いつも心に太陽を…


 夕方からのショーは、何時ものように子供連れのお客様たちで賑わっていた。
 もうすぐショーが始まろうとしている。
 桂木園長が、何人かの知り合いの記者を呼び、憲一のことを話し、取材にも来ていた。
 こういう感動的なことも、記事にしてみようという彼らの意志と、桂木園長の思惑がかみ合ったのである。
 憲一は、車椅子に乗り、母親に押されながら、ステージの前列に、地球防衛組織の戦闘員に案内されて、そこに立ち止まる。
 周囲の子供達は、彼らの存在に喜び、目を輝かせてみている。
 その傍で、美帆がいる。
 付き添いとしてやってきたのだが、太陽に頼んだ張本人なので、最後まで観ようという意識があるようだ。
 しかし、ここまでやってくれるとは思っていなかったようだが。
 演出家の人は、ステージの背後でほくそ笑んでいる。
 「しかし、まあ。結構気のいい奴が多いよな。司馬さん頼むぜ。太陽もな」
 太陽は舞台裏で既にリターナーの着ぐるみを着込み、後は面をかぶるだけであった。
 司馬と呼ばれた若い精悍な美男子の男は、親指を立てて笑う。 
 絵になる男である。彼が出てきたら、子供達は大喜びする事は間違いないであろう。
 その時、ステージで歓声が起こった。
 女性司会者がステージに立ち、子供達に挨拶をしたのだ。
 「よし、一世一代の芝居を始めるぞ」
 演出家の声に、全員が動き出した。
 「皆さん、こんにちは」
 女性の声に、子供達の元気な返答が返ってきた。
 「今日は、ウルトラマン・リターナー・ショーに来てくれてありがとう。今日は皆と一緒に、その舞台の前にいる憲一君も来てくれたのよ」
 そのマイクを通した声に、皆が車椅子の少年を見る。
 「憲一君は、交通事故にあって今は体が不自由だけど、皆と同じく、ウルトラマンが大好きで、皆と一緒にウルトラマンを応援したくて来てくれたの」
 その時であった。女性の傍で爆発が始まった。
 舞台演出用の爆発だが、子供達を驚かすには充分であり、女性司会者も、半分の演技で驚いてみせる。
 舞台のライトが切れ、おどろおどろしい曲が流れる。
 舞台の背後から、禍々しい甲冑を着込んだような意星人が現れた。
 子供達は驚く。
 リターナーの宿敵、オメガ二アン星人だ。
 地球侵略を狙う宇宙人であり、ウルトラの戦士たちと互角の知能と戦闘能力を誇る異星人だ。
 昆虫と人間の間の様ないでたちで、その姿は畏怖と重厚さを感じさせる漆黒の異星人だ。
 「何が、ウルトラマンだ! ウルトラマンなど我々の敵ではない」
 中に入っている佐藤が叫ぶ。
 派手だが重厚な演技でオメガ二アンはゼスチャーで重厚さと不敵さを演出し、司会者の女性を弾き飛ばした。
 子供達が固唾を飲んで見守る。
 オメガニアンは、上半身を揺らして笑い、ステージの真ん中で子供達に叫ぶ。
 「さあ、地球の子供達よ。これからお前達に我々オメガ二アンの教育を受けさせてやろう。お前達地球人は、地球を汚し、何れ宇宙をも汚す悪魔の生物だ! 貴様等を全員その悪魔から、我々宇宙一の優秀民族、オメガ二アン星人の思想をありがたく受けるが良い」
 子供達が騒ぐ中、地球防衛組織の隊員達が、銃を構え、発砲する。
 特撮用の発砲音と、オメガ二アン星人の着ぐるみに着けた着弾用の破裂が同時に行ったが、オメガ二アンは高笑いをしながら、彼らに近づく。
 隊員達は、憲一の前に立ち、憲一を助けようとする。
 「眠れぇ!」
 オメガニアンが両手を向けて叫ぶと、隊員達は、崩れるように倒れていった。
 子供達が悲鳴をあげる。
 「さあ! 子供達よ! 我が一族の教育を受けるが良い!」
 彼が叫ぶと同時に、軽快な音楽が流れた。
 それと同時に、子供達には聞き覚えのある笑い声が響いた。
 オメガニアンが、「何?」と、振り向くと、そこに一人の若者が立っていた。
 先程、司馬と呼ばれた若者であり、俳優である。
 子供達が歓声を上げる!
