いつも心に太陽を…
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次の日であった。
早朝から、楽しげに仕事場へ向かう太陽の姿が、初夏の日差しに照らされながらも、その若々しい肉体が、焼け付く日差しも跳ね返すほどに、元気に自転車で疾走していく。
昨夜、彼は、夜通し考えていた。
そしてその考えを実行しようと動き出した。
美帆の頼みだ。出来るだけ、自分の力で出来るだけの範囲で叶えてやりたい。
それに憲一にも、夢を与えてやりたい。
不随になっても、夢を持てば、生きていける。
それは、太陽の人生哲学だ。
自分は今まで、ウルトラマンに憧れ、ウルトラマンに、ヒーローになるという夢に生きてきた。
そうだ、ヒーローになる!
憲一のヒーローになるのだ。
誰が? それは簡単だ。僕と同じく、夢を見て、夢を諦めずにがんばっている仕事仲間だ!
昨夜、メールで仲間達に憲一の事を書いて送ってやった。
すると大半は、「面白い」と、言って乗り気である。
乗り気で無い者も、条件次第では乗るだろう。
やる! 絶対にやる!
子供に勇気と夢を与えずして何がヒーローだ! 何がウルトラマンだ!
そう、ウルトラマンは、リターナーとして帰ってきた。
そして、多くのファンも、リターナーとして、ウルトラマンを観てくれている。
そして、多くの子供達が、今でも、『リターナー』を観ている!
やるしかない!
『リターナー』は本当のヒーローだと証明してやる。
太陽は、優しい笑顔を初夏の天空に向け、自分のこれから行う行動に、自信を持っていた。
※
子供の事を忘れる為に、仕事に集中する桂木園長であった。
昨夜も帰らず、この遊園地に残り、仕事に専念している。
家に帰れば、認めたくない現実が存在する。
俺の現実は、この遊園地だ。
子供達が、家族が楽しめる場所。
自分の才覚で全ての人々を楽しませたい。
……だが、自分の子供を虐めている家族が遊びに来て、楽しんでいる事もあると知れば、何ともいえない気分になる桂木であった。
その桂木が、新しいアトラクションの乗り物はないかと、幹部達に良さそうなのを探させ、家族で楽しめるフード・チェーン店の遊園地内誘致の交渉にも入っている。 その中であった。
昨日会った、あの佐藤太陽が、アトラクションの顧問と何かを交渉しているとの連絡が、秘書から入った。
「交渉? 賃金か?」
「いえ、ある子供を呼びたいと言っているのです」
「子供?」
「はい、何でも入院中の子供で、下半身不随の為に、歩けない子供がいて、その子供を呼んで、ショーを見せたいと」
その話を聞いて、桂木はアゴに手をあて、数秒考え込む。
「……ふむ、面白いかも知れぬ。人道的にも心情的にも認めてやりたいし、偽善で言えば、遊園地の宣伝にもなるな」
口元に善意とも経営者とも言える笑みを浮かべて桂木は笑う。
これは彼の本心である。
心情的にも、子供に大好きなウルトラマンを見せてやりたい優しい面もあるが、経営者として、その浪花節を売り込めば、客も入るという商売人の気持ちもある。
どちらにしろ、桂木は太陽の交渉に、乗り気ではあった。
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ウルトラマン・リターナーの製作会社の重役が、今日の扶桑遊園地に訪れ、大盛況なアトラクション・ショーを見て満足していた。
やはり、テレビでも普段からリターナーの中に入っている佐藤を大胆に起用して正解だった。
あの佐藤の動きは、迫力があるし、いかにもヒーローらしい絵になるアクションだ。
もう一人のアクションは背が高いが、力強い動きが出来る。
この二人を大胆に起用した結果、リターナーの評判は高いのだ。
アクション・シーンの迫力はシリーズ随一とも評価されている。
神崎部長は、満足そうに笑い、最終ステージに入る前の休憩時間に、控え室を訪ねた。
冷房の効いた大広間で彼らは休んでいたが、神崎部長の姿を見て立ち上がり、一礼しようとしたが、神崎はそのままで良いと合図を送ってから、
「良くやってくれた。差し入れのスタミナドリンクがあるから、皆で飲んでくれ」
それに全員が感謝の言葉を述べると、突然太陽が神崎の前に現れた。
「部長。少しお願いがあります」
「何だ? 何か不足しているものでもあるのか?」
「いえ、実は……」
太陽が説明すると、神崎は面白そうに頷き、
「子供に夢を与えるが我等の仕事だ。俺が直ぐにでも上に直訴するよ」
その恰幅の良い神崎が力強く頷くと、一斉に歓喜の響きが広間を揺るがした。
※
美帆は、その日の夕方、再び病院を訪れた。
憲一は、今日もリハビリに参加せずに、このくらい病室と、窓の外を眺めるだけの一日で終わってしまったようだ。
美帆は、濡れたタオルで憲一の身体を拭いてやりながら、
「いい加減に、リハビリに参加しないと駄目よ。何時までも動かなかったら、本当に動けなくなるよ」
厳しくも優しい声で言ってやるが、健一は落ち込んだ顔のままであった。
もう動けないと決め付けているのであろうか?
