いつも心に太陽を…


 奇跡が起こった。
 勇敢なメロディが会場に流れると、リターナーの目とカラータイマーに光が戻った。
 その時、オメガ・ゼットンがネットを引き裂き、自由を取り戻した。
 だが、リターナーも立ち上がり、憲一の手をしっかりと握り、彼をキャプテンに任せ、ファイティングポーズを取り、オメガ・ゼットンに向き合った。
 子供達が大喜びし、大人たちも楽しそうに見ている。
 そして勇敢でノリの良いメロディと共に、リターナーがオメガ・ゼットンに立ち向かった!
 両者がステージの中央でぶつかった。
 オメガ・ゼットンのパンチの前にリターナーは何度かよろめくが、逃げなかった!
 むしろ、拳を固めて、敵の胸に叩きつけた。
 その瞬間、着ぐるみの表面に装着していた火薬が爆発し、オメガ・ゼットンはよろめいた。
 子供達が大歓声に変わる。
 会場に、銀河光太郎の声が響き渡る。
 「ノヴァ・スパーク!」
 その瞬間、リターナーのカラータイマーが輝き、その輝きが、胸から手首足首にかけて流れる青いラインを伝わって輝きが移動し、手首足首のブレスレッドが輝きだした。
 再びリターナーの猛攻。
 輝く四肢の先端のキックとパンチがオメガ・ゼットンに命中すると同時に、ぬいぐるみの表面の仕掛けられていた火薬が爆発し、苦しそうにオメガ・ゼットンが苦しみだす。
 太陽エネルギーを拳と足に集中して破壊力を増す、リターナーの武器である。
 オメガ・ゼットンがついに膝を付いた。
 これにはやっとネットから抜け出したオメガニアンも驚きの顔を隠せない。
 「ば、馬鹿な。オメガ・ゼットンが!?」
 「オメガニアン! ウルトラの戦士を舐めるな! 我々の力は、地球の未来を任された純粋な子供達の力だ!」
 キャプテンが叫ぶと同時に、リターナーがローリングソバットで、ゼットンの頭を蹴った。
 その瞬間にゼットンの顔が爆発し、ステージに力なく倒れ伏せた。
 その前に、リターナーは悠然と立ち、倒したオメガ・ゼットンを見下ろしている。
 「ば、馬鹿な!」
 すると光太郎の声が再び響く。
 「オメガニアン! ゼットンを連れて帰れ! 子供達がこんな近くにいると、ノヴァ・ストリームは撃てないので、残念ながら今の私にはゼットンを倒す力は無い! だが、倒せる! 私なら間違いなく!」
 その言葉に、オメガニアンは震えながらも、オメガ・ゼットンを立たせて、よろめく宇宙恐竜を連れてステージから立ち去っていく。
 「リターナー! 覚えておけ! 地球人は、最も危険な宇宙生命体だ! 全て他人の責任にして、自分の責任と思わぬ愚かでワガママな存在だ! 貴様が間違っていることを覚えておけ!」
 「違うぞ! 今はそうでも、ここにいる子供達が! そして地球上全ての子供達が、宇宙の為に力を貸してくれる存在となる! 私はそう信じている!」
 オメガニアンが去って言った後、リターナーが勝利のポーズとともに、ファンファーレが鳴り響き、子供達が大歓声と喚起が、ステージを包み込んだ。
 その中、リターナーは、中に入っている太陽が、ゆっくりと憲一の方へ歩んでいく。
 周囲も静かになり、それを見守る。
 車椅子の子供に、リターナーは手を差し伸べ、その手を握り、目線を合わせて、裏方にいる光太郎がマイクでステージに囁く。
 「ありがとう、憲一くん。私は君のおかげで自分が勇気を忘れていた事を知ったよ。この日を忘れずに私はいる。そして憲一くんもこの日を誇りにしてくれ。リターナーを勝利に導き、オメガ・ゼットンを倒したのは、この僕だと!」
 憲一は紅潮した頬に涙を流し、肩を震わせていた。
 母親も涙を隠さずにその光景を見守っている。
 「だから、今度は私が憲一くんに勝利と勇気を与えよう」
 リターナーは、子供の手を強く握り、その肩を叩いて、
 「君は病気に勝てる! この不随に勝ち、再び歩ける日が、走れる日が来る!」
 「!」
 憲一が首をゆっくりと上に向け、リターナーを見た。
 「君に教えてもらった事は、自分を助けられないものは、誰にも助けられないという事だ。私は、自分の過去に勝ち、勝利を掴んだ、だからこそ、今度は私が君に勝てる力を与えよう。自分に勝つ力を!」
 リターナーは立ち上がり、他の子供達を見つめながら、
 「憲一くん、君の仲間だ。君を通して、彼らが私に力を与えてくれた。君の仲間達は、君に早く元気になってくれと願っている。僕達と同じように元気に遊ぶ力を取り戻してくれと」
 その時、子供達が賛同の大歓声を上げた。
 「さあ、このリターナーの勇気と力を君に捧げる。君が私に勇気と力をくれたように」
 リターナーが子供の手を握った時、『ウルトラマン・リターナー』のオープニング曲が流れた。
 子供達は大歓声で喜び、大人達も拍手を送った。
 その中、憲一は、号泣しながらも、不自由な手でリターナーの手を握り、……奇跡が起こった。
 「が、……がん……る。……僕も、……ま……けない」
 涙と同時に全身の力をこめて憲一は声にした。
 母親も号泣し、美帆も涙を流してその光景を見守っていた。

 

