バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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苦い罠 - 1年後 - 【レオエイ/ポッキーの日】
カランと音を立てて氷が解けた。エイダは汗をかいたグラスの下に丸い形で水溜りが出来ているのに気づいて、思いのほか長い時間考え込んでいたことを知った。
グラスの中には3分の1ほどの酒が残っている。それを一気に空けると水で薄まった味が喉に沁みた。
出そうになった溜息を堪えた時、横のスツールに誰かが腰掛ける気配がした。
「マスター、同じやつを」
その声を聞いてエイダは目を瞠った。誰だか見なくてもわかる。エイダはいつもの表情に戻って顔を上げた。
「久しぶりね、レオン」
ラフな格好でくつろぐようにスツールに腰掛ける彼はとても見栄えがする。
「久しぶりだな、エイダ。1年ぶりか?」
含みを持たせた口調にエイダの胸がちくりと痛んだ。刺さった棘が存在を主張するように――去年のことを思い出す。ちょうど1年前の今日のことだ。あれ以来、レオンとは会っていない。
「そうね、ちょうど1年経ったわね。借りたものをお返ししましょうか?」
それでも返せるのは皮肉に見せかけた軽口だけ。レオンは気を悪くする様子もなく笑うと、グラスを手に取った。
「――役に立ったのか?」
グラスを傾けながらこちらへ身体ごと向けたレオンにエイダは微笑む。
「ええ、とてもね」
実際、あの情報はとても役に立った。だが、手に入れた経緯を考えると胸が痛む。仕方ないことだと割り切っても、割り切れない部分があることは自覚している。
「で?今日はどうしたのかしら?」
ここに来るような出来事があったことは耳に入ってない。気が向いただけか、それとも――
「会えるような気がしてね」
「会いたかったの?」
「まぁね」
エイダは片眉を上げてレオンへ顔を向けた。肯定するとは思わなかった。こちらを真っ直ぐに見つめる彼の目にぶつかって、エイダは身構えた。
「生憎、こちらはそれほどでもないわよ」
ただ会いたいために探したりするほど自分たちの仲は単純ではない。お互いにそれはわかっているはずだ。つまり、何か目的がある。去年、エイダがそうだったように――
「去年の貸しがあるだろ」
レオンの顔から笑みが消えた。それでもエイダは微笑みを絶やさずに首を傾げた。
「イーブンだと思ってたけど」
「馬鹿言うな、あれはゲームの分だろ」
お互い何のことを言っているのかもちろんわかっている。きっと最後にはお互いが求めた上だったことも、だ。
「だったらまた勝負する?」
レオンが何を企んでいるのかはわからないが、素直に話を聞く気はない。仕事絡みであることは察しがつくが、出せる情報と出せない情報の精査は慎重に行わねばならない。
薄く微笑んだ笑顔の下でそう考えながらエイダは挑発するように言った。
それに対してレオンは何も言わずに少し身を乗り出した。そのまま更に顔を寄せて耳元で囁いた言葉を聞いてエイダは思わず笑った。
言うわね、という言葉は飲み込んだ。
「いいわ、話くらいは聞いてあげる」
「今俺が関わってる事案の件だ。諸国のバイオテロが疑われる情報が入ってるが、諜報員に知った名前が入っていた」
エイダは敢えて前を向いたままグラスを傾けた。
「お察しの通り、エイダ・ウォンという名前がな――」
自分の名前がどの事案で出てくるかは大体想像がつくし、時にはわざと浮上する場合もある。レオンが詳しいことを言わないのはわざとであろうことは察しがつく。話の流れが読めない段階ではとぼけるしか術はない。
「同姓同名じゃない?」
「生憎防犯カメラに映る誰かさんの姿が確認されている」
防犯カメラに姿を残すドジを踏んだ覚えはない。となると――レオンがここに来た意味は。
エイダはレオンが店に入って来て初めて彼の方へ顔を向けた。既にレオンは正面を向いて、馴染みのマスターにお代わりを頼んでいる。
エイダは敢えてこちらを見ないレオンの意図を悟って薄く笑った。
「やっぱりイーブンだと思ってるんじゃない?」
「イーブンだなんて思ってないさ」
そう言ってレオンはスツールから降りると、少し屈んだ。彼の長い前髪がさらりと動いて、見上げたエイダの額に触れた。

――「もっと価値があると思ってる」

そう囁いて遠のこうとするレオンの首に手を回した。そのまま引き寄せると、背の高い彼は更に屈むことになる。手をついた弾みでカウンターのグラスが倒れた音がした。
時間にすれば短かった。だが、エイダには十分だった。レオンも抵抗しなかったし、これは去年のゲームの報酬と変わらない。情報の報酬だ。
先ほどのレオンの言葉が耳に響く。

――お前もイーブンだと思っていないからこそ、今日、ここにいるんだろ?

見抜かれている、と思った。それでもエイダのための情報を持ってここに現れた彼はなんてお人好しなんだろう。何の見返りも求めずに。
エイダは名残惜しそうに離れるレオンの唇を指で拭った。自分の口紅の色が指先につく。そして、言った。

「これでイーブン?」


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