バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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おれはお前のもの
ジェイクと付き合い始めて数ヶ月が経った。
イドニアとアメリカの遠距離で始まった交際は順調といえば順調だが、小さな躓きがないといえば嘘になる。
その最たる問題が――

イドニアの空港に降り立ったシェリーは、もう何度目になるかわからないゲートをくぐると待合ロビーに入った。
いつもはそこにあるはずの長身の姿はない。今回は仕事で迎えに間に合わないかもしれないと言うので、シェリーは迎えを断った。一人で大丈夫か、と心配する彼に「子供じゃないのよ」と笑ったのはつい昨日のこと。
子供じゃないのに、とシェリーは別のことが頭をかすめた。
ここ最近ずっと考えていたことだ。

――ジェイクに求められても、応えられない。

そういう雰囲気になっても逃げてしまう。一番最初の時など泣いてしまった。身体が固くなって血の気が引く。
我慢させている、というのはわかってはいるが、身体がどうしても言うことを聞かない。
ごめんなさい、と謝ると、ジェイクは決まって「気にしなくていい」と言ってくれる。それが苦しい。
今回こそは、と思っていつも会うのだが、いざとなると腰が引けてそれがジェイクに伝わる。優しい彼は決して強引にはしない。
シェリーは小さく溜息を吐くと、足早にロビーを抜けて外に出てタクシーを拾った。

タクシーで30分ほど走って市街地に入ると、シェリーは買い物のためにジェイクの家の近くの市場で降りた。
ジェイクは小さい頃から働く母親に代わって家で自炊をしていたらしく、料理はそこそこできる。軍に入ってからは身体が資本だと考えて、その腕には更に磨きがかかった。
対してシェリーは――したことがないから仕方ない部分があるとはいえ、自分でもげんなりするほどの腕前だ。それでも基本家でしか食事をしないジェイクに合わせてこちらに来た時は料理をしている。見かねてジェイクがほとんどやってしまうのだが。
市場に入るとまだ午前中だからか、結構な人込みだった。露店に並べられた色とりどりの野菜を見ながら、シェリーは今日のメニューを考える。
(考えたって限られてるんだけど)
そう思いながらも、少し引っ込んだ露店先に気になるものを見つけてシェリーは一歩中へ入った。その途端、後ろから女性の声が聞こえてきた。

「あら、ジェイク。久しぶりね」

まずジェイクという名に反応した。チラと振り返ると露出度の高い服を着た背の高い女の人が店の前を通り過ぎるところだった。
店先から顔を覗かせると、先ほどの女の人の後姿が目に入った。その隣には周りの人込みから頭一つ長身の――見間違えようもないジェイクがいた。
とっさにシェリーは後ろを向いた。姿は見えなくなったが声はかろうじて聞こえた。
「…ああ」
気のない返事をしたジェイクに少しホッとしながら、シェリーは耳を澄ます。
「最近全然来てくれないのね。前は結構贔屓にしてくれてたのに」
「…もう行かねェよ」
「あら、他にいい娘を見つけたの?」
シェリーは会話の内容がよくわからなくて、頭が混乱した。
昔の彼女ではないか、という考えが真っ先に浮かんだが、それにしては会話が変だ。もう行かないってどこに?贔屓というのもよくわからない。
シェリーは店先から少し顔を覗かせると、道の向こうで人込みにまぎれて二人が向かい合ってるのが見えた。
すると、女の人がジェイクの腕に手をかけながら伸び上がった。耳元で何か囁いている。真っ赤な口紅が印象的な横顔だった。
ジェイクの口の端が上がるのが見えて、笑ったんだ、と認識するまでに時間がかかった。
あんなにうるさかった周りの雑音がシェリーの耳から一切消えた。
「じゃあな」
ジェイクの声だけがはっきり聞こえて、そのまま背を向けて大股に遠ざかって行くジェイクの後姿を見つめながら、シェリーはフラッと店先から出た。前を歩く先ほどの女の人が背中を見つけて、シェリーは頭が真っ白なままその背中を見ながら歩いて行った。

しばらく歩くと市場を抜けた。途端に雰囲気ががらりと変わったように感じた。市場のように活気に溢れた感じでもなく、何とも言えない、昼間なのに気だるい感じの空気が漂う場所に出た。軒先は何だか赤の配色が多い柱にけばけばしい装飾の建物が並んでいる。
(どこだろう、ここ…)
そう思いながら前を見ると、先ほどの女の人がその中の一軒に姿を消した。
一緒に入るのも憚れてしばらく道端に立ち尽くしていると、その建物の二階の窓が開いた。姿を現したのは先ほどとは違う女の人だったが、胸元が大きく開いた服で髪もかなり乱れていた。目が合って怪訝そうな顔をされて、シェリーはやっとそこが何なのか思い当たった。
思い当たった瞬間、肩を掴まれた。振り返ると小太りの男の人が立っていた。
「きみ、そこの店の子?今から出勤?」
出勤の意味を悟って、シェリーは慌てた。
「ち、違います!」
「違うって、こんなとこに女がメシ食いに来るかい。ああ、迷ったのか?俺が――」
言いかけた男の手が離れたと思ったら、上から低い声が降って来た。
「俺の女に何か用か、おっさん?」
びっくりして振り仰ぐと、ジェイクが険しい顔で立っていた。男の手首を掴んだ右手に力が入ったのか、男の顔が歪む。
「は、放せ」
男の弱々しい抵抗にジェイクは鼻で笑って手を放した。よろけながら男が手首を押さえて走って行くと、ジェイクがシェリーの方を向いた。
「何やってんだ、こんなとこで」
「あ、あの…」
まさか尾行してきたとも言えず口籠っていると、上から声が降って来た。
「あら、ジェイク。やっぱり来てくれたの?」
見上げると先ほどジェイクと話していた女の人が窓から顔を出していた。派手な顔立ちに真っ赤な唇が印象的だった。
「てめぇが人のポケットに勝手にこんなもん入れるからだろが」
ジェイクはそう言って何かをポケットから出して窓の方へ投げた。石ころほどの小さい何か。
「そんなモン入れんな、馬鹿野郎。もう行かねェっつったろ」
窓から身を乗り出してそれをキャッチした女の人が指に嵌めるのを見て、シェリーは指輪だと悟った。
「律儀なトコは変わってないねぇ。勝手にポケットに入れたもんをわざわざ返しに来るなんてさ。返しに来たら店に引っ張り込もうと思ってたんだけど――」
そう言って彼女はシェリーを見た。
「そんな可愛い子がいるなら無理ねぇ」
「わかったんなら二度とすんなよ」
ジェイクが言いながらシェリーの肩を抱いた。そのまま市場の方へ向かって歩く。その背中に向かって女の声が飛ぶ。
「別れたらまたおいでよ」
「二度と来るか!」
振り返りもせずにジェイクは怒鳴り返すと、シェリーの肩を抱いたまま市場へと戻った。