 また憲一も、目を輝かせてみる。
 司馬康平。
 ウルトラマン・リターナーに変身する、銀河光太郎の役者である。
 かつてのファンには懐かしく、モロボシ・ダンの孫と言う設定がファン泣かせである。
 「貴様! ウルトラマン!」
 「オメガ二アン。お前も落ちぶれたな」
 「何?」
 幸太郎が、笑いながら彼と距離を置いてにらみ合う。
 「子供に手を出してどうする? それがお前達、優秀星人のすることか?」
 「馬鹿を言うな。地球人ほど残酷な生物はいない! 自分の星を壊そうとしても平気な民族だぞ。大宇宙警備隊ともあろうウルトラの戦士が、なぜ地球人を守る?」
 「地球人は、間違いをする権利がある。そしてそれを正す力を持つ者こそ、この子供達だ!」 
 光太郎は、子供達を見ながら言い切った。
 「帰れ、オメガ二アン! 我々は地球に干渉すべきではない」
 そう言った時、オメガ二アンは、全身を揺らして笑う。
 「フフフッ、同類哀れむか。……貴様達ウルトラ一族も、かつては宇宙で最も危険な生物であったな。地球人と同じく、星を壊し、仲間殺しを平気で行う殺戮民族であった」
 「だからこそ、立ち直れる! 悪を知った以上、その悪を憎むことが出来る! 地球人は、我々ウルトラの一族にとって最も親愛をもてる宇宙の同胞だ! 地球人なら、必ず立ち直れる!」
 光太郎が、叫ぶと同時に左腕のブレスレットに手を触れた。
 変身である!
 「させぬ!」
 オメガニアンが叫び、光太郎の床に手を向けた。
 すると舞台用の床が外れ、光太郎の体がステージの下に落ちていった!
 子供達が悲鳴をあげる。
 下に落ちた光太郎……いや、司馬は、マットの上に器用に受身をとってから立ち上がった。
 そして横に構えていた、リターナーの姿で待機している太陽に、
 「頼むぞ!」
 「ありがとうございました、司馬さん」
 「なあに、俺も小さい頃、交通事故にあってしまってな。……他人事と思えなかったのさ。それと、俺の人気取りでもある」
 最後に偽悪ぶり、彼は笑い、太陽は用意を整えた。

 

 ステージの上では、オメガ二アンが哄笑している。
 子供達が唖然とする中、彼は子供達を見る。
 「しょせん、ウルトラの一族の甘ちゃん達では、宇宙の平和は守れぬ! 我等、オメガ二アン一族こそ、大宇宙警備隊に相応しい! まずは、この地球の子供達を我等の一族にしてくれる!」
 おどろおどろしい音楽とともに、子供達が怯える。
 憲一も、動かない肉体を震わせている。
 その時であった。再び勇ましい音楽が流れ、光太郎の落ちた穴から、トランポリンを使って、リターナーが飛び出した!
 見事にアクロバットな動きで着地し、構えた。
 その銀色のボディをベースに、胸のカラータイマーから真紅とラインが四肢に向って伸び、その真紅のラインを細いマリンブルーのラインが挟んでいる。
 洗練されたボディとデザインは、まさしく21世紀のウルトラマン。
 初代ウルトラマンがパワーアップして帰ってきた姿であった。
 リターナーの勇ましい音楽が流れ子供達が興奮する。
 「帰れ! オメガニアン! 地球は地球人に任せるのだ」
 司馬が、マイクを使って叫ぶ。
 「ええい、やはりウルトラの一族は我が一族の邪魔者か! 現れよ! 再生四天王(リボーン・フォー)
 その叫びと共に、ステージの四方から怪獣がそれぞれ四体現れた。
 初代ウルトラマンのときにも登場した怪獣を、リターナー動揺に、シャープなデザインで一新した怪獣達。
 ゴモラ、レッドキング、ジーラスの三体と、それのリーダー的存在であるハイ・バルタン星人である!
 それぞれが、立体的な皮膚と、小さくなった頭がとくちょうで、現在的なデザインに変更されている。
 ハイ・バルタン星人は、両手の鋏が、細長く改良されており、頭も小さくなっている。
 そしてあの怪獣の中で唯一、鳴き声と称されない独特の「笑い声」が響く。
 それと同時に勇ましい戦闘マーチが会場に流れ、リターナーは構えた。
 子供達の声援が飛ぶ。
 リターナーはダイナミックな動きで、怪獣四体に相手に戦い続ける!
