バイオハザード6の二次小説を書いてます。
| HOME  | INDEX | PIXIV | ABOUT | BLOG | E-mail | 
約束【ジェイシェリ】<1>
Cross my heart and hope to die, if I do tell a lie.
軽快なリズムに乗って、ジェイクが呟くように歌った。
絡めた小指がくすぐったくて、シェリーは思わず笑った。
「なぁに、それ?」
「知らないのか? 童謡だろ?  小さい時に歌ってもらわなかったか?」
シェリーはどんな顔をしたらいいのかわからなくて、思わずジェイクから視線を逸らした。
小さい頃――そんな歌を両親から歌ってもらった記憶などない。シェリーが覚えている両親は背中だけだ。いつも仕事に行く背中だけを寂しく見つめていた。

「ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんのーますっ、ゆーびきった」

ジェイクが突然絡めた指を上下に振りながら、今度は外国の言葉で歌った。何を言っているのかも意味もわからなかったが、メロディは先ほどの歌とほとんど同じだったので、外国の同じ歌なのかもしれない。
「どこの国の歌?」
「日本だ。ああ――歌として広まってるのは日本だけらしいな。お袋が英語にアレンジして歌ってくれた」
だから、と続けたジェイクの指先とシェリーの指先はまだ繋がっている。
「お前が知らなくても無理ないな」
シェリーはジェイクのこういうところに泣きたくなる。どうして私の顔を見ただけで、考えていることがわかるんだろう。わかった上でのフォローがとても上手い。

パチパチ、と焚火の爆ぜる音がした。外は吹雪で窓枠が震えるほど風が強い。それでも偶然見つけたこの小さな山小屋の造りはしっかりしているのか、薪が燃えて爆ぜる音が聞こえるほど静かだった。凍ってしまうんじゃないかと思うほど冷えた身体は急速に暖まった。でもそれはきっと焚火のせいだけじゃない。
暖炉の近くの壁を背にジェイクが片膝を立てて座って、その間に入るようにシェリーが前を向いて座っている。小指は絡んだまま放す機会を見失ったままだ。
吹雪の中の山小屋。

――こんな状況には覚えがある。

イドニアで初めて会って、ヘリが墜落した時だ。データを探した後、束の間、冷えた身体をこんな山小屋で温めた。
もう何年も前みたいに思うけど、実際には――シェリーは心の中で指折り数えて出た答えは片手で足る。
あの頃はジェイクとここまで近づくことなんてなかった。

こんな、息遣いさえ聞こえそうな距離。

シェリーは合衆国に軟禁されて育ったようなものだから、他人との距離に疎い。友達と呼べる同年代の人も周りにいなかったし、恋なんて物語の中でしか知らない。だから、ジェイクとのこの距離が友達として当然の距離なのか、それとも――もっと他に適切な関係を表す名詞があるのか、シェリーにはわからなかった。

五ヶ月前のあの逃亡劇が幕を閉じて、ジェイクとは顔を合わせないまま帰国した。抗体のための血液だけを置いてジェイクが姿を消したからだ。会う必要も手段もないまま時は過ぎたが、思い出したようにメールだけはポツリポツリと入った。大した用事ではない。「元気か」と一言だけの時もあれば、天気の話だけの時もあった。所在に関しては聞いても正確には答えてはくれなかったが、Cウィルスの変異に伴う新しいワクチン精製を視野に入れてBSAAが常にジェイクの行方を追っていた。ただ、放浪する彼の所在は流動的だったので、彼自身も答えづらかったのかもしれない。しかし、急遽どうしても彼を確保せざるを得ない事態が起きた。
アルバート・ウェスカーの息子であることが漏れたらしく、彼の血の価値がどれほど希少か白日の下に晒された。その結果は火を見るより明らかで――合衆国はジェイクを保護のする名目で捕獲することをシェリーに命じた。
シェリーはすぐにBSAAによって確認されている最後の足跡である某国に飛んで――無事再会を果たすことができたが、彼の血を狙う輩がすぐ背後に迫っていたため、奇しくも五ヶ月前の事態の再来となった。
今回はヘリの墜落ではなく、元から冬山に逃げ込む羽目になって吹雪に見舞われた。横殴りの雪の中を進んでやっと見つけた山小屋で吹雪が止むのを待っているこの状況に――既視感を感じた。
あの時は、と考えてシェリーは笑った。
「何笑ってんだ?」
怪訝そうにジェイクが顔を寄せてきた。すぐ横にジェイクの気配を感じてシェリーはくすぐったくなった。
「あの時も、こんな山小屋だったなって思って」
「ああ、そういえばそうだな」
「ジェイクがずっとスーパーガールって呼んでたわね」
シェリーは思い出してくすくす笑った。
シェリーが自分の身体のことを人に話すことはほとんどない。機密扱いだということを差し引いても、どんな反応をされるのかは身に染みているからだ。

――見たか? ありゃもうバケモノだぜ。
――見た目はカワイイのになぁ。もったいない。
――あれを見て付き合おうってヤツはいないだろうよ。

陰で散々言われて来た言葉の数々は既にシェリーの負の感覚を麻痺させている。もう何を言われても何をされてもシェリーの心には響かない。それが当たり前だと享受する癖がついているからだ。だから、ジェイクを庇って背中に破片が刺さった時も、彼に抜いてと頼んだ。みるみる治る背中の傷を驚愕の表情で見つめる彼を見ても、何の感慨もなかった。
「あんたを研究した方がよほど世界のためになるぜ」
そう言われて瞬時に研究所に軟禁された毎日がフラッシュバックした。あの頃は自分の身体が自分のものじゃなかった。モルモットと一言で言えばその通りだったが、それを受け入れるまでの葛藤は並大抵ではなかった。自分の中のウィルスがどんな反応をするのか、ありとあらゆる実験をされた。中には屈辱的な内容のものもあった。嫌だと拒否する権利と一緒に人間でいる権利も剥奪された気分だった。
「研究はされたわ、嫌というほど」
――され尽くしたと言っても過言じゃないほど。きっともう私の身体からは何も出ないほど。
自分の境遇を嘆く気はない。特にジェイクに対しては、彼自身も数奇の運命を背負っている。あの時、彼はそれを知らなかったけれど、いつか、それほど遠くない将来に知ることになるだろうと思っていたから、そんなことを言われても腹も立たなかった。例えあの時、今までのみんなと同じような反応をされても、シェリーは何とも思わなかっただろう。それほど彼女の心は死んでいた。
でも、ジェイクは――
「探しに行くぜ、スーパーガール」

言われた時の気持ちは今でも説明できない。嬉しいとか驚いたとか、そんな単純な感情じゃなかった。

「スーパーパワーを持ったガールだから、スーパーガールだろ?」
あん時はまさか年上だとは思ってなかったしな、と付け加えたジェイクが苦笑いした。
「――気味悪くなかったの?」
今まで誰にも面と向かって聞いたことのない問いをシェリーは呟くようにぶつけた。
「何を?」
心底不思議そうに聞き返されて、シェリーは言葉に詰まった。
今までこれを知った人たちの反応は大抵二通りに分かれる。露骨にバケモノ扱いするか――同情するか。
こんな身体で可哀相にという、わかりやすいけれど安っぽい同情は嫌というほどされた。気遣うつもりで向けられるその感情は露骨にバケモノ扱いする輩よりも厄介だった。自分たちと異質の身体を受け入れるフリをしながら、それを好意だと勘違いしている事実に気づいていない。実際にはちっとも受け入れてなどいなくて、扱いは腫物を触るが如く遠巻きだった。
こんな――本当の意味でシェリーの特異な身体を受け入れてくれたのは――レオンとクレアだけだ。それ以外でそんな人がいるなんて思ってもみなかった。
私は私のままでいいんだ、と思える――そんな人が他にもいるなんて。

「シェリー?」
呼ばれてシェリーは我に返った。
返った途端、背中に感じる温もりに急に居心地が悪くなった。繋いだままだった小指もくすぐったいというより居たたまれない。
慌てて預けていた背中を起こして、繋いだ小指も解いた。身体を離そうとした途端、ジェイクの手が伸びて来て後ろから抱き止められた。
「何だよ?どうした?」
いきなり離れようとしたので怪訝に思ったのか、声にも不安そうな色が混じる。
「だって、近いから…」
「当たり前だろ。寒いからってくっついてんだから」
「も、もう大丈夫よ。焚火で部屋もあったまったし」
シェリーは心臓が暴れて痛いほどなのに、ジェイクは何ともないのかしら、とふと思った。そもそも、なぜこんなにドキドキするのか。
「俺はまだ寒いからくっついてろ」
「ええっ!?」
まさかそんな風に言われるとは思わなくて、シェリーは振り返った。振り返った途端、ジェイクと間近で顔を突き合わせる格好になって、今度は顔が熱くなった。頬が燃えるようで、シェリーはジェイクの視線から逃れるように俯いた。


BACK - INDEX - NEXT