた。
     そこは2階だての、入口のこじんまりとした店舗であった。しかし入口側の階段を、2階に上がると奥行き
    が広く、かなりの玩具がそろっていそうであり、しかも入口のショーウインドウには、目当ての戦車が並ん
    でいた。
     その横にはラジコンのヘリコプターもあり、瓶野は戦車よりもそちらの方に、目がいったようであった。
    「こっちの方が、戦車よりええなあ。」
     と、このころから芽生えていた、後に彼の代名詞となる『ドタキャン』が始まる。
     輪島の方は目の前の事しか、見えないタイプなので2万5千円という、結構高価なおもちゃにも関わらず
    速攻で購入する事に決めた。ところで、その時はあまり気にならなかったのは不思議なのだが、この店は
    半分がレーシングカー専門で、残りの半分は世間でいう、サバイバルゲームの道具や装備専用販売店で
    あった。そういう遊びがあると言う事は、少しは知識として持っていた輪島では有ったが、猪武者タイプである
    この男は今買ったばかりの戦車を、動かす事しか頭に無かった。幸いな事にこの戦車のおもちゃは、組み
    立て済みで、電池さえ入れればすぐに動かせる品物であった。

     2,3日会社の車に、戦車を積んだままにしていた輪島だが、あるとき仕事中の昼休みにある得意先の
    工場内で、輪島と瓶野はこっそりとラジコン戦車を動かしていた。すると室外と言う事もあってか、何かもう
    一つ迫力が無いような、違和感を感じる輪島であった。
    「なんか、迫力ないなあ。」
    「そうですか、こんなもんですやろ。」
    「ところで、瓶ちゃん。自分はヘリコいつ買うねん。」
    「戦車一台だけやから、面白い事ないねんや。」
     と瓶野を脅迫していると、輪島の会社の協力会社の一つである、木森通信の社員の岩名と上永の二人が
    やってきた。
     彼らは今日は同じ現場で、一緒に仕事をしていたのだ。
    「何やってんや、仕事中やで。」
     ベタベタの泉州弁で、上永がそばによってきた。
    「おもちゃの戦車かいな、ふほほほほっ。」
     不気味な笑い声をあげ、岩名も輪島の横に立った。
    「何や、ちっこいなあ。すぐ潰れそうやな。」
     誉める事と、気を使うと言う事を知らないこの二人は、好きなことを言いながら笑いあっていた。
     これが最近、親しくなり始めたアップルと言う会社を、自分で立ち上げた矢島という男であれば、こんな
    言い方はしなかったであろう。矢島は42,3歳になるぐらいだろうが、前に務めていた会社でいろいろ
    苦労してきたようで、人との付き合い方にはそつがない。その辺は逆に輪島にとっては、ほんの少し気に
    食わないところもあるのだが。いずれにせよ、この泉州人ぼやき軍団にあまりいいように言われなかった
    為、輪島の例の悪い虫が頭をもたげはじめた。輪島は猪武者ではあるが、その反対にすぐ飽きる性格で
    熱しやすく、醒めやすいという上に気も短くわがままで、とっつきにくい男であった。(えらい、いわれよう
    やな。)
     瓶野はそんな輪島よりは二廻りほども年が違うのだが、その辺の空気を飲み込んでいるようで適当に
    年上の輪島をあしらっている。

     (ほんまやな、思たよりは迫力ないわ。)
     輪島は心では少し後悔しだしたが、いつもの見得をはり
    「弾も出るんやで。」
     と後になっていやと言うほど扱う事になる、BB弾という代物を始めて戦車の砲塔から発射してみた。
    その弾は思ったより勢いをつけて飛び出した。
    「おっ、弾はちゃんと飛びよんがな。」
     岩出が素っ頓狂な声をあげた。
    (ほんまや。)
     続けてBB弾をうちながら、
    (こら走らすより、撃ち合う方がおもろいやんけ。)
     とさわやかな江戸っ子弁で輪島は思った。

     さてその日から5日程がたったある日、輪島は瓶野に向かい
    「ところで瓶ちゃん、いつ買うのかな。」
     と聞いた。
    「はあ?」
     白々しく返事を返す瓶野に
    「ヘリコや。」
    「ああ、ヘリコ。給料もうたら考えますわ。」
    「考える?買うんちゃうんか?」
    「ボーナス、もうたら・・・。」
    「あほっ。」
    「あほっ、ゆうもんがあほですわ。」
     世間でよく聞く台詞で、言い返していた瓶野であったが、ふと思い出したように
    「銃だけやったらあるんですけどね。」
    「銃?」
     オウム返しに答える輪島に
    「撲はその銃で戦いますわ。」
     何か無茶苦茶な事を言い出した瓶野に、
    「こっちが戦車であんたが銃かいな。」
     あきれる輪島に
    「そうですわ、5年程前に買ったやつがまだ置いてあるんですわ。まだつかえまっせ。」
    「うーん。」
     暫く考えていた輪島の頭が、また猪になった。
    「それやったら、俺も銃買ったらええやん。」
     とちゃきちゃきの江戸っ子弁で・・・(もうええちゅうねん。)
     思い立ったら百年目、独身乞食の輪島は言い出したら最後。矢も盾もたまらなくなり、心の中ではもう
    買うことに決めていた。

     さていざ買うとなると知識から入るのが、この男の性格で『アームズ』という雑誌をまず買い込んだ。
     それで2,3日研究していた輪島は、ついに買う銃を決めた。ドイツの銃でマルイ製のクルツと言う小型の
     電気銃である。

       第一章終わり

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