その時、病院アナウンスが流れた。
「来客中の高岡美帆さま。高岡美帆さま。お知り合いからの電話が入りましたので、近くの部署のお電話を御取りください」
その連絡に、美帆は憲一のおでこに優しく手を当て、
「じゃあ、お姉さん行くからね」
憲一は首を頷かせ、美帆は苦笑して病室から出て、近くの看護師センターを訪れ、電話を借りて、受話器をとり、三番を押した。
「美帆!」
「太陽。どうしたの?」
「いや、君の携帯に電話しても電源切っているみたいだから、病院だと思って」
「あ、ごめんなさいね」
「嫌、急ぐようでもないけど、いい話だから直ぐに知らせようと思って」
「いい知らせ?」
「ああ、会社も遊園地も認めてくれたよ! 日曜日につれておいでよ。病院が断ったら、僕達の仲間で強引に拉致るから」
過激な発言に、美帆は苦笑しながらも、
「そうなの……ありがとう」
「いいんだよ。昔言っただろう、僕は…」
「ヒーローになる」
太陽が言う前に、美帆が言ったので、太陽は言葉を失ったが、
「……お願い、太陽。ヒーローになってあげて」
「……うん」
「憲一はこのままじゃ……憲一を救うヒーローになってあげて」
「わかった。約束するよ」
暫くの会話の後、美帆は受話器を置き、そのままステーションから出て、静かに呟いた。
「変わっていない……。太陽は変わっていない。太陽は憲一の為にヒーローになってくれる……」
その夜、扶桑遊園地のアトラクション・ステージでは、遅くまで数名の若者達が残り、来るべき日曜日に備えての打ち合わせを行っていた。
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憲一の心は少しだけ晴れていた。
大好きなウルトラマン・リターナーのショーを観に行けると分かり、不自由な身体を動かして興奮していた。
久しぶりに観る憲一の元気な姿に、両親は喜びを隠せずに、美帆にその太陽と言う若者に感謝していると伝えておいてと言われた。
だが、太陽は家に帰っていなかった。
太陽の両親も、
「何でも特別な仕事があるらしくて、残業するらしいわよ。楽しそうに答えていたけどね」
その言葉に、美帆は微笑しながらも、太陽の優しさに感謝した。
(子供っぽい……そうじゃない、私が間違っていた……)
(あの優しい性格を、私は間違っていた)
金曜日に、美帆の携帯に、太陽から連絡が入った。
「ああ、美帆。病人だからさ、太陽の日差しのキツイ時間は避けるから、夕方6時からのステージだよ」
「分かったわ、ありがとうね」
「はははっ、びっくりするなよ。大勢の人々が動いてくれたよ。なんだかんだ言っても、やはり子供に夢を売る商売だから、子供の為に皆動くのだ!」
嬉しそうに言う太陽は、子供の様に笑っている。
「大勢?」
「ああ、来てのお楽しみさ」
笑う太陽に、美帆は静かに呟いた。
「……太陽」
「何だい?」
物静かで、寂しそうな声に驚きながらも尋ねた。
「……ヒーローに……なってね」
「……うん」
あの、わだかまりが消えた台詞であった。
太陽は、携帯の切ボタンを押し、携帯を見ながら静かに呟いた。
「……憲一の為に……子供達の為にも……美帆に認めてもらうヒーローになるよ」
※
その日曜日がやってきた。
