バイオハザード6の二次小説を書いてます。
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バレンタイン協奏曲 <1>
一年に一度、母の日のカーネーションが値上がりするように、バラが値上がりする日ある。

それは――バレンタイン。

***

「よぉ」
久しぶりに会うレオンはカウンターのスツールに腰かけたまま手を挙げた。
クリスはそれに応じながら、隣のスツールに陣取る。バーテンにバーボンを頼んた。
「久しぶりだな」
しばらくはお互いの近況や当たり障りのない雑談をしながら、クリスは頭の中でレオンが自分を呼び出した理由を考える。

――特に心当たりはないんだがな。

「レオン」
クリスは雑談が一段落したところで、レオンの方へ顔を向けた。
「ん?」
「今日は何で呼び出したんだ?」
「別に…理由なんかないさ」
「聞きたいことでもあったんじゃないのか?」
レオンは何も言わずにグラスを傾けた。カランと氷がグラスにぶつかる音がした。
「そういえばもうすぐバレンタインだな」
急に話題を変えられて、クリスは戸惑った。
(バレンタイン?)
もちろんそんな行事が存在することは知っている。
アメリカでは男から女に贈り物をする日だ。国によって風習は違うんだろうが、こちらではそうなっている。オーソドックスにバラだったり、他のものでもいい。付き合っている男女間の行事だけでなく、口説くために利用する場合もある。
クリスもそのくらいのことは知っているが、知識として知っているだけで実感したことは若い頃に数えるほどだ。つまり、そんな相手がいたことが遥か昔の話ということだ。

ただ、今は――

クリスは脳裏に浮かんだ顔に苦笑いした。
自分が何かする度に赤くなって慌てる姿が可愛くて、ついちょっかいを出してしまう。
褒めると顔がパァッと明るくなって、思わず頭を引き寄せたくなる。自分の顔も相当緩んでいるんだろうな、と自覚はしているがどうしようもない。

「誰かいるようだな?」
からかうような声音のレオンと目が合ってクリスは我に返った。
「何だ?」
かろうじて表情を消して聞き返したが、我ながら成功したとは思えない。
「今の顔。誰かいるんだろ?」
「何の話だ?」
それでも今の関係をまだ誰かに漏らす気はなく、クリスはとぼけた。
そんなクリスを横目で見ながら、レオンはフッと笑うとグラスをバーテンに掲げてお代わりを頼んだ。
「まぁ、いい。相手は聞かないでおこう。バレンタインは何かするのか?」
そこまで聞かれてクリスはやっと思い当たる。そこまでバレンタインにこだわるのは――
「ああ、呼んだ理由はそれか?」
「え?」
「バレンタインにプレゼントを贈るんだろう?」
それで自分が呼び出されたということは――

「クレアか?」

目を見開いたレオンが慌てたように手を振った。
「違う!クレアとはそんなんじゃない。誤解するな」
「そうなのか?俺はてっきり――」
「彼女とは友達だ。戦友、かな。そんな感情はないさ」
嘘を言っているようには見えないし、多分本当にそうなんだろう。クレアからもそんな話が出たことはない。
もっとも、クレアも立派な大人だ。誰と付き合おうと自分は口を出す気もないが。
「じゃあ、何だ?」
「だから何でもないって。久しぶりに飲みたかっただけだ」
そう言ったレオンは一気にグラスを呷った。
「…好きな女でもできたのか?」
クリスは何気なく尋ねた。レオンは外見からしてモテそうだ。バレンタインに過ごす相手に不自由するとは思えない。実際、クレアから聞いた話では結構短いサイクルで付き合う相手が変わるらしい。仕事が忙しいのもあるんだろうが――

――それでも彼女を信じるというのか?
――…ああ。

中国での対峙が思い出された。
あの時、少なくともレオンはあの女――エイダ・ウォンに対して特別な感情があったように思う。
「好きな女、か…」
呟くように漏れたレオンの声にクリスは首を傾げた。
「どうした?やっぱりいるんだろう?」
「そうだな、好きな女はいる…んだろうな」
微妙な言い回しだ。つまり付き合ってはいないということだろう。
「誰だ?」
何も考えずに聞いて、レオンの顔を見て手を振った。目線で言わんとしていることは知れた。
自分のことは言わずに人のことを聞く気はない。
「で?」
話の先を促すと、レオンはクッと笑った。
「例えば、例えばだが…クリスなら何を贈る?」
「相手の情報が何もない状態で答えるのは難しいな」
顔を顰めてみせると、レオンも納得したのか口を開いた。
「俺より年上で付き合ってるわけじゃない。脈があるかどうかもわからない。会う手段はないに等しい」
クリスは思わず口を開けてレオンを見た。何だそれ?
それでもレオンは目を逸らしながら続ける。
「たまに気まぐれで会える時もあるが…思わせぶりだからその気になって手を伸ばしても猫みたいにするりと逃げられる」
「…それで好きなのか?」
思わず出た本音にレオンは苦笑した。
「そうだな…言葉にするのは難しいな。いや、いい。忘れてくれ」
レオンはそう言って顔を背けながら手を振った。
クリスはしばし考えて、俺も経験豊富なわけでもないからな、と前置きした上で言った。

「オーソドックスに――とかどうだ?」

聞き落とした単語が脳に届いた時、レオンは勢いよく顔を上げた。


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