 最初は苦戦しながらも、次々と怪獣達を叩きのめし、一体一体、退治していく。
 一体ごと斃すごとに子供達は興奮し、声援が大きくなる。
 憲一も車椅子の上で、全身を震わせて、声にならないうめき声で、必死に応援している。
 それを母親が嬉しそうに見つめ、美帆も、ステージで激しい動きや、バック転を決めるリターナーの動きを見ながら、そのリターナーの中に入っている太陽を応援する。
 (太陽……貴方はこんなに子供達を興奮させる力があったのね。子供達がこんなに喜んでいる……)
 残る敵は、ハイ・バルタン星人だけとなった。
 細長い鋏が開き、その先端が閃光を放った。
 すると、リターナーの傍にセットされていた撮影用の爆発物が爆破し、リターナーはバック転でそれを躱す。
 子供達はますます興奮する。
 リターナーは、今度は体操選手の様に回転しながらハイ・バルタン星人に近付く。
 ハイ・バルタン星人の鋏(はさみ)から閃光が出ると、回転しながら近付くリターナーの傍で爆発が起こるが、それをリターナーは躱しながら、怪獣の肩を掴みながら着地した。
 それと同時に、再び跳躍し、ハイ・バルタン星人の肩を掴んだまま、その肩の上で逆立ちしてから背後に降り立った。
 これは子供だけではなく、大人達も驚きの声を出した。
 怪獣の背後に着地したリターナーは、再び跳躍し、その背後にドロップキックを決めて、ハイ・バルタン星人を沈めたのである。
 その激しいダイナミックな動きに観衆は大喜びであり、リターナーは着地したと同時に、オメガニアン星人を睨む。
 「オメガニアン! オメガ星に帰れ! 我々と違うからと言って悪と決めるのは間違っている! ウルトラ一族も、オメガニアン一族も、過ちを繰り返してきた! その過ちを正すのが、真の正義であるはずだ!」
 オメガニアン星人は黙っている。だが、両手を頭上に掲げ、地面に叩き付けた。
 すると、舞台の下から、床が這い上がり、一頭の怪獣がせりあがってきた。
 佐藤と呼ばれるスタントマンが中に入っている。
 身長は一九六と大柄な男であり、このリターナーシリーズ、最強の怪獣として登場する『コイツ』に相応しいスタントマンだ。
 その怪獣の登場と同時に、恐怖に満ちた曲が流れ、リターナーが驚きの演技を見せる。
 子供達もその怪獣の存在に驚き、巨大な怪獣の畏怖感に怯える。
 そして大人達は、懐かしさと、初代ウルトラマンが負けた恐怖の相手としての記憶を蘇らせながら、それぞれが口にした。
 「……ゼットン……」
 黒と黄色をベースにした二本の角を持つデザインは、さらに恐竜的にデザインされ、そのシャープで素早い印象を与えるデザインは、それでも最初のゼットンの重厚さを感じさせる。
 そう、あのウルトラマンの最終回で、ウルトラマンを斃した最強の宇宙恐竜ゼットンであった。
 そしてゼットンも、オメガニアン星人の手によって、新しく再生されたという設定で、「オメガ・ゼットン」として登場するのだ。
 そして今までのリターナーの話でも、二度ほど登場し、リターナーは二回とも逃走を余儀なくされた敵である!
 「どうだ、ウルトラマン! 貴様はやはり、オメガ・ゼットンにトラウマがあるようだな」
 高笑いするオメガニアンに、リターナーは、後退しながらも、構える。
 子供達も固唾を飲んで見守っている。
 オメガ・ゼットンが少し腰を落として、疾走の体勢に入る。
 リターナーは構えた。
 瞬間!
 オメガ・ゼットンは疾走し、リターナーに体当たりをした。
 リターナーは吹き飛ばされ、苦しそうに立ち上がる。
 会場に、
 「ゼットォーン」
 という不気味な声が響き渡る。
 リターナーは、よろめきながらも立ち上がった。
 子供達が必死にリターナーに応援する。
 だが、立ち上がるリターナーにオメガ・ゼットンはその頭を掴み、持ち上げて投げ飛ばした。
 飛ばされるリターナーは、苦しみながらも立ち上がる。
 「ウルトラマン、貴様がどんなにパワーアップしても、ゼットンはそれ以上にパワーアップしたのだ。宇宙最強の恐竜の恐ろしさを再び味わえ!」
 オメガニアンの叫びと同時に、ゼットンの胸に内蔵されている電飾が輝いた。
 それと同時に、リターナーの周囲にセットされていた特撮用の爆発が爆竹の様に連続して起こり、リターナーは苦しそうに肩膝を突いた。
 そしてリターナーの目が、リターナーのカラータイマーが、弱々しく輝きを失ってく。
 子供達が必死に応援し、大人たちは、子供の頃見たウルトラマンのあの衝撃の結末を思い出し、まさかと思いこみ、中には、子供と混じって応援する人物も現れた。
 オメガ・ゼットンがリターナーに近付く。背後でオメガニアンが笑う。
 憲一も、信じられない光景に目を丸くしてみている。
 まさか、リターナーが負ける?
 子供達が驚く中、その悪夢が現実となった。
 リターナーの目とカラータイマーの輝きが失われ、そのままリターナーは倒れたのだ。
 再びあの悪夢が!
 大人たちは驚く!
 子供達も、まさかの展開に固唾を呑む。
 その時であった。
 オメガ・ゼットンとオメガニアンの頭上から銀色のネットが落ちてきて、二人に絡みついた。
 二人は、それにもがき苦しみ、動けなくなる。
 その瞬間、ステージが暗くなり、その隅から、白銀と真紅のボディに、エッジの効いたボディは、強さを強調させるウルトラの戦士が現れた。
 その姿に子供達が目を輝かせる。
 リターナーの直属の上司であり、太陽系警備隊指揮官、キャプテン・ウルトラであった。
 リターナーの兄、ゾフィーの友人でもあり、ゾフィーと互角の戦闘能力を誇る戦士である。
 そのキャプテンが、倒れたリターナーの傍に近寄る。
 ネットに絡み、もがいている宇宙人と宇宙恐竜を無視し、
 「どうした、リターナー。お前の力はその程度か?」
 リターナーは倒れたまま動かない。
 「まだ死んでいない! お前はオメガ・ゼットンに負けたのではない。自分に負けているのだ」
 返事が無い。
 嘆かわしそうに、キャプテンは首を横に振る。
 「お前はウルトラマンではなく、リターナーであろう。帰還者だ! お前はなぜ地獄の特訓に耐え、パワーアップしたのだ? 再びゼットンに負けるためか?」
 それでもリターナーは動かない。
 「しっかりしろ! それでも貴様はウルトラの戦士か!? お前が倒れたら、此処にいる子供達はどうなる? 子供達の為に自分に打ち勝て!」
キャプテンの叫びの後、少しずつ、子供達の応援が高くなっていく。
 子供達が必死にリターナーを応援するが、リターナーは立ち上がらない。
 「貴様! 今のままでは貴様はウルトラマンだ! だが、ここで立ち上がれば、真のリターナーだ! まだ、心が負けているのか? 自分に負けているのか!? ゼットンを倒さない限り、貴様は自分に勝つことは出来ないぞ!」
 キャプテンが叫ぶ中、彼は周囲を見渡すと、憲一の存在に気付く。
 車椅子に乗った不随の少年の下にキャプテンは近付く。
 子供達は唖然と見守り、憲一も驚いている。
 キャプテンが、憲一の前に座り、彼の目線に合わせて、彼の手を握った。
 「憲一君。君の力を貸してくれないか?」
 意外な言葉に、憲一は頬を揺らした。
 「君は、この地球人の代表として、君の想いをウルトラマンに伝えてやってくれ。ウルトラマンを、リターナーに勝って欲しいという気持ちを彼に伝えてやってくれ。君なら出来る! ここにいる子供達の代表として!」
 傍に居た美帆は、思わず息を呑んだ。
 自分が太陽に頼んだ事は、リターナーのアトラクションを見せてやって欲しい事であった。それだけで充分憲一は元気になると思っていたのだ。
 だが、今、倒れているリターナーの中に入っている若者は、この哀れな子供の為に、ここまでの事をしてくれているのだ!
 憲一の母親は、車椅子の背後で涙を流していた。そしてその涙を隠そうともしない。
 「お母さん、健一君を借ります」
 キャプテンはそう言って、憲一の車椅子を押し、倒れているリターナーの傍まで連れて行った。
 そして、キャプテンはリターナーの右手を持ち上げ、憲一の膝の上に置いた。
 それを憲一の小さな両手に握らせて、
 「頼む、憲一君。心の中から願ってくれ。リターナーの勝利を願い、彼に勇気を与えてやってくれ。自分に打ち勝つ勇気と、過去に打ち勝つ力を!」
 そしてキャプテンは、会場の子供達にも、
 「君たちも頼む! リターナーに立ち上がる勇気を与えてやってくれ!」
 子供達が叫ぶ!
 リターナーの名を叫び、必死に応援する。
 憲一も、何時の間にか、両頬に涙を流しながらも必死にリターナーの手を握った。