 ステージの近くで桂木園長が黙ってみていた。
 彼も深く何かを考えている。
 「……立ち向かう……勇気。私が子供向けのアトラクション・ショーに教えられるとは」
 素直な気持ちで呟き、彼は携帯電話を取り出し、妻に連絡を取った。
 「私だ。……緋沙子。弘樹の事だが……ああ、放っておいてすまなかった。私が……」
 そこから先は、ステージを揺るがす子供達の大歓声で、聞き取る事は出来なかった。

 

 ステージが終了し、大成功を収めた彼らは上機嫌で控え室で歓喜の雄たけびを上げていた。
 司馬康平は、明日の撮影の為に引き上げていたが、ステージの人間達に感謝の言葉と面白かったとの手紙を残し、いなくなっていた。
 全員がこのステージの出来に満足し、怪獣の着ぐるみに入っていた人間達を賞賛し、太陽の派手なアクションを褒め称えた。
 桂木園長が用意してくれたビールで祝杯をあげ、その祝杯が大きくなっていた頃、太陽は、尿意を感じ、トイレに行き、生理現象を済ませて再び控え室に戻っていく途中の廊下で、美帆と出会った。
 美帆はまだ残っていたのだ。
 壁にもたれて、美帆は太陽に気付き、太陽のほうに身体を向けて、静かに笑った。
 「美帆」
 「……ありがとう、太陽。まさかここまでしてくれるなんて。本当にありがとう」
 「皆に言ってくれ。司馬さんにも、佐藤さんにも、多くの仲間達に。皆快く引き受けてくれたよ」
 その名前の様に、太陽の様な明るい笑みだ。
 その太陽の輝きに照らされる月の輝きの様に、優しいかが気の笑みを、美帆は浮かべた。
 「……憲一くんがね、……リハビリに励むって。貴方のおかげよ、太陽」
 すると照れくさそうに笑い、頭をかきながら、
 「僕じゃないよ、いや、そうさ。僕達も、憲一くんに元気になってもらいたいからこそ、こんな事が出来たのさ。……僕達も憲一くんのおかげで、凄い事が出来たのさ」
 「……太陽……」
 「そうだ、僕だって今回で学ぶことが多かった。ヒーローじゃ子供は救えない。ヒーローじゃ何も出来ない。人間だからこそ出来たと思える」
 太陽は照れくさそうに言っている。
 「憲一くんだけじゃない。今回の出来事で僕達も救われた。ヒーロー番組の今後の方針として、ヒーローではなく、人間として行動する事が大事なのだって、脚本化が気付き、次回の作品ではそれを生かすって」
 美帆は、微笑し、
 「憲一くんの、お母さんも救われたわ。泣いて喜んでいた」
 「……もしかして、他にも救われている人がいるかもね」
 二人は苦笑しあうが、桂木園長も救われた事を知る事は無かった。
 だが、美帆が苦笑をやめ、彼を静かに見つめる。
 「……太陽、でも太陽はやはりヒーローよ」
 「え?」
 「子供に勇気を与えたもの。憲一くんだけじゃなく、他の多くの子供達にも」
 「……」
 美帆は、涙を僅かに浮ばせ、微笑しながら、
 「子供の頃の夢が叶ったね。『ヒーローになる』って」
 その言葉に、幼い頃の自分の夢を思い出し、太陽ははっとした。
 「そうだった。と、言う事は、僕が一番救われたのかも知れない。子供の頃の夢を叶えたのだから」
 「自分の夢を捨てなかったからこそ、他人にも夢を与えられるのね」
 美帆は、太陽に近付き、太陽の肩に手を置いた。
 「私は、夢を持たず、誰にも干渉しなかった。だからこそ、誰にも夢を与えられず、誰にも干渉されなかったの」
 太陽の目を見ながら、優しい涙をこぼしながら、
 「でも太陽は、夢を持ち、子供達に夢を与えようと生きてきたから、子供達に夢をもらい、子供達に夢に進む力をくれたのよ」
 そういわれると、照れくさそうに笑い、
 「そういうものかな」
 「そういうものよ。世の中は」
 美帆は、一呼吸置き、
 「人を愛さない人は、人に愛されないけど、人を愛する人は、人に愛される。……世間を気遣うからこそ、世間に気遣われるの」
 太陽は、静かに笑った。
 「……僕の墓碑銘に刻みたいね」
 すると、美帆は嬉しそうに首を横に振り、
 「いいえ、子供達の心に刻まれたわ。そして今日の太陽達を観た、多くの人達に」
 「……美帆……」
 「だって、いつも貴方は名前の通り、心に太陽があった。優しく、明るい太陽が」
 「そう誉めないでよ、……恥ずかしい」
 紅潮しながら笑う太陽に、美帆も涙を隠さずに笑う。
 (そして、私も……、いつも心に太陽(あなた)がいたのかも……)
 太陽は、優しい心を捨てなかったのだ。
 それがうらやましくて、私は嫉妬していたのかも知れない。
 だが、今は違う。
 間違いなく、太陽は誰よりも優しく、強く、明るい人間だったのだ。
 空に輝く太陽の様に、誰よりも人を愛せる大人だったのだ。
 私達が、つまらない大人になっていたのだ。
 それを、美帆は気付いたのだ。
 太陽が、本当に太陽の様に笑っている。
 人々の心を暖かくする光の様に、優しい暖かい笑顔であった。
 その笑顔が、今日のステージの奇跡を起こしたのだ。
 誰もが救われた優しい奇跡を。
 美帆は何故か、太陽の胸に飛びついた。
 それに驚く太陽だが、微笑しながら、その美帆の肩を軽く抱いてやった。

 

 子供を救ったのは、ヒーローではなかった。
 いつも心に太陽を持つ若者が、多くの人々と共に優しい思いと情熱が、子供を救ったのであった。

 

【 終 】