早朝から見事なまでの快晴であり、間抜けなまでに空が蒼く、天も高く感じられ、さわやかな風が、暑い真夏の太陽をやわらげてくれる。
美帆は、憲一の家族と一緒に、憲一を病院の外に出し、車椅子に彼を乗せて救急車で扶桑遊園地まで運ぼうとしたが、その病院の前に、銀と赤のスタイリッシュな車が停車しているのに、誰もが驚いた。
周囲の子供達は、大喜びである。
何故なら、人気番組、『ウルトラマン・リターナー』に出て来る、地球防衛組織の専用車、スティンガー号であったのだ。
これには、憲一も目を丸くして驚いている。
地球防衛組織隊の専用野戦服を着込み、武装した隊員二人が敬礼して、憲一を迎えてくれたのである。
「さあ、家族の皆さんもどうぞ。これからはリターナーが戦う戦場へ向います。我々が命に代えても、憲一君をお守りします!」
憲一の両手と瞳が震えていた。
※
その頃、第二ステージを終え、第三ステージの用意を始める、扶桑遊園地の、リターナー・ショーだが、控え室では、太陽を中心に、スタントマンたちが、最終チェックに入っていた。
動きや演出、全体の流れのチェックを行い、音響や声優にも最終チェックを入れている。
その演出を任されたのは、現在のウルトラマン・リターナーの演出家でもある人物である。
ベテランの人物であり、今回の話を聞いて、無償で参加してくれた貴重な人である。
「よし、これで最終チェックは終了だ。後は佐藤と鈴木のアクションに任せて、声優の二人にも頼むぞ」
着ぐるみの置いている場所には、ウルトラの戦士である、キャプテン・ウルトラの着ぐるみまで用意されていた。
設定では、リターナーの直属の上司であり、リターナーの兄、ゾフィーの友人に当たる人物である。
白銀と真紅のボディに、エッジの効いたボディは、強さを強調させる。
「こいつには、子供達も驚くだろうが、もっと驚くのは……」
全員がそのキャプテン・ウルトラの背後に置かれている黒、黄色のデザインの不気味な着ぐるみを見る。
「鈴木、頼むぞ」
鈴木と呼ばれた細身細顔の若者は頷いた。
「流石に最初の頃と比べると、デザインも格好いいよな」
太陽が言うと、鈴木も、
「まあ、デザインが現在的だものな」
「それはそうと、二人とも大丈夫か? お前達二人に全てがかかっているのだぞ」
演出家に言われると、二人は頷き、自信の程を口元の笑みで示した。
大体の打ち合わせが終わった時、太陽の携帯に着メロが流れた。
太陽は、全員にちょっと席を外すと言って、近くの廊下に出て、携帯に出る。
相手は美帆であった。
「……もうすぐ、そっちに着くわ」
「ああ、それじゃあ、係りの……いや、地球防衛陸戦隊員に従ってやってきてくれ」
すると、最初に軽い苦笑を洩らして、
「あれは、貴方のアイデア? 憲一君、大喜びよ」
「いや、残念ながら相楽さん。演出家の人だよ」
「そう」
再び苦笑が続く。
「太陽。私も憲一君の横で見ているからね」
今度は、太陽が苦笑した。
「ああ、見ていてくれ。子供っぽいけど、僕は真剣なんだ」
「……ええ、分かっている。……ありがとうね、太陽」
「いいさ、僕に出来る事だ。だからがんばるよ」
そう、自分に出来る事だ。
太陽は、その出来る事を真剣にやると決意し、憲一のため、そして本日最後のステージを見に来てくれている子供達の為に、最高のショーにしようと、決意を固めた。