シェリーは歩きながら頭を巡らせた。
先ほどのジェイクと彼女の会話から察するに、つまり、ジェイクは――
「シェリー」
呼ばれてシェリーが見上げた先にジェイクのバツの悪そうな顔が見えた。
「何考えてんだ?」
「え?あ、あの…さっきの、」
言いかけた言葉をジェイクの舌打ちで飲み込んだ。
「昔のことだ。関係ないだろ」
シェリーはその言い方にカチンときた。
よく知るわけではないが、つまりジェイクはあの女の人を"買った"ということなんだろう。実感としてはわからないが、健康な若い男の人の生理的な衝動も知識としては知っている。だから別にそれ自体はどうということはない。だが、関係ない、というのは違う気がした。

――私、関係ないの?

私とジェイクは、気になっても聞いちゃいけない関係なの?
「――どうして?」
「あん?」
シェリーはジェイクの手を払った。意外に大きな音がして気持ちが竦んだが、引けずにジェイクを見上げた。
「どうして関係ないの?気になるのに聞いちゃいけないの?」
「だから、昔のことだろって!」
「今は行ってないってこと?だって、私たちはその、まだ…だし、我慢できなくて行っちゃうことだってあるんじゃないの?」
一度滑った口は止まってくれない。こんなことが言いたいんじゃないのに。でも、関係ない、と言われた棘がシェリーの心を頑なにする。
「行くわけねぇだろ!大体、それがわかってんなら焦らすなよ!」
「じ、焦らしてなんか!」
「付き合ってもう何ヶ月だよ!いつまで待てばいいんだよ!?」
言われてシェリーは自分の顔が強張ったのがわかった。それを見たジェイクの顔もわかりやすく変わった。しまった、というわかりやすい感情が出た顔。でも、もう遅い。
シェリーは俯いて踵を返した。駆け出すと同時にジェイクが自分を呼ぶ声が聞こえたが、そのまま走った。だが、すぐに腕を掴まれた。そのまま身体ごと腕に閉じ込められて、シェリーは拳を振り回した。
「放して!」
振り回した拳がジェイクの顎に当たったが、彼の腕はびくともしない。
「悪い、今のナシ」
きつく抱き締められて、手を振り回すこともできなくなる。
「焦らすとか、そんなこと思ってない。お前の準備ができるまで待つ。悪かった」
胸に顔を押し付けられたまま上から低く言われて、身体から力が抜けた。それがわかったのか、ジェイクの腕が少し緩んだ。
「…嫌じゃないの、でも」
まだ怖い、という言葉が出る前にジェイクが頷いた。
「わかってる」
ジェイクの手が優しくシェリーの頭を撫でた。
焦らしている、と言われて刺さった棘が更に深く突き立った気がした。
できないのがおかしいと言われているようで、でもシェリーにはどうしようもなくて、泣きたくなった。応えたいという気持ちと怖くて逃げたいという気持ちを抱えて優しいジェイクに甘えた。それを自覚しているから尚更「いつまで待てばいいんだ」というジェイクの本音が刺さった。
恋人らしい行為を拒否しておいて、ジェイクの過去は気になって詮索したがる。親しげに女の人と話してるのが嫌だなんて、言う資格ないのに。
俯いたまま涙を我慢していると、ジェイクが更に力をこめてシェリーを抱き締めた。
「…さっきの、昔の話だし、今はホントに行ってねェぞ。過去のことだし、どうしようもねェから気にするなとしか言えない」
何も言わずにいると、ジェイクは言葉を続けた。
「過去はどうしようもないけど、俺の未来はお前に全部やるからそれで勘弁しろ」
たまらず零れた涙を見られたくなくて、やっぱり俯いたままシェリーは頷いた。

「おれはもうお前のものなんだから、お前にしか触らせない」

耳元で囁かれてシェリーは顔も上げられなかった。きっと顔が赤くなってる。
ジェイクはきっと全部わかってる。シェリーの怖いという気持ちも応えたいという気持ちも、その間で揺れていることも、揺れておいてジェイクの過去が気になるし、拒否しておいて自分以外の女性がジェイクに触るのが嫌だと思っていることも全部。全部わかった上で、それでもそう言ってくれるの。
ジェイクの優しさに胸が詰まった。
何が怖かったの。こんなに――こんなに大切にされてるのに?

「じゃあ…今日、触らせて」

俯いたまま呟くと、上でジェイクが笑った気配がした。

「Absolutely.」


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