バイオハザード6の二次小説を書いてます。
| HOME  | INDEX | PIXIV | ABOUT | BLOG | E-mail | 
約束【ジェイシェリ】<3>
***

「ジェイクは気味悪いと思わなかったの」
俯いたままのシェリーが呟いた。
何の話かはすぐにわかった。同時に幼い頃に幾度となく聞いた言葉が脳裏に浮かんだ。

――バケモノめ!
ジェイクは小さい頃から普通の子供ではなかった。ロクに学校も行ってないのに字は普通に読めたし、近所に住んでいたドイツ人から少し教わっただけでドイツ語もすぐに話せるようになった。学力だけでなく、運動神経も並じゃなかった。
最初は得意に思っていた能力も次第に周りが疑問に思い始めた。

人間離れしている――し過ぎている。

幼少の頃、ジェイクはよく苛められた。数人がかりで小突き回され、生傷が絶えなかった。だが、やり返す術を覚えれば同年代だけでなく年上でもジェイクの敵ではなかった。すると今度は無視だ。遠巻きに見られるだけで、関わる人間がいなくなった。
陰日向関係なく吐かれる悪意はジェイクだけでなくお袋にまで及んだ。それでもお袋はジェイクに言い続けた。

『あなたは人よりできることがちょっと多いだけよ』

だからそれで人の役に立ちなさい、と言った彼女は最後まで自分もそうであり続けた。
反抗した時期もあった。反政府軍に入ったのもそういう時期だった。相反する気持ちを持て余して、愛しているのに突っぱねた。病気の治療費を稼ぐためという本音も言えずに反対を押し切る形で従軍した。子供だった、という言い訳は彼女が死んだ今は痛烈に痛いだけだ。
あれほど周囲に忌み嫌われても、一度も彼女はジェイクを気味悪いなどと思わなかった。彼女だけはジェイクを普通の人間として扱った。だから――
ジェイクは目の前のシェリーに視線を戻した。
(お前の気持ちはよくわかる――知っていると言っていい)
フツーでないことの辛さなら、身に染みている。それに対する期待も落胆も嫌というほど味わったので、もう何の感情もない。
――なぜ、自分は普通ではないのか、という疑問もシェリーが答えを持って来た。
自分はもうそれで思い悩む時期はとうに越したし、母親がその苦しみを分かち合って軽減してくれたから、今の自分がある。
あの時、ジェイクが気になったのはそうなった過程であって、シェリーの身体自体をどうこう思う気持ちは全くなかった。
シェリーの様子がただならなかったので、詳しい話を聞いていいものかどうか迷って――結局、聞いた。
辛い過去を何てことないように打ち明けた彼女はもう既にそれを乗り越えたんだろう。その強さに惹かれて――でも、ジェイクにはそれがまだ眩しい。
ジェイクは乗り越えたのではなく、諦めたから――
不意に胸に感じていた温もりが遠のいて、ジェイクは意識を目の前の彼女に戻した。
もだもだと離れようとするシェリーの腹に手を回して、どうした、と聞くと、近いから、と当たり前のことを言っている。
ずっと欲しかった温もりが惜しくて、ジェイクはシェリーの身体を抱き止めた手に力を籠める。まだくっついてろ、と言った途端に振り向いた彼女の顔が瞬時に真っ赤に染まったのを見て、ジェイクは込み上げる都合のいい思考をどうにか押し止めた。
「顔が赤いぞ。熱でもあるのか」
シェリーの額に自分の額をくっつけて、熱を測るフリをすると、更に近づいた彼女の瞳が見開かれた。ジェイクの胸に押し当てた手を精一杯突っ張る。離れたがっているのは一目瞭然だ。
だが、問題はなぜ離れたいのか――だ。

嫌だから離れたいのか。
それとも――
「ジェ…ジェイクは何ともないの?」
「何が」
「だって、近い…」
潤んだ瞳で見上げられて、一体どうしろというのか。
「嫌なのか?」
「嫌っていうか、だって、心臓が痛い…」
今も後ろに身体を引いて距離を取りたがっているシェリーの腰に手を回して、突っ張っている手を握る。
――お前、それって――
「離れて欲しい?」
絶対に放さないけどな、と思いつつそう聞くと、シェリーは口籠った。
「も、もうあったまった、から…」
往生際悪くそう口走る彼女の本心がどこにあるのか考えながら、ジェイクは焦らしてるわけじゃないんだろうな、と思った。
国に軟禁されていたと聞いたので、きっと普通の青春時代じゃなかったんだろう。今、心臓が暴れている理由も本気でわからないとか言いそうだ。
もっとゆっくり時間をかけるべきだと理性ではわかっているが、正直欲しくて堪らない女に自覚はしてないまでも、男として意識されているのを我慢できる男がいるのか。いるならそれはただの腑抜けだ。
シェリーの頬に手をかけると、ためらいがちに上目遣いで見上げてくる。その頬は朱色に染まって、凶器に近い。
「離れたいのか?」
顔を近づけながらもう一度聞くと、わかんない、と呟く声が聞こえた。近づいた分だけシェリーは後ろに下がるが、すぐに壁に当たってそれ以上は行けなくなった。それでもジェイクは近づくのをやめなかった。

――だって、お前、わかんないとか言いながらその顔は反則だろ――
顔を傾けて更に近づくにつれ、シェリーが目を閉じた。唇が触れる刹那、ジェイクの耳は微かな異音を拾った。思わず舌打ちが出そうになるのを堪えて、シェリーから顔を離して耳を澄ました。
「ジェイク?」
いきなり止まったジェイクを不安そうに見つめるシェリーの鼻をつまんで笑った。
「気の利かない客が来たみたいだぜ。残念だが続きはまた後でな」
そう言って立ち上がる頃には彼女の耳にも届いたんだろう。
外からスノーモービルが止まる音、雪を踏み鳴らす複数の足音がはっきり聞こえてきて、ジェイクは素早く銃を手に窓へ近寄った。すぐにシェリーも窓枠の反対側へ壁を背に外を覗いている。もちろん手には銃だ。

――まったく、ここまで五ヶ月前と一緒にならなくてもよかったのに。

ジェイクは外にいる敵の人数を見える範囲で数えてから、向かいで銃を構えるシェリーを見た。
「さっきの――途中で止めて残念か?」
シェリーの顔がさっと赤らんだ。
「そんなの! 知らないわよ、もう! 集中して!」
うろたえながら目を逸らすシェリーに笑って、ジェイクはもう一度窓の外に視線を投げた。
「心配すんな、約束だからな。絶対お前を連れて逃げ切ってやるよ」

――さっきの続きもあるしな。

声に出すとまた噛みつかれるので、内心に思うに留めてジェイクは喉の奥でクッと笑った。


あとがき
BACK - INDEX - NEXT