バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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苦い罠 - 前編 - 【レオエイ/ポッキーの日】
カラン、と氷がぶつかる音が響いた。
そんな音まで響くほど店内は静かだ。BGMに静かな曲が流れてはいるが、極力音を抑えているのか気にならない。明るさも間接照明を使って落ち着いた雰囲気で、誰にも干渉されず騒がしくもない。
レオンはグラスを持ち上げて残り少なくなったバーボンを飲み干した。
カウンターのスツールに腰かけて一人で飲んでいる姿が様になるようになったはいつからだろう。
レオンがこんな風に一人で飲みに出かけるのは月に一度あるかないかだ。そしてそれは大抵、何か気の滅入る出来事があった日だ。
こんな仕事をしていると人の死は日常茶飯事だし、それに対する感覚は摩耗してしまう。ひとたびバイオテロが起これば死者の数が数値でだけ積み上がって行く。それはもういつものことなのでレオン自身、感情のスイッチを切って対処するが、たまに思い出す。その数値のひとつひとつは誰かの親であったり子であったり、恋人だったり――亡くしたことをいつまでも受け入れられない人かもしれないのだと。

――エイダ・ウォンが死んだ

中国のテロ事件でインカムから流れて来たクリスの言葉を聞いた時の衝撃は今でも鮮明に蘇る。
その衝撃は死んだ人の数だけきっとどこかで存在するんだろう。
噛まれればゾンビになる。もう笑えるくらい当たり前の話だ。仲間も友人もゾンビになる前に眉間に銃を当てるのに躊躇はない。今までそうしてきた――アダムでさえ。
だが――
レオンは溜息をついた。
目の前のマスターがバーボンをグラスに注いでくれたのに礼を言って再び一口飲んだ。
「今日はえらく沈んでますね」
マスターの彼が珍しく声をかけてきた。
彼とは言葉をあまり交わさないが、ここに通い始めた頃からの顔見知りだからもう何年の付き合いになるだろう。
客に干渉しないスタンスは昔からで、ただ相手をしてほしい時は口数は少ないながらきちんと話を聞いてくれる。その間合いは昔から間違ったことがない。
レオンも職業柄身体を鍛えているが、それでも彼の腕は自分の何倍あるんだろうというほど太い。一目で軍人だったとわかる風貌で、歳の頃は五十代半ばくらいだろうか。
「ああ、ちょっとね…」
まだ子供だった。親が無事で子供が感染した最悪のパターンだった。親の心情はわかるがいつゾンビになるかわからない遺体を抱いて脱出はできない、と必死で説得したが聞く耳を持たず、レオンの発した言葉のどれが逆鱗に触れたのか、こちらに銃を向けて来た。
「因果な商売だと思ってね…」
深いため息と共に吐いた息はひどく重かった。
伏せた視線の先に色鮮やかなカクテルが映った。同時にふわりと香る――この香水には覚えがある。
顔を上げると色鮮やかなカクテルを手に微笑む彼女がいた。

――「エイダ」

漏れた呟きは静かな店内に響いた。
「久しぶりね」
いつものように笑う彼女は細身のパンツスーツ姿で形のいい脚を組んでいる。
「何してるんだ?」
ここで飲んでることは誰にも言っていない。偶然なわけがない。
「行きつけのバーで飲もうと思ったらあなたがいたのよ」
乾杯、とでもいうように細身のグラスを掲げた彼女の顔を思わず凝視する。次いでマスターを見る。
「常連のお客様でいらっしゃいますね」
常連?エイダが?ここの?
「ちょっと待てよ、俺は何年もここに通ってるけど会ったことないぞ?」
「すれ違う運命なんじゃないかしら?」
カクテルを口に含みながらクスクス笑う彼女の横顔が近い。
「現場ではよく会うだろ」
「会うって言っても年単位でしょ」
レオンは自分もバーボンを口に含みながら笑った。
「何だ、もっと会いたいのか?」
からかう口調で軽口を叩くのはいつもの癖だが、こんなプライベートの場面で言うのは初めてだ。酔っている自覚はないが、やはり酔っているのか。
「あなたが会いたいって言うなら考えなくもないわよ?」
案の定軽い口調で流されてレオンは声を出さずに笑った。
「本当は俺が恋しくてこの店に通ってるんだろ?」
「酔っ払いね。マスター、おつまみちょうだい」
エイダがカウンターの内側にいるマスターに手を振る。すぐに出て来たのは――
「お菓子?」
「ポッキーですよ」
グラスに入れられた細い棒状のお菓子。
「私甘いモノは食べないんだけど」
「ご存知ないですか?ポッキーの日」
レオンはグラスから一本抜き取った。
「ああ、ゲームだろ。こうやって端からお互い食ってくやつ」
ホラ、と咥えた先をエイダの方へ向ける。酔っていないと思っていたが、結構酔ってるのかもしれない。
片眉を上げたエイダがフッと笑って、こちらに向き直った。
「ゲームをするなら何か賭けないとね?」
「いいぜ、何を賭ける?」
レオンが軽くそう応じた時のエイダの顔を見た途端、なぜか承諾したことを後悔した。
聡い女で自分の言動の隅々まで計算しているだろうことは想像に難くない。ここに現れたこと自体に意味があったら――?
いつもの如く、目的があるからレオンの目の前に姿を現したのかもしれない。そう気づくと同時にエイダが口を開いた。

――「勝ったら私の欲しいものをひとつ頂戴